美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『受け入れられる自分』
今日の言葉

試みのないところに、成功のあったためしは、決してない

ホレーショ・ネルソン

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私たちは宗教の神仏に関しては多少の知識はあっても、真の神さま(この世を創造した存在)がどのような存在なのかは知りません。

「神さま」と仮に呼んではいますが、私たちの頭の中にあるイメージの「神」ではありません。

つまり、願い事を叶えてくれたり、困った時に助けてくれる、そういう存在ではないのです。

その点をしっかりと認識していなければ、気づかぬうちに神さまを冒涜している場合があるのです。

冒涜しているつもりはないのですが、人間と違って神さまには「過失」というものはありません。

知らなかったから許されるとか、そういうつもりはなかったから許される、というものがないのです。

私たちにできる事は、神さまに対して縋ったり、頼んだり、願ったりするのではなく、ただ「許し」を乞うことだけなのです。

この「乞う」という感覚は言葉では説明できません。

それぞれに感覚として身につけるしかないのです。

存在自体を認識できないのに、神さまに対して許しを乞うのは難しいかもしれませんね。

認識できない事自体が冒涜であったとしても、認めたくないものは認めたくない人も多いのです。

空気は見えなくても「ある」と思えても、神さまとなると、宗教的に考えたり、非科学的、非現実的と捉えてしまい、騙されているのではないか、と勘ぐってしまうのかもしれません。

そもそも、そういう目に見えない存在に対しての認識が薄くなってきた時代ですから、大人になって急に「神さまが」とか「魂が」と言われてもすんなり受け入れられないのは仕方がないのかもしれません。

ただ、たとえ仕方がないとしても、受け入れられる人は一瞬で受け入れられるのです。

求めるものがあるのならば、受け入れるだけの自分を自分で作るしかないのです。


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