美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『仕組み』
今日の言葉

不満は忍耐力の欠如であり、意志の衰弱である

ラルフ・ウォルドー・エマソン



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野菜や花の種を植えて、次の日に野菜が収穫でき、花が咲く、そんな事をあなたは考えますか。

そうであったらいいな、と思う事はあっても、実際にそうなるとは考えませんよね。

では、人生についてはどうでしょうか。

今日の行動の結果が今日、明日に出る、そんな風に捉えているところはないでしょうか。

多くの人と話をしていて、いつも感じるのですが、人は結果というものが今日明日、または一ヶ月、二ヶ月、とにかくすぐに出なければ、行動自体を続けられない面があるのです。

野菜や花ならば、種がすぐに成長するはずがない、それが自然の仕組みだと判っているので気長に待てる人が多いのですが、人間の事となるとつい先を急いでしまいます。

すぐに結果がでなければ、その方法を疑ったり、それを薦めてくれた人を疑ってみたり、行動が続かなくなっていきます。

もちろん、すぐに結果が出る事もありますが、今日の行動が10年後にしか花咲かないことだってあるかもしれません。

たとえ10年後であっても、今日の行動はどこかに繋がっているのです。

それを忘れて、途中で諦めたり、疑っていると、人間の中にある畑には植えられただけで水ももらえない、栄養も与えられない、ましてやその存在自体忘れ去られた種ばかりになります。

いわば、種の墓場になってしまうのです。

荒れ放題に悲しき畑に、一体何が咲いてくれるというのでしょうか。

芽の出ない種もあるかもしれません。

毎日畑のお手入れをするのは面倒かもしれません。

時には思っていたのとは違う花が咲くこともあるかもしれません。

結果はいずれ出るとしても、納得のいくまで携わっていたのか、出来ることは全てやれたのか、最初と最後だけではなく、その過程を自分が行動し、どう捉えているのか、その点が大きな鍵となるのです。

放っておいても自然と草花が咲くこともあるでしょうが、往々にして、何もしない者はその草花で満足する事はないのですよ。

真実への扉は・・・本家にある
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『気づいた者だけが』
今日の言葉

