美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『後悔しないためにも』
今日の言葉

「自分にできるかどうか」はまったく問題ではない

できなければ、できる方法を死ぬほど考えて

それを1秒後から実行すればいいだけのこと

(西岡正浩)

ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人間は、自分が思っている自分像、または他人が思っている自分像だけではありません。

様々な顔を持っているのですが、それをいつも出していない故に、うまく表現できないのです。

全てを捨ててもう一人の自分として生き直したい、そんな小説やドラマ、映画なんかがありますが、実際には本当に全てを捨てなくても、自分の我(が)さえ捨てられるならば、違う自分も味わえるのです。

たとえば、自他共に「無口」な人だと認めている人がいて、本当はおしゃべり好きでワイワイ騒ぎたいと思ったとします。

でも、自分も、他人も、「無口」だと思っているから、いきなりワイワイ騒いだらおかしい、恥ずかしい、そんな気持ちが先になり、死ぬまで「無口」な人で終わっていくかもしれません。

おかしい、恥ずかしい、そんなの一瞬の事です。

もっとハメを外した生き方がしたかった、という後悔を残したままこの世を去っていくよりも、ちょっと恥ずかしくても、やりたい事はやってしまった方がいいのです。

「無口」な自分、それは自分が作った一つの自分。

もう一方で、ワイワイ騒ぐ自分があってもいいじゃないですか。

いきなり出来なければ、少しずつでも新しい自分を自分が演じながら作っていけばいいのです。

要は、自分という人間に様々なレパートリーを増やしていけばいいのです。

素材は自分、それをどういう風に料理しようと、自分は自分です。

よく人生は舞台だと言います。

演じている自分、その「演じる」という部分に違和感を感じる人もいますが、何を演じようと自分である事に変わりはないのです。

決して自分を誤魔化さず、やりたい役に徹していけばいいのです。

自分で自分を縛らず、解放してやることで、人生はもっともっと楽しくなります。

もちろん、他人に迷惑を掛けない範囲で、責任は全て自分にあることは忘れない事ですよ。

人間、生きていくからには、様々なものに縛られています。

せめて、自分だけでも、自分を縛ってしまうのは止めにしてはどうでしょうか。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

スポンサーサイト

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『己を省みる』
今日の言葉

望むものは、何でも創り出せる

ディーパック・チョプラ

ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



神社仏閣にお参りに行く習慣のある方の中で、祈願したにも関わらずそれが叶わない、または救いを求めても救われないなど、「信じているのにどうにもならない」状況に陥った際に「神も仏もない」と考える場合があります。

お参りに行く事、祈願する事が悪いとは言いません。

しかし、「神も仏もない」と考えるのは一つの間違いです。

良い事はそうそう続かないけれど、悪い事は二度、三度と重なってきますよね。

なぜそうなるのかを気付かない(知らない)のに、願いを叶えてくれない神仏を責めても仕方のない事です。

なぜ悪い事は続くのか、それは人間の不注意もあるでしょう。

そして一番注意しなければならないのは、己の魂がそうさせている場合です。

要するに、人間に対して何かを伝えようとしているのです。

良い事が続いても人は大して何も考えませんし、調子にのっていくだけです。

ところが、悪い事が続くと、考えざるを得ないのです。

立ち止まって考える、そうさせているのが魂なのです。

これ以上そのままの自分でいくと未来に光がない、とストップをかけようとしているのです。

それに対して、神仏、社会、他人への不満を感じるような自分があれば、魂はどう感じるでしょうか。

誉めてくれるでしょうか。

喜んでくれるでしょうか。

そう感じるのなら、あえて止めはしません。

「なぜ判ってくれないんだ」と感じると思うのならば、良くない事が続いた時には、必ず己を振り返る事です。

何かが間違っている、どこかがズレている、そういう部分がないかどうか考えていくしかないのです。 (判らなければ判る人に教えを乞うのが一番)

修正してもうまくいかなければ、まだどこかが違うのだと受け止める事です。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『本質』
今日の言葉

