美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『祟りとは何か』
今日の言葉

ゴルフが人生に似ているのは、五番ホールで大叩きしても
六番ホールのティーグランドに立てば、一からやり直せるというところだ

同じように、毎朝目覚ましが鳴るとき
与えられた時間の使い道については
まったく新しいチャンスが待ちかまえている

そして、生きている限りずっと、そのまっさらな毎日に恵まれているのだ
つまり私たちは、現世で「やり直す」ことが出来る

ハイラム・W・スミス

ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



「祟られる」という事がありますが、これは同じような事をしても、祟られる者もいれば、そうではない者もいます。

祟られるタイプの人は、なぜそうなるのかを知らなければ、何度も繰り返します。

しかし「祟られる」といっても、実際にそれに気付く人は少ないのではないでしょうか。

原因不明の病気、または病気に似た症状、事故等の不幸が続く、そういうものが全て祟られているわけではありませんが、かといって、全てが祟りとは無縁とも限りません。

こればかりは判る者に聞くしかありませんが、神社仏閣、または祠などに関係している場合が多いです。

関係していると言っても、実際にそこに携わるだけを意味するのではなく、たとえば毎日神社の前を通るとか、小さい頃に境内で遊んでいたなど、「そんな事で?」と思うような場合もあるのです。

「祟り」と聞くと、何か物凄く悪い事を犯してしまったと考えるかもしれませんが、実際にはそうとも限らないのです。

何が良くて、何が悪いのか、その基準は私たち人間と同じではないのです。

以前にも、壊れかけた祠を自腹で新しく建て直した方が、なぜか祟られたというケースがありました。

人間側から考えると、なぜ新しくしてあげたのに祟られなければならないのか、とケチをつけたくなりますよね。

でも、実際に祟られてしまったのです。

同じように、祠を建て直してあげた結果、祟られてしまったというケースは何度か見た事があります。

問題は、建て直した事にあるように見えて、実際はその人間にあるのです。

ですから、建て直したという行為は一つのきっかけに過ぎないのです。

人間には魂がある、これはここで何度も何度も書いてきました。

魂があるからこそ人間なのですが、その自覚のある人間はどれほどいるでしょうか。

魂によっては、強く、強く、人間に伝えたい思いを抱いている場合があり、そういう魂を宿す方は、特にトラブルに見舞われやすくなります。

魂は人間に直接思いを伝える術がありません。

そこで、祟りだとか、何かにとり憑かれたとか、または病気や不幸などによって、人間が何か(魂の存在)に気付くように導いているのです。

そんな魂を望んで宿していない、と考えても、宿っている魂を取り替える事はできません。(実際には可能ですが、好き嫌いで自由に取り替える事はできません)

私人間は魂に従うしかないのです。

ただ、目に見えない故に、従うどころか、その存在さえも認められないのですけどね。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆
スポンサーサイト

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。