成功は、行動するからこそ得られるものである

山崎俊明


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私たちが「これが自分だ」と思っている自分。

その自分が果たして本当に「自分」なのか。

そんな事を考えた事はありませんか。

「こんな事に拘る自分は嫌だ」と思う反面、「だからこそ自分だ」と思ってしまう事があるのです。

今ここにいる自分、その自分だけが自分を形成しているのではないのです。

人間には魂があります。

その魂には前世がある場合があります。

また私たちは突然この世に存在したのではなく、親がいます。

親にはまた親が、人類が生まれて私たちが誕生するまでには数え切れない人がいたのです。

魂の前世と先祖、その影響を受け、それが「自分」だと思い込んでいるケースがあるのです。

それでは本来の自分ではありません。

本来の自分を謳歌できない人は意外と多いものです。

全てを消せと言っても、どうやって消せば良いのか、わかりませんよね。

そして、消し方を聞こうとする人も少なければ、聞いてそれに従う人も少ないのです。

結果、本来の自分を取り戻す事無く、人生を終えてしまうのです。

それがほとんどなのですから、普通の事なのかもしれません。

しかし、中には、必死に本来の自分を取り戻そうと奮起する人もいるのです。

少数派かもしれません。

傍からみれば、変わり者かもしれません。

それでも、求める人がいるから、私はここにいるのです。

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『心を満たすためには』
今日の言葉

心のゆがみは、病気を招く

椋木修三


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人生は楽しいな
生きてるって楽しいな

そうなるためには、自分が動くしかありません。

人から与えられるものではないのです。

物質的なものであれば、与えられるものかもしれません。

しかし、人間は物質的に恵まれているからといって、人生は楽しいとか生きているのは楽しいと思えない部分があるのです。

もちろん、物質的に恵まれる事も「余裕」という意味では必要な事もあるかもしれませんが、それだけでは満足できないのが人間なのです。

人には心があります。

心は物で満足しないのです。

ですから、より人生を楽しく感じたいと思うのであれば、心を満足させる事を考えるしかありません。

何をどうすればいいのか、難しい事を言っても実行できませんから、まずはどんな状況であろうとも微笑を忘れないように。

気分が悪い、機嫌が悪い、どこか体に不調がある、そんな時でも微笑を忘れない努力ができるかどうかです。

そんな事を言ったって、気分が悪い時は気分が悪い顔、機嫌が悪い時は機嫌が悪い顔、体調が悪ければ体調が悪い顔をするのが当たり前だと思うかもしれませんね。

では、そうやって当たり前に、気分や機嫌、体調の悪さを表現して、何か変わりますか。

良い方へ向かうのなら、どんどんそうしてみればいいでしょうけど、そんな事はありませんよね。

どうせ何も変わらないのなら、気分や機嫌、体調の悪さを表現するのではなく、ちょっとだけ微笑を取り入れてみてください。

微笑む事に意識をもっていくことで、一瞬でも気分や機嫌、体調が悪い事を忘れる事があるはずです。

その一瞬をどれだけ長く保つ事ができるのか、要するに気分や機嫌、体調の悪さに支配されない自分というものを作り出せるかなのです。

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『輝き』
今日の言葉

才能とは、持続すること

平山郁夫

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人をみて伝わってくる雰囲気。

たとえば、明るさ、パワフルさ、癒し、大らかさ等。

挙げればキリがありませんが、そういう雰囲気と、その人の言動や考え方、そこにはギャップがあります。

そのギャップがどれほどなのかの差がありますが、ギャップの大きな人ほど、生活や仕事で何か問題を抱えている事があります。

そのギャップこそが、本来の自分と現実の自分の差なのです。

自分らしさ、自分らしくありたいという思い、その自分らしさはどこか表に見え隠れしているのですが、それを現実の自分が打ち消そうとしているのです。

現実の中で、様々な差し障りがあったり、感情が先走ることで、自分らしさを曇らせてしまうのです。

それが普通の人間なのです。

普通とは、ただ生まれて、生きる、そこにあるのは現実だけという事です。

子孫を残して終わりなら、誰でも良いのです。

そこに形の有無に関わらず、何か自分にしか残せないものを造っていけるかどうか、それが各自が生まれた意味になるのです。

多くの人ごみの中で、その他大勢で終わって良いのでしょうか。

あなたはそのままこの世を去ることができますか。

その他大勢に入っていかなくても、輝きを放つ自分を持ちたいとは思わないのでしょうか。

誰もが磨けば輝くものを持っているのに、ただ磨く事をせずに、輝きのない自分を憂い、輝く人を羨んでいるに過ぎないのです。

ただ日常をやり過ごしているだけでは、決して輝きは手に入りません。

磨く事ができるのは、自分だけなのだと自覚しなければならないのです。

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『あるものの中で』
今日の言葉

あなたの現在、そして未来は、すべてあなた次第なのです

現在のあなたの姿は、これまであなたが選んできた決断と行動の積み重ねなのです

あなたが生き方を変えれば、未来はいくらでも変えられるのです

ブライアン・トレーシー


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あまりにも当たり前に「ある」ために、それがどれだけ尊いものなのか、喜ばしいことなのか、忘れてしまうものがあります。

その一つが「生きている」という事です。

生きている事の尊さや喜びを忘れ、ついつい現状に対する不平不満ばかりを抱いてしまいます。

病気や苦しい状況に陥った時、何で自分ばかり、何で自分がこんなに苦しみなくてはいけないのか、と思うのは当然かもしれません。

しかし、病気だろうと苦しい状況だろうと、まだ生きているじゃないですか。

当たり前すぎて忘れている事ですが、何があろうとまずは「生きているじゃないか」という事に気づく事が、一つの分岐点となるのです。

辛さ、苦しさ、痛みなども、生きている事を喜べる自分を作り出せるのなら、半減する効果もあるのです。

足りないと思う前に、今あるものに目を向け、心の底から喜ぶのです。

その心の変化を魂は敏感にキャッチします。

だからこそ、辛さ、苦しさ、痛みなどが半減する事があるのです。

苦境にある時こそチャンスだと言われるのは、苦境を作った自分を修正する事ができれば、必ず道が開かれるからなのです。

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『人間の責任』
今日の言葉

あなたがくだらないと思っている今日は

昨日亡くなった人が、なんとかして生きたかった

なんとしてでも生きたかった、今日なんです

ひすいこたろう



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魂を預けられた生き物は、人間だけです。

だからといって、人間は他の生き物よりも偉いとか特別な存在だ、というわけではありません。

しかし、預けられたからには、そこには責任があります。

その責任を果たせなかった故のペナルティが因縁となる事もあります。

人間以外の生き物には、因縁があるでしょうか。

遺伝はあったとしても、因縁はないでしょう。

犬や猫等が「神」という存在を意識することはないですが、人間は「神」を認識できる唯一の生き物です。

もちろん、それを受け入れるかどうかの自由はあります。

因縁というと、名家、または過去に凄惨の事件を起こした者がいる、そんな特別な家庭にだけ存在するもののような気がするかもしれません。

普通の家庭に育った者にとって因縁は無縁なもの、と思うかもしれません。

しかし、どの家庭にも歴史があります。

歴史の中に生きた人間の数は数え切れません。

それぞれが魂を預かった者としての責任を全うしたのか、それは疑問です。

重い因縁を抱える者、軽い因縁を抱える者、そしてその因縁に気づいた者、気づかない者、更にいえば因縁を片付けた者、そのまま放置している者と様々です。

因縁は生きている間にしか対処できません。

生きている自分にしか、修正できないものなのです。

多くの人が因縁の渦に巻き込まれ、溺れているのですが、悲しいかな、溺れている事に気づけないまま、また新しい因縁を次の世代に残していくのが現状なのです。

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『どこで信じるのか』
今日の言葉

最期に自分の生涯を顧みて

自らが生まれてこうなったことは意味があると考えられるように

今日を生きることである

日野原重明


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人には概念というものがあります。

こうだから、こうでなければならない、とインプットしたものがあるのです。

しかしそれに固執してしまうと、真実を見失います。

人は騙されまいとしますが、騙す側は人にインプットされた概念を利用します。

故に騙されまいとしていても騙されてしまうのです。

概念は概念として必要な部分もありますが、それだけを全てに当てはめようとしても当てはまるものではありません。

その枠から外れたら信じられないと思ったとしても、その枠の中で騙されるのですから、何を持って信じるのか、そこを考えなければなりません。

あなたは何を持って何を信じるのでしょうか。

視覚ですか
聴覚ですか
相手の肩書きですか
身なりですか

疑えばキリがなく、信じてもキリがなく、それでも人は何を求めているのです。

心の隙間を埋めようとしているのです。

しかしそれは元々あなたの心の中にあるのです。

ただその存在に気付いていないだけなのです。

それがあなたの魂です。

あると思えばあり、ないと思えばない ― 実体がないのですから。

心をあると思えても、魂はどこか宗教的に捉えたり、心霊現象のように考えたり、あなたの中にある概念が受け入れる事を阻んでいるのかもしれません。

しかしあなたの心の中には確かに魂は存在します。

あなたが目覚めなければ、魂も目覚める事はできないのです。

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『はじまり』
今日の言葉

欲深き人の心と降る雪は

積もるにつれて道を失う

高橋泥舟

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良い結果だろうと、悪い結果だろうと、その始まりには自分があるのです。

たとえば、あなたが会社で一枚の書類を踏んで転んだとします。

思い返してみると、その書類はあなたが机の上から落とした書類でした。

机の上の書類を床に落とした時、すぐにそれを拾うか、拾わないか、些細な事ですが、ここでどちらかを選択しますよね。

拾うという選択、拾わないという選択、それを決断するのは自分です。

その選択に合わせて、未来が決まっていくのです。

この例では転んだという小さなもので、また落としたのも自分、転んだのも自分で、繋がりが明白ですが、一見繋がりがなさそうに見えても、それを紐解いていくとやはり自分に繋がるのです。

自分の行動や思い、言葉など、最初の点から波紋が広がり、外側にいくに連れて点を認識しづらくなります。

しかしそれは自分の視点がその波紋と同じ高さである故で、上からの視点に切り替えれば、点から広がる波紋を明確に認識できるのです。

時間があるならば、一つの結果から遡って「点」を見つけるという事も面白い事です。

ただ、そういう作業をして「点」というものを発見するのもいいですが、自分が結果の始まりにいるのだと認識できれば、自ずと己の行動や思い、言葉に対する責任を自覚できるのではないでしょうか。

周りを見ていて、腹立たしい人、許せないと思う人、様々な人がいますが、全てが点であり、近い未来、また遠い未来にはそれなりの結果として責任を負うのです。

故に、腹立たしいと思う自分を消さなければ、その腹立たしいという自分がまた点となり、何かしらの結果へと繋がるのです。

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『塵もつもれば』
今日の言葉

決して絶望してはいけない

でも、そんな状態になったら

絶望から抜け出す努力をしなさい

エドマンド・バーク


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塵も積もれば山となる、という言葉がありますが、人はこの塵と同じように、日々の生活の中で些細な間違いを積み重ね、気づけばそれが山となっていくのです。

我が身に降りかかった時に初めてその山の存在に気づくのです。

ただし、漠然と山を見るだけで、その山に「何があるのか」までは見ていませんし、気づくことも少ないのです。

様々な「自分」を日々放っています。

それがふるいに掛けられ、五訓(ブログ内で探してください)や「素直・謙虚・感謝」という基準から弾かれたものが塵として溜まっていきます。

それが山となった時、思いもよらない不幸や不都合、病気や怪我などの形として現実に表れてくるのです。

ポイントが溜まって商品と交換するようなものです。

ただし、交換する意志がなくても、勝手に交換されてしまうのですが。

現実に形となってしまった場合には、取り返しのつかないものもありますし、また元に戻すとしても時間が掛かります。

その前に、防ぐ方法があるのです。

それをここで書いているのです。

五訓や「素直・謙虚・感謝」を実践できれば、大きな不幸や不都合、病気や怪我はないのです。

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『繰り返される』
今日の言葉

成長は与えられるものではなく、自らの手で勝ち取るもの

(チャールズ・ケタリング)


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神は何もしてくれない
不幸な人がいる
平和を感じられない世の中がある
だから神は存在しない

そういう捉え方は人間の傲慢さなのです。

まず、人間は神からこの世界(宇宙であり、太陽であり、月であり、地球)を与えられ、そして生命を与えられているのです。

不幸は神が与えたものではなく、人間は導いたものなのです。

要は人間の考え、行動というものの結果でしかないのです。

しかし人間は神といえば「人間に幸せをもたらす」という概念を持っています。

持つのは自由ですが、それは真実ではありません。

ただの人間の傲慢さなのです。

自分たちの過ち(本人であり、先祖であり、今まで生きてきた人間全ての過ち)に気付かずに、空から急に不幸が降ってきたように感じているだけなのです。

なぜなら、その原因(過ち)を知らないからです。

自分は何も悪い事をしていないのに不幸になった、と思うのは自由ですが、本当にそう言い切れるのでしょうか。

何が悪く、何が良いのかは、人間の捉え方だけで判断しているに過ぎないのです。

神は何もしてくれないのではなく、神は先に人間に全てを与えてくれているのです。

それに感謝はしても、文句を言うのは筋違いというものです。

不幸や平和ではない事は人間の責任なのです。

それを知らない、認めないから、修正する事もなく、人間は同じ過ちを繰り返しているのです。

そういう意味で、歴史は繰り返すのです。

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『気づけば変わる』
今日の言葉

できない理由ではなく、できる理由を考えよう

植西聰


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頑固な人に「あなたの頑固さは直した方がいい」と言っても大抵は聞く耳を持ちません。

自分の頑固さが誰に迷惑を掛けたのか、お前には関係ない、などと言われると人は諦めます。

社会通念ではそれで許されている部分があります。

しかし自分の中の魂はそれを良しとはしません、許しません。

だから頑固さを持ち続けると「許さない」という形になって表れてきます。

頑固さは石に変わります。

結石や胆石などを持っている人をよく見ていくと、全てがそうではないとしても、頑固な人が多いのは事実です。

挨拶・ありがとう・すみません・ごめんなさい・いつも笑顔で。

驕らず・怒らず・怠らず・優しく・美しく。


こういう状態を魂は望んでいます。

これができないから他人を通して自分へ「直しなさい」と教えてくれているのですが、それを無視するならば次は痛みを持って教えられるのです。

他人は「諦める」でしょうが、魂は決して諦めませんし、許してはくれません。

痛みを持って知らせる、その痛みは病気かもしれません、お金かもしれません、家庭内のゴタゴタであるかもしれません。

魂はその宿る人間の泣き所を熟知しています。

どこを攻めれば痛いのかを知っているのです。

そして一度目の警告よりも二度目が、二度目より三度目が、その痛みは増していきます。
気付くまで終わりはありません。

これを恐いと思いますか。

実はこうやって痛い思いをする内はまだまだ守られているという事なのです。

痛い目に合うのは注意されているという事なのです。

本当に恐いのは見放された時です。

痛い思いはしないかもしれませんが、守られていなければ注意もなく、ある日突然この世を去ってしまうかもしれません。

注意される、警告があるという事は、「改善・修正」する事により道はあるのです。

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『理性』
今日の言葉

心の中に希望さえあれば、力は無限にわき出してくる

石川洋


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理性、それは教育や環境が育てるものというだけではなく、もう一人の自分(魂)があるからこそ働くものなのです。

故に、もう一人の自分(魂)が嫌う人間の感情を出し過ぎた時、理性が働かずに思いも寄らない行動を起こしたりするのです。

よく怒ると何をするか判らない人がいますが、残念な事にそういう場合はもう一人の自分(魂)が手を引いている可能性があります。

そうなると、理性は働きませんし、感情をコントロールできるわけもないのです。

人間ともう一人の自分(魂)の絆は、もう一人の自分(魂)の方から切ってしまうのではなく、人間が自分中心の生き方、要するにもう一人の自分(魂)を無視し続ける故に、段々と絆が細くなり、そして途切れてしまうのです。

絆を途切れさせないためにも人間が努力しなければならないのです。

もう一人の自分(魂)との絆が深くなったとしても、決して現実的に利益があるわけではありません。

故に今の人間が求めるものではないのかもしれません。

しかし誰もが心の片隅に抱いている不安、それも何が不安なのかも自分でも理解できない得体の知れないものを解消できるのは、もう一人の自分(魂)との関わり合いだけなのです。

これは知った者にしか理解できないことなのです。

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『心の健康を保つ』
今日の言葉

お金持ちになること、有名になること、偉くなることを

人生の目的にしてはいけない

松浦元男

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人の話を聞いていて、「あぁ、そうなのか」と素直に受け入れる事ができた時、聞いた話がジワリと自分の中に浸透していきます。

そういう実感はないかもしれませんが、ジワリと浸透した話が自分にとって(また魂にとって)栄養となるのです。

心の栄養ですね。

心というものは目には見えませんが、誰もが「ある」と認識しています。

しかし、目に見えない故に粗末にしている事にも気付いていないのです。

人の話だけではなく、常に前向きで明るい気持ちを持つ事も心の栄養ですし、芸術に触れ、感動するというのも栄養になります。

芸術だけではなく、自分が感動をおぼえるものに積極的に取り組むのもいいですよ。


気付くと人は不平不満を抱いたり、暗い事・悪い事ばかりを考えたり、人を妬んだり、恨んだりと心を粗末にしているのです。

心に栄養を与えるどころか、心をゴミ溜めにしているのです。

心の純な部分に魂が存在します。

その心がゴミ溜めのように汚されていては、魂が喜ぶはずがありません。

故に、心を粗末にしていると、人間の精神や肉体に魂のSOSが出されるのです。

それが病気のような症状として表れる事もあります。

あくまでも最初は病気のような症状であり、本物の病気ではありません。

その時に自分を見つめ直し、本来の心の美しさを取り戻す事ができればセーフ。

気付かずにそのまま放置すれば、いずれは本物の病気になるのです。

細い鉄の棒を何度も何度も同じ場所で折り曲げていけばいずれは折れます。

折れた時が病気。

その前に、何度も同じ場所で折り曲げている自分に気付かなければならないのです。

自分で気付けないとしても、気付いてくれた人のアドバイスを受け入れるだけの素直さを出せるように心掛けておく事です。

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『スタートライン』
今日の言葉

責める相手ではなく、解決策を探しなさい

コリン・ターナー


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魂が何を人間に求めているのか、それを人は判りません。

だからこそ、魂と人間の進みたいと思う道が違っている事にも気付きません。

しかし、人間が魂を無視して人間の進みたい方向に向かえば、必ずうまくいかないようになっています。

要するに、人間は魂には勝てないのです。

そうは言っても、魂が存在するのかも判らない、ましてその望む道など判るはずもない、と思われることでしょう。

確かに、望むものを100%理解はできません。

何といっても、魂には実体がありませんし、声が聞こえる事もありません。

その存在を知らない、認めないとするのなら、余計に判らないものです。

その実体の無いものを「ある」とできるかどうか、これが始まりなのです。

普段は口にする事はないでしょうが、誰もが「不安感」というものを持っているのです。

生活に追われている瞬間は忘れていても、ふとした瞬間に何とも言えない、逃げようのない不安感を感じているのです。

それは、魂の叫びなのです。

叫んでも声が出るわけではありません。

暴れても、痛くも痒くもありません。

しかし、心でそれを感じ取っているのです。

「自分に何をしろと言うのか!」と叫びだしたくなるその衝動。

それが魂の「気付いて欲しい!」と内から発するメッセージなのです。

それを人間はちゃんとキャッチしているのです。

ただ、それが何であるのかを知らなかったのです。

知れば、そういう不安感はあっという間に消えてしまうのです。

そしてここから始まるのです。

人間のあなたとあなたの中にある魂との新たなる人生が…。

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『素直になれない』
今日の言葉

迷った時は、勇気がいるほうを選ぶ

上大岡トメ


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素直になれないのは欲があるから。

何か言われて、聞いて、されて、勝手にそこから自分の想像を始めます。

たとえば、私があなたに「魂のことについてもっと知らなければならない人なのです」と言ったとします。

すると、人は勝手に

お金を要求されるかもしれない
仕事を辞めなくてはいけないかもしれない
禁欲生活を強いられるかもしれない

などなど、自分の生活を乱されるかもしれないと考えます。

そして、「魂のことについてもっと知らなければならない人なのです」という事がどんな事なのかを聞く前に、「私はちょっと…」と尻込みしてしまいます。

自分が何か損をするのではないか、我が身が可愛い故に、素直になれない事は多くあります。

損をしたくない、自分が可愛い、そういう欲が誰にでもありますが、欲を優先するあまり、何か大事なものを見落としていく可能性があるのです。

勝手に考えてしまう前に、聞いてみれば良いのですが、もうその時点で頭の中では自分の考えが渦巻いていますので、できないのは当然なのかもしれませんね。

考える事は大切ですが、時には聞いてみるという勇気もまた大切なのです。

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『疑い』
今日の言葉

誰もがたくさんもっている、今の幸せに目を向けなさい

誰もが少しはもっている、過去の不幸は忘れなさい

チャールズ・ディケンズ


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子供の頃にできたことが、大人になってやってみるとできない事があります。

肉体的な衰えが原因の事もありますが、心の汚れというものもあります。

空を見て、「あの雲を消してみよう」なんて遊びを子供にやらせると、なぜか消える事があります。

大人ではほとんどそういう事はありません。

なぜなら、大人は疑っているからです。

子供は「消せるものだ」と信じて疑わないから、消す事ができ、大人は「消せるはずがない」と疑うから消えないのです。

時々、「お腹が痛い、どうにかしてください」といった電話が入ります。

そういう時、お子さんがいれば、お子さんに対処させる事があります。

たとえば、「お母さんのお腹を手の平で三回グルグルとなでてあげてごらん」と伝えて、それを実践してみると、不思議と痛みが消えるという事があるのです。

子供が母親に「痛いの、痛いの、飛んで行け~」としてもらって痛みが取れるのと同じ、上の例ではその逆バージョンですね。

疑わないという事が、不思議な現象をみせてくれるのです。

全てを信じて疑わない、そうは言いません。

しかし、「あり得ない」という事はあり得ないという前提を忘れてはいけないのです。

その上で、どう判断するのか、それはあなた次第です。

心の汚れとは、「自分」というものです。

自分とは、知識や経験、そういうものでしか判断できない、受け入れられない、認められない自分です。

そういう自分が、可能性を縮めているのです。

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『些細な事ですが』
今日の言葉

考えねばならんのは

うまくいきすぎている時ですよ

大山康晴


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自分が良かれと思ってやっていることでも、他人からみればつまらないと言われる事もあります。

また多くの人が「ありがとう」と言ってくれる事でも、中には「余計なお世話だ」と言われる人もいるでしょう。

何か行動を起こすと、それに対して他人は様々な反応をしてくれます。

好意的な人、無反応の人、否定的な人、その反応に対して、自分がどう思うのかも様々です。

反応がなかったり、否定されてガッカリするのは、自分が自分の行動に対しての見返り、つまりは期待しているものがあるからです。

もちろん、褒められたり、声を掛けられたら嬉しいものです。

しかし、そういうものを求めて何か行動を起こしたのでしょうか。

たとえば、好きで自分の家の周りを掃除している人、「キレイになると気持ちがいいから」という思いがあるとしても、それに対して、「褒めて欲しい」とまで思っているでしょうか。

声を掛けられれば嬉しいでしょうし、やる気もUPするかもしれません。

しかし、多くの場合、最初からそういう事を求めているわけではないのです。

もし、そういう事を求めているのなら、誰も声を掛けてくれない、褒めてくれない、と不満を感じるでしょう。

そうなると、続きませんし、また抱いた不満が苦しみになっていくのです。

求めるものは、他人からの評価ではなく、「心」なのです。

こうだったらいいな(上の例でいえば「キレイになったらいいな」)、そういう想いに対して、それを果たすための行動なのです。

結果的に、他人から評価される事もあるでしょう。

しかし、それはあくまでも他人の勝手です。

自分は自分のやるべき事を淡々と続ける事ですね。

ただ言える事は、声を掛けられた時、評価された時に喜びを感じるのならば、自分も同じように他人に声を掛け、褒めてあげられる心遣いがあれば、また楽しいものになるのではないでしょうか。

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『人生』
今日の言葉

考えてほしい

無理でもやってみた、そうしたらできた

あなたにもそんな経験はたくさんあるのではないだろうか

小学生のときの逆上がりでもいい、どんなことでもいい

無理でもやったらうまくいった

こんなことは世界にはいくらでもある

中島孝志


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人生には様々な岐路があります。

その岐路に立った時に、どちらへ進むのか、悩む事は多いでしょう。

「きつい方、苦しい方を選べ」とよく言われますが、それさえも、「何」を基準にきついとか苦しいを判断するのか、それによって変わってきます。

あれこれと考えてしまいがちですが、まずは自分は何をしたいのか、という事をしっかりと掴んでいかなければなりません。

特に就職や転職などでは、ついつい、待遇や給料などを重視しますが、それはそれで一つの判断基準かもしれません。

しかし、自分の人生に関して、少なからず何かの目的や目標を持つ人ならば、判断すべき点は変わってくるのではないでしょうか。

人間は何のために生きるのか、自分の人生はこれでいいのか、と求める者は少なくありません。

もちろん、そんな事は一切関係なしに生きていく者もいますし、それをわざわざ否定する必要もありません。

ただ、何か心に秘めたものを意識できる自分があるのならば、それを優先して欲しいのです。

結果的に、待遇や給料面で劣る方を選んだとしても、それ以上に得るものがある事も多いのです。

要は、自分の人生に足跡を作っていけばいいのです。

多くの人は一歩も踏み出す事無く人生を終えているのです。

足跡を残した者と残さなかった者、その違いは、残した者にしか得られない「何か」なのです。

その「何か」を掴むために、勇気を出して一歩を踏み出して欲しいのです。

それが人生を謳歌する事になるのですから。

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『いのちの中で育むいのち』
今日の言葉

解決策がわからないのではない

問題がわかっていないのだ

ギルバート・キース・チェスタトン


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人は普段の生活の中でも、自然というものを目にはしていますが、それはただ目にしているだけ、それで終わりなのです。

そこで立ち止まって何かを感じているでしょうか。

何かを受け止めようとしているでしょうか。

たとえ都会に住んでいるとしても、見上げれば空があるのです。

空や自然を見て、何かを感じようとする、それが心の栄養になっているのです。

自然が美しい、それだけではなく、そこには生命が育まれているのです。

宇宙飛行士の秋山さんは「地球はいのちのかたまり」と言いました。

そうなのです。

「いのちのかたまり」なのです。

その中に私たちが生きているのです。

自然とのつながりの中から、私たちは「いのち」というものを教えてもらっているのです。

地球という母の中で、私たちは人間以外の多くの存在と共に生命を育んでいるのです。

梅の花、桜の花、道端の草花、鳥の囀り、風の音、水の流れ、そういうもの全てが存在するからこそ、私たちはここに生きているのです。

無駄なものなどないのです。

それをどれだけ実感できるのか、どれだけその枠を広げていけるのか、それが人間の健康に影響してくるのです。

空を見上げ、その空のどこまで奥を見ることができるのか、試してみてください。

空はどこまで続くのか、時間がないと逃げずに、心に栄養を与えてください。

人間の中に、霊とかいう余計な侵入者がある場合には、空や自然を見て何か感じる事はないのです。

逆に言えば、自然との繋がりを持つ事を心掛けることで、侵入させない状態に自分をもっていけるのです。

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『種蒔き』
今日の言葉

人生から返ってくるのは

いつかあなたが投げた球

斎藤茂太


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土の入ったプランター。

そこで何を育てるのか。

花にするのか、野菜にするのか。

花ならどんな花を、野菜ならどんな野菜を。

またいつ種を植えるのか、肥料はどんなものにするのか。

プランター一つを前にして、様々な選択肢があり、選んだ後にも様々な準備がありますね。

ただ一つ言えるのは、何も種を植えずに待っていても、望むものは生えてこないという事です。

芽が出たかな、と思っても雑草だったり、何であるのか判らずにお手入れが違えば枯れるかもしれませんよね。

生きる事もこれと同じように、自分で何をするのか(何の種を蒔くのか)、そのためには何をすべきか(どんな肥料をあげるのか、何時の時期に種を蒔くのがいいのか)、明確にしておくと、芽の出る可能性も高くなります。

もしかしたら、風土に合わずに枯れる事もあるかもしれませんが、それも種を蒔き、育ててみなくては判らないのですから、結果として枯れたり、成長が悪ければ、また改良すれば良い事なのです。

まずは、種を蒔くという行動を起こしてみる事です。

それをせずに、風や虫、鳥が種を運んできてくれるかもしれないと、他人任せで構えていても、いつまで待てばいいのか、また芽が出たとしても「こんなものか」と不満しか出ないのです。

それぞれに、生まれたからにはすでに