能力を最大限に発揮しているときにだけ

人間は自らのなかに

さらなる力を発見することが出来る

コリン・ターナー


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



本人には自覚はないまま、自分の本質に嘘をついているタイプの人がいます。

それでも支障がない(正確にはある)人もいますが、中には、その本質に沿うまで徹底的に教えよう(気づかせよう)と苦しい状況に置かれる人もいます。

人間の本質は、その人の持つ雰囲気に表れていることもあれば、顔のパーツに表れていることもあり、どこかで本質を滲ませているのです。

支障のない人ならば、そのままでも構いませんが、苦しい状況に置かれ、そこから抜け出そうとするならば、本質を知り、それに沿っていくしかありません。

そのためには、やはりいつも言うように「素直さ・謙虚さ・感謝」が必要になるのです。

聞き入れる態勢を自分が整えなければならないのです。

聞くだけなら多くの人ができるでしょうが、聞き入れるとなると、話は違います。

先日も、「あなたは人を救うような役割(これが本質)があるから、あなたを慕ってきた人がいれば、話を聞いてあげてください」と伝えた女性がいました。

その後、確かにその方を慕ってきた女性がいたのですが、彼女は自分の感情を優先し、冷たい態度を取っていたのです。

彼女は、人からベタベタされるのが子供の頃から嫌いなのですが、それは人間の好き嫌いという感情です。

そんな感情は本質にとっては関係のないことです。

本質よりも自分の感情を優先する、これは順番が違うのです。

一番は神(魂、つまりは本質)、二番は他人、三番は自分というのが正しい順番のです。

何もかもがうまくいかない背景には、人間の判断や考え方等が間違っているという原因がちゃんとあるのです。

彼女は病気になり、私を頼ってきました。

もちろん、病気を治すために病院で治療をしていますから、その分野はお医者さんに任せるとして、それ以外の観点から、少しでも役に立てればと思います。

全ての病気がそうではありませんが、かなりの割合で、生命、意識、考え方、捉え方、そして魂が関与しているケースがあるのです。

決して目には見えませんが、いつも私たちは魂と共にあるのです。

それを無視していくか、従っていくのか、大きな分岐点となるのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆


テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『人間色』
今日の言葉

人は気の持ち方次第で

どんなつらい経験をしても

絶対にそれをプラスに変えることができるって

信じています

津川雅彦


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



感情とかその時々の体調により変化する気分、それをコントロールしようとしても、どうしても感情や気分を優先してしまいます。

コントロールしようとして、すぐにそれができる人は稀です。

今、あなたの目の前にコントロールできる人がいるとして、そこに至るまでには相当な努力があったのです。

感情や気分を優先してはいけない、自分の為にならない、そう頭では理解していても、心のどこかで葛藤があるのです。

頭で理解しているだけでは足りないのです。

心から、そうする事は大切なのだ、必要なのだ、と感じられなければ、葛藤の末に感情や気分を優先する自分に負けてしまいます。

なぜ、感情や気分を優先してはいけないのでしょうか。

いけないわけではなく、コントロールできる自分でなければ、人生において遠回りをすることや失敗ばかりしてしまう事がありますし、何より、あなたの中にある魂が、感情や気分に左右されるあなたを嫌うのです。

損得でいう訳ではありませんが、コントロールできない自分であるならば、目指すものがある時にはどこかで躓いてしまうのです。

この世は神の世界です。

あなたが認めなくても、それは変わりません。

そして、人間の感情や気分、それは人間の色なのです。

神の世界に存在するならば、神の色に染まらなくてはならないのです。

そこに人間の色を持ち込めば、当然弾かれてしまうのです。

弾かれる怖さを知りたければ、感情や気分で生きてみる事です。

ただし、取り返しがつかない事になる場合もありますので、ご注意を。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『伝えようとしていた事』
今日の言葉

勇敢であれ!

すべては後からついてくる

ジャワハルラール・ネルー


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人は怖さを知りません。

見えないものの存在を軽んじるのは、見えないから存在するはずがないと甘くみているのです。

存在するはずがない、と言い切れるほど、人間は全てを知り、全てを把握している訳ではないのですが、現実重視の世の中では、どうしても軽視されてしまいます。

昔を懐かしむわけではないのですが、一昔前は家には仏壇や神棚があり、それに伴い、見えない存在に手を合わせる親の姿を見て育ったものです。

今では、仏壇や神棚のない家も少なくはありません。

なければなくても、見えない存在を伝える事はできるのですが、そういうものがない家では、伝えるという事さえも消え去っている事が多いのです。

先祖供養をしないと不幸になるとか、仏壇や神棚は絶対に必要だというわけではなく、「人間は一番ではない」という事をいかにして伝えるのかが重要なのです。

頂き物はまずは仏壇にお供えする、こういう姿が「人間は一番ではない」というものを自然と教えてきたのです。

引越しの際には方角や時期をみてもらい、家を建てるなら地鎮祭を行い、厄年には厄払いを行い、お宮参りや七五三などもあります。

今はイベント的なものになっていますが、人は見えなくても、逆らえない存在というものを知っていたのです。

それを伝えるためにも、様々な風習や習慣などが発生したのですが、いつの間にか、始まりの意味合いが忘れられ、イベント的になってしまったのです。

お金や物が豊かになった結果、現実重視の生活となり、人間が一番偉いと勘違いしているのです。

怖さを忘れた人間には、怖さを思い出させるしかない…となっているのです。

仏壇を燃やして処分したら、息子の足が立たなくなった、と言われる方がいらっしゃいました。

仏壇を燃やした祟りと言われたそうですが、その根底には「軽んじた自分への警告」があるのです。

燃やした本人に宿る魂からの警告です。

その警告に、大切な息子さんが使われたのです。

前にも書きましたが、魂はその宿る人間の弱点を知っているのです。

この方にとっては、息子さんがかわいい故に、そこをつかれたのです。

時に、こういう風に「見えないけど存在するのだ」と見せられる事があるのです。

見せられる間は、まだまだ魂が諦めていないのですから、考えようによっては幸せな事です。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『予兆』
今日の言葉

自由に花咲くこと

それが私の「成功」の定義だ

ゲーリー・スペンス

ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



大きな不幸、不都合の前には必ず予兆があります。

予兆は、本当に些細な事であり、振り返ってみて初めて「あぁ、あれが予兆だったのか」と気付くようなものです。

ですから、日常において、ボンヤリと過ごしていれば、決して気付く事はありません。

しかし、普段から気を張っていると、そういう些細な変化に気付きやすくなります。

要は、自分が常にアンテナを張っていなければ察知できないのです。

たとえば、やたらと車のトラブルが続くとか、何でもない吹き出物がなぜか化膿するまで酷くなるとか、普段の生活でもよくある事でも、それが続く場合は要注意です。

一回目は偶然、たまたま、運が悪い等で済ませられるかもしれませんが、それが何度か続く場合には、よくよく考えなければなりません。

何が原因なのか、それは人それぞれにあります。

住んでいる土地に関係する人もいれば、何かにとり憑かれてしまった人もいるかもしれません。

また自分の考え方や捉え方が関係している場合もあるでしょう。

それらの根底にあるものは、「魂の存在」と「かみさま(※神仏ではなく、この世を創造した存在)の存在」なのです。

と言っても、魂やかみさまとの付き合い方も知らなければ、その存在を認知していないのですから、急にそんな事を言われても理解はできないでしょう。

まずは、土地やとり憑いたもの、そして自分の考え方や捉え方を整理しながら、魂やかみさまについて知っていく、認めていくしかありません。

判らなければ聞いてください。

読んで理解できるものではありません。

判らない事が判らなければ、ただ話を聞くだけでも構いません。

いつでもあなたのために私はここにいるのですから。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『仕組み』
今日の言葉

私たちが怒るのは、怒らなければならないからではなく

怒ることを選ぶからである

不幸な気持ちになるのは、不幸が避けられないからではなく

不幸な気持ちになることを選ぶからである

ジェリー・ミンチントン

ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



いつも書くのですが、「人間はうまくいくようにプログラムされている」のです。

「そんなわけがない!」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、人間は自分の感情でうまくいく予定のプログラムを勝手に変更し、うまくいかなくしているのです。

「人間はうまくいくようにプログラムされている」と聞いて、「あぁ、そうなのか!」と思えずに、「そんなわけがない」と勝手に決めているのは誰でしょうか。

今までの自分の経験、または「騙されないように」という感情などから、受け入れられないだけなのです。

腕を擦りむいても、血が止まり、カサブタになり、いずれは傷跡も判らなくなりますが、全ての人がその仕組みを理解しているでしょうか。

人間が理解しようとしまいと、この世にある仕組みはいつも人間にも適用されているのです。

ただ、その仕組みを知らないだけで、適用外になるわけではありません。

仕組みを知る事、それによって、より良くしていく事は、誰にでも出来るのです。

出来るのですが、やらないのです。

面倒なのかもしれません、信じられないのかもしれません、理由はそれぞれあるのでしょうが、やらないけれども愚痴は言いたいのです。

その愚痴でさえも、うまくいくプログラムを変更しているのですが、それはもう届かないアドバイスなのかもしれません。

多くの人が努力をしながら、自分の人生を良くしようとしていることでしょう。

しかし、何が自分の人生を左右しているのかを知らずに努力しているのです。

それが無駄だとは言いません。

ただ、知る事で見えてくるものがあるのではないでしょうか。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『陽能』
今日の言葉

「いつか、何かする」という言葉は危険である

いつか、何かするということは

現在は何もしないと言っていることと同じなのである

小石雄一


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



「明けない夜はない」と言いますが、夜が来れば、いずれは朝となる、これが自然です。

ところが、人間にそれが当てはまるかと言えば、全ての人に対しては当てはまりません。

なぜなら、人間は自然というものの中に流れる「気」というものを忘れているからです。

自然の流れというものから弾かれてしまっているのですから、そこに自然のルールを当てはめても、必ずしも流れにのるとは限りません。

明けない夜、これは非常に怖いものでしょう。

どんなに頑張っても、人間の力で夜にしたり、朝にしたりはできないのと同じで、人生に明けない夜が訪れたとしても、人間の力だけでは決して朝にする事はできないのです。

確かに、人間の努力で朝に近づくところまではいけるかもしれませんが、最後の一押しがないのです。

人間は無力なのだと知らなければならないのです。

私たち人間には「魂」という名のもう一人の自分の存在があるのです。

それを知らず、認めず、人間の力だけでも夜明けを目指しても、どうしても足りないのです。

だからといって、努力する事が無駄とは言いません。

魂を知ったとしても、人間が歩まなければ、朝は来ないのですから。

今、自分の人生を「明けない夜」だと感じているのならば、朝を目指して歩む事だけは止めないでください。

歩み続けながら、学んで欲しいのです。

魂、つまりは生命について、学んでください。

私からではなくても、見回せば、周りに多くのヒントが溢れています。

輝いている人がいれば、話を聞いてください。

「聞いてやろう」なんて傲慢な気持ちではなく、「教えてください」と乞うのですよ。

暖かな太陽の下に、体だけを出すのではなく、心を出すのです。

そうしなければ、一生を夜のまま終えてしまいます。

人間、この世に存在できるチャンスは一回きり。

生まれ変わって…などと考えないでください。

人間は輪廻できないのですから。(輪廻するのは魂だけ)


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『勘違い』
今日の言葉

何事も最後までやり続けなければ

○という答えも、×という答えも、どちらの答えも出ない

私はどんな答えが出ようとも、最後の答えが出るまであきらめない

山崎俊明


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



魂や神(この世を創造した存在)が人間を見守り、助ける、という事はありません。

しかし、それが真実であっても、人間は信じようとはしません。

なぜなら、見守って欲しい、助けて欲しいと思っている、またはそういう風に教えられた土台がある故に、認められないのです。

ですから、宗教的には、人間を見守り、助けるのが神仏なのです。

宗教的にはそれでも良いのかもしれません。

しかし、魂や神におんぶに抱っこという感覚を持ったままでは、必ず「違う」という結果が訪れます。

特に魂に関しては、魂の方が人間を頼っているのです。

何度も書いているので覚えている方もいらっしゃるでしょうが、魂には実体がありません。

実体のない魂の表現したい事や行動したい事を人間が代わりにこの肉体を使った表現していくのです。

魂や神を自分にとって都合の良い存在だという甘い幻想は捨てる事です。

これは魂を信じている人でも、そうではない人でも同じです。

信じているから大丈夫という事は決してないのです。

どうしても、信じていれば大丈夫ではないか、と考えがちですが、それも甘い幻想なのです。

では、なぜ魂を信じるのか、信じて何の価値(利益)があるのか、と言いたくなるかもしれませんね。

確かにそうかもしれませんが、意味あって神は人間に魂を宿したのですから、人間はそれに沿うしかないのです。(これが仕組みなのです)

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『精神の進歩』
今日の言葉

分別がある者は、自分を世界に合わせようとする

分別がない者は、世界を自分に合わせようと躍起になっている

リチャード・コッチ


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



自然界には、リズムや大きな流れがあります。

人間はその中に生きています。

水の流れ、空気の流れ、気の流れ、風の流れなどに沿っているのか、それとも逆らっているのか、そこを考えてみると、逆らえば何かしらの影響があるのがうかがえます。

逆らうとは、人間の驕りです。

人間が神の中にあるという事を忘れたような言動・思いになれば、「お前の力でどうにかしてみなさい」という方向に追い込まれるのです。

家を建てるために水の流れを堰き止めれば、そこは淀むのです。

淀んだ所には様々なものが溜まるのです。

それがゴミなら目に見えるでしょうが、目に見えない何かが溜まったとしても、人間は判らないのです。

判らなくても影響はあります。

しかし人間にそれをどうにかする力はないのです。

私利私欲だけを満たそうとする故に、文明の進化はあっても、精神の進歩はないのです。
むしろ後退する一方なのです。

今更便利な生活を捨てろと言っても捨てられるものではありませんが、その中でも精神の進歩は可能なのです。

まずは知る事です。

自分の知らない事を人から聞いて、それを自分の一部にするのです。

そうやって大きくなっていくのです。

聞けない人間は、聞ける人間には勝てないのです。

判らないことを「教えてください」と言えるだけの素直さと謙虚さを出しなさいと言うのです。

恥ずかしさは一瞬です。

知らなかった事での罪は一生、そして次の世代にも受け継がれるのです。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『役割を担う』
今日の言葉

現在は、過去と未来を解く鍵である

木村耕一


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人は自分の都合というものを第一にしています。

人は誰もが生まれたからには役割を持つのですが、それを自分の都合で後回してしているのです。

役割に気づかないという事もありますが、それも本当は気づかないのではなく、自分の気持ちを第一にしている故に、見ようとしない、認めようとしないに過ぎないのです。

たとえば、人を救いたい、笑顔を見たいと思っても、自分には人を救うだけの土台がない(金がない、物がない、時間がないなど)として、何もしないのです。

金や物で人を救う事はできません。

それは一時的な助けでしかないのです。

真の意味での「救う」という事を知ろうとせず、「土台がない」といい訳をしているのです。

時間がないというのもいい訳です。

寝る時間、遊ぶ時間、食事をする時間、テレビを観る時間、そういうものはあっても、人を救う時間を作れないだけなのです。

故に自分の都合を第一にしていると言うのです。

それに対して私が誰かを責めるわけではありませんし、私ではなくても、誰も人を責める事はできません。

ただ、それぞれに内にある魂が判断するのです。

なぜなら、あなたの役割とは、魂の背負う宿命に繋がるからです。

魂がどう判断するのか、それは魂次第です。

前世で磨かれた魂とそうではない魂では、判断も当然違ってきますからね。

どちらにしても、魂から「ダメ」と判断されないように生きるしかありません。

そして、それはあなただけの問題ではなく、あなたの後に続く者にも関わってくるのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『あるべき姿』
今日の言葉

成長せずに

どうしてこの世に存在する意味があるだろう

ロバート・ブラウニング


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



肉体という器があります。

器だけでは何もできません。

そこに人間の意識があり、器を動かすことができます。

しかしそれだけでは人間ではありません。

確かに姿形は人間であり、自由に動き、言葉を発することはできます。

しかしそれでは他の動物と同じ、本能で生きるのみなのです。

そこに魂(意志)があるからこそ、人間なのです。

人間が生きるということは、そこに魂(意志)があるからこそ、他の動物と違うのです。

人間は、肉体、意識、そして魂、この三つで形成されているのです。

肉体は目に見えます - ゆえにあると認識できます。

意識と魂は目に見えません。

意識は見えずともあると認識しています。

ところが同じように見えない魂を「ある」と認識している人はどれほどいるのでしょうか。

認識しなければ、それはないと同じなのです。

魂とは何か、どんなものなのか。

言葉でいくら説明しても、理解できるものではありません。

意識と同じで、その実体はないのですから。

意識があると思うように、魂もあると思うしかないのです。

「ない」ものを「ある」と信じること、そうする事でしか、始まらないのです。

『自分らしく在りたいと思う答えが出てくるのです。』

他の動物にはない「魂」という存在を人間は与えられたわけですが、だからと言って人間が他の動物より上だということではありません。

そういう驕りがあるゆえに、自分で自分を苦しめる結果を導くのです。

なぜ人間にだけ魂があるのか。

それは神のみぞ知ることなのです。

理由はどうであれ、魂という存在を己の内に持つという事に対して、人間は何かしらのアクションを起こさなくてはなりません。

それが宿命とか運命とかいうものに従う人間のあるべき姿です。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『よく転ぶのには原因がある』
今日の言葉

思考は現実化する

ロバート・アレン


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



魂を無視している時には、様々な事が起こります。

一つの例として、歩いている時に急に転ぶ、というものがあります。

転び方にも二種類あり、一つはつまずいて転ぶ。

もう一つは、足を払われたように転ぶ。

最初のケースは、霊等の見えない何かにつまずいて転んでいます。

これは、そういう類のものに対して、無防備になっているから起こります。

なぜ無防備なのかといえば、魂を無視している故に、教えてもらえないからです。

またこのタイプの人は、俗に言う霊感の強い方が多いようです。

二番目のケースは、魂に足を払われて転んでいます。

魂には実体がありませんから、実際に足を払っているのではなく、人間の脳に働きかけて、足を払われたように反応しているのです。

こういう現状は、年齢に関係なく起こります。

実際に転ばなくても、よく捻挫をする人なども同じです。

これは一つの例ですが、魂の事を認め、学んでいったり、最低限のこと(素直さ・謙虚さ・感謝や五訓)を意識していくと、自然と改善されるため、意外とわかりやすいのではないかと思います。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『魂の声』
今日の言葉

私の夢は

死ぬ間際まで輝いた目をして生きていくこと

大場満郎


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



魂は輪廻するという話は何度か書いてきました。

「何度か」という事は、回数には限りがあるという意味です。

その何度かのチャンスの間に、成すべき事があるのです。

そのために、私たち人間は存在しています。

ところが、人間はそれを知りません。

誰も教えてはくれませんし、本当かどうか、と疑うのが一般的です。

たとえ人間が「魂」という存在を信じようが信じまいが、あるものはあるのです。

それだけは確かだと言えます。

そして、ラストチャンスに近ければ近い魂ほど、その存在を知らしめようとする作用も強くなっていくのです。

最近出会った男性も、恐らくラストチャンスに近い魂を持つのでしょう。

小さな頃から、不思議な体験(言いようのない恐怖を感じる)を何度か体験していました。

人に話しても理解されない、自分で考えても答えが出ない、そういうもどかしさを抱えていたようです。

その恐怖を体験させていたのは、恐らく彼の魂です。

「死」という恐怖はこういう怖さだと見せていたのです。

これから、魂という存在を認め、己の中に浸透させていくことで、そういう恐怖を見ることはなくなっていくでしょう。

彼の場合は、魂がそういうものを見せていたからです。

妄想や何かにとり憑かれたというものではなく、魂が「魂という存在を語る者」に出会わせるためにとった一つの手段だったのです。

魂が「死後の世界をフラッシュバックさせる」という現象は時折あるのです。

激しい人はパニックになります。(瞬きが怖いとさえ言う=死後は暗闇の世界)

対処法は、その人の中にある魂に「その存在を人間に伝えるから安心してください」と語りかけるしかありません。

ただし、その声が魂にまで届くかどうか、それは伝える側の人間が魂とどれだけ繋がっているのかで、違ってくるかもしれませんね。

魂について学ぶ、そして魂と共に生きる、それはこういう風に不安を抱えている人を一人でも多く笑顔に戻せるという事なのです。

決して特別な事ではないのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『本筋』
今日の言葉

かけがえのない人間になりたいのなら

人と同じことをしてちゃだめよ

ココ・シャネル


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



物事がうまくいかないならば、自分の考え方を変えてみる事です。

どんな風に変えていくのか、それは自分の都合を中心とした考えを捨てていくのです。

本当にしたい事、本当に望んでいる事、そういうものは、いつも自分の都合によって、隅に追いやられたり、隠されたりしているのです。

本当にしたい事や望んでいる事が木の幹とするならば、自分の都合に合わせてやっている事は木の葉なのです。

葉も確かに重要かもしれませんが、葉ばかりを気にしていて、幹が痛んでいる事に気づかなければ、どんなに葉を大切にしても、いずれは枯れていきます。

幹がしっかりと土から養分を吸ってくれるからこそ、葉も伸び伸びとできるのです。

まずは、自分の都合を第一とする自分から卒業しなければ、物事は決してうまくいくことはありません。

ただし、勘違いしてもらっては困るのですが、物事がうまくいくことはあったとしても、決して自分の思うようになるとは限りません。

自分の思う事が間違っている(語弊はありますが)事だってあるのです。

しかし、都合主義の自分を捨てようと努力し、自分の本質に近づこうとするのならば、思うようにならなくても、結果としては、うまくいくようになってきます。

もちろん、それを目的にしてしまえば、損得勘定が働き始めます。

そうなると、またしても思い通りにはならないのです。

自分の本質に近づく事自体を目標とできればいいのです。

ただ、そうは言っても、やっぱり人間は自分の都合から離れられません。

自分の本質に近づけば、何か恩恵があると思ってしまうのです。(堂々巡りなのです)

だからこそ、一生をかけて、努力しながら、少しでも都合主義の自分から卒業していく心がけを持ち続けるしかないのでしょうね。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『一定』
今日の言葉

挑戦することをやめない

失敗することを恐れない

それが成長

江村林香


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人間はうまくいくようにプログラムされている、という話は度々書いています。

それなのになぜうまくいかないのか、それについても書いてきました。

では、何か自分なりに試し、発見した事はあるでしょうか。

こういう事か、と実感を得ることがあったでしょうか。

初めて読む方もいらっしゃれば、いつもお立ち寄りくださっている方もいるでしょうが、書いている事を理解できる、という事が重要なのではなく、理解はできなくても自分の心に響くものがある、それに対して自分の行動というものを付加しなければ、読んで終わりでは机上の空論なのです。

実感こそが自分の身についた証なのであり、頭で理解できたとしても、情報として「ある」だけでは宝の持ち腐れです。

もちろん情報として「ある」ことで後々役立つ事もあるかもしれませんが、まずは一つでも実践し、その結果と己の言動を照らし合わせる(必要があれば修正する)作業が大切になります。

うまくいくプログラムを壊しているのは自分自身です。

目の前にあるものを掴めないのは、掴もうとしていない自分があるからです。

なぜ掴もうとしないのか、それは見えていない、もしくは見えているのに別の事に気がいっているのです。

一番注意しなければならないのは、自分の感情や気持ちです。

自分の感情や気持ちを一番だと思っているから、掴めないのです。

好き嫌い、腹が立つ、気分がのらない等、一定しない自分の感情や気持ちの上には、一定した結果はありません。

うまくいくこともあれば、いかないこともあるのが人生かもしれませんが、一定しない人生の裏には、一定しない自分の感情や気持ちがあるのです。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『領域』
06.jpg
(2010年10月 奈良にて)


今日の言葉

一生懸命努力して

できるだけたくさん笑いなさい

ティム・コンウェイ


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



宗教でいう所の神仏ではなく、この世を創造し、生命を誕生させる事のできる(唯一の)神。

そういう存在を敬う気持ちが根底にあるかどうか。

人間が人間の感覚で良いとか悪いとか、存在するとか存在しないとか、議論する事もできないような、冒してはいけない領域があるのです。

信じない、それは自由なのですが、信じないからといって、それが自分に何の関わりもないとはならないのです。

逆に、信じているからといって、すべてがうまくいくわけでもありません。

(唯一の)神は人間に何もしてはくれません。

生まれたからには人間は自分の力(人間の力と魂の力)で生きていかなければなりません。

しかし、「(唯一の)神を差し置いて」という感覚を持っていると、この世から弾かれてしまうのです。

なぜなら、この世は(唯一の)神が創った世界だからです。

今のご時世、神だとか仏といえば宗教、もしくはご利益を求めるものですが、それらは人間が創ったものでしかないのです。

それ以前に、ここにこうして地球とか宇宙とかいう空間が創られていたのです。

そしてそれらを創ったのが(唯一の)神であったのです。

神という言葉が嫌なら、別の名前でもいいのですが、何か人間の感覚では捉えられない存在がこの空間を創ったのです。

そう考えると、(唯一の)神は何もしてくれないのではなく、すでに私たちはその恩恵を受けているのです。

(唯一の)神の創ったこの世界に存在する限り、決してその存在を冒してはならないのです。

弾かれるとは、亡くなるという意味ではなく、陽の当たらない人生を自分だけではなく、自分の子孫も送ることになるという意味です。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『神を超えるな』
07.jpg
(2010年10月 三重にて)


今日の言葉

私たちは物事をあるがままになんて見てない

見たいように見ているの

アナイス・ニン


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



カッとして事件を起こす。

この「カッとする」というのが、「人間が神を超える」という事なのです。(神=魂)

カッとするのは、怒りという感情をコントロールできないからです。

怒りに任せてしまうと、自分でもコントロールしようにもできない、無意識ではないものの、自分が何をどうしてそうなったのか判らないような結果を迎えてしまいます。

自分の感情のままに生きていく事が、「神を超えている」のだと人は知りません。

ただ、多くの人が「感情をコントロールできないとうまくいかない」というような事は言っていますから、全く知らないという訳ではなく、自分には関係のない話だと思っているのかもしれませんね。

カッとする事は誰にでもあるでしょうが、それを抱いた瞬間に消す事ができるのか、自分との戦いです。

怒りに任せて悲惨な事件を起こす人は多く、ニュースなどでもよく見かけますよね。

他人事、自分には関係がないと思うかもしれませんが、怒りをコントロールできない結果はいつも見せてもらっているのです。

怒りを抱いた時、自分が後悔してもしきれないような結果を選ぼうとしているかもしれないと思えますか。

自分で自分に罠を掛けようとしているのですよ。

その罠に易々と引っ掛かってしまわぬように。

「これ以上はダメだよ」と過る思いを優先できるように、日頃から意識していければ、後悔は先に立つのです。

「これ以上はダメだよ」という思いを発しているのが魂というあなただけの神。

故に、その思いを振り切って怒りを優先させれば、人間が神を超えるのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『畏れなさい』
1882.jpg


今日の言葉

夢を見るから、人生は輝く

モーツァルト


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人間の生活と魂の求めるもの、その間にはギャップがあります。

中にはギャップなく、魂の求めるものに沿った人生を歩む人もいますが、そう多くはありません。

ほとんどの人が、ギャップが生じたまま生きているのです。

人間は魂のためにある、これは真理です。

ですから、ギャップを埋める事無く、人間の思うままに生きていると、「あなたは生きて何の意味があるのか!?」と問われるようなものがあるのです。

人間サイドから見れば、人の存在理由、存在価値を問うなんて失礼な事かもしれませんが、神にしてみれば、意味あって人間をこの世に存在させているのですから、それに気づけないとなると…どうでしょうね。

激しい人になると、死の恐怖を与えられる事さえあります。

死に直面させる事でしか、人生について、生き様について、自分が本当にやりたい事等について考えられないのなら、そうされても仕方がないのです。

神なのに、何で人を不幸にするのか、そう感じるのなら、そういう自分を早めに捨てなければいけません。

なぜなら、私たち人間は、神を敬い奉り、従う、そういう生き物でなければならないからです。

不幸だと思う事に直面しても、そこには「気づきなさい」というメッセージがあるのだ、自分は何か気づかなければいけなかったのだ、そういう風に思えるような自分になれるかどうです。

これはすでに病に倒れた人、不幸の中で気持ち的に余裕のなくなった人に言っても、もう受け入れるどころか、聞く事さえもできないのです。

ですから、健康なうち、多少なりとも人の話を聞くだけの余裕があるうちに、聞いて、訓練していくしかないのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『神の中にしか存在し得ない』
今日の言葉

人間が幸せか不幸かは

人生に起きる出来事をその人がどう捉えるかにあり

出来事とはそれほど関係はない

ヴィルヘルム・フォン・フンボルト




神という存在は、人間の望みを叶えるためにあるのではありません。

「神の存在を信じている」という言葉の中に、人間の願望、希望等を含めてはならないのです。

信じていようといまいと、人間が間違えればそのツケは回ってきます。

それを解消させるのは人間でしかないのです。

育った環境や教育等により染み付いたものの中に、「神だからこうなのだ」というものがあるのでしょう。

相談に来られる方の中にも、その点を知らない方が多いのです。

魂にしても、神にしても、願って望みを叶えてはくれません。

欲しいものがあれば働いて買う、それと同じで、悩みが苦しみを解消させるのは自分自身でしかないのです。

人間が行動していく中で、認められるものがあれば、そっと手を差し伸べられる事があるかもしれません。

ただ、そこに至るまでの努力というものを欠いているのに、手を差し伸べられる事はないのです。

「神や魂、その存在を信じて疑わない、そしてその存在に縋らない」

信じているから不幸にはならない、病気にはならない - そんな事はないのです。

信じても良い事がなければ信じなくてもいいのか、なんて考えないでくださいね。

神というのは、この宇宙を創造した存在。

太陽や月、この地球だって神(の一部)なのですよ。

人間は、神の中に存在している、いえ、神の中でしか存在しないのです。

そして魂は、生命。

この空間と生命、神と魂からはすでに与えられているのですから、人間は生きている限り、この空間の中で、いかに生きていくのかを考え、そしてその考えをこの肉体を使って表現していくのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『基本を忘れない』
今日の言葉

私は何度も絶望し、もう少しで自殺するところだった

だが、彼女が…芸術が…引き止めてくれた

私は、自分に課せられていると思っている創造を

全てやり遂げずに、この世を去るにはいかないのだ

ベートーヴェン


ブログランキング参加中。ポチッとお願いします(*^-^) FC2 Blog Ranking



人生は様々な分岐点での己の判断で作られていきます。

何か重大な決断を下さなければならない分岐点に立っているとして、その決断をどう下すのか判断する際、素直であるか、謙虚であるか、感謝はあるか、といういつも書いている人間の基本条件がポイントになります。

その決断が未来を決めていくのですから、できることなら、明るい未来へ向かいたいと思うでしょう。

しかし、そのためにはどういう風に決めていけばいいのか、それが判らなかったのです。

「素直さ・謙虚さ・感謝」という人間の基本条件を思い出していただければと思います。

人間ですから、欲もあれば、楽をしたいという思いもあるでしょう。

でも、そういうものを基準に判断していくと、結局その思惑は実現しないのです。

時には実現する事もあります。

欲に見合うだけの努力や犠牲を払った時です。

努力は己が先に差し出すもの、犠牲は己の都合に関係なく差し出されるもの。

前者ならばいいのですが、後者ならば、自分の命や健康などの場合もあれば、自分の大切なもの(時に子や孫などの人の場合もある)の場合もあるから怖いのです。

そうなるというという予想の上で決断した訳ではないでしょうから、一時的に己の望んだものを得た事に対しての喜びを感じたとしても、後から大きな犠牲に泣く事になるのです。

この世の仕組みとして、どんな事でも得るならば、それに見合う何かを差し出さなければならないのです。

品物をお金で買うのと同じ事が、目には見えない世界でも行われています。

ただ、関連性に気づかなければ、「なぜ?」と思うだけで終わってしまいます。

文字や言葉にすると「素直さ・謙虚さ・感謝」と簡単なものですが、これをいつも実践できるかといえば…どうでしょうね。

避けられる不都合はあるのです。

避ける方法はあるのです。

人間がそれを実践していないだけの事です。

いつも「実践しないとこうなるよ」というものを見せてもらっているのに、怖さはいつも他人事なのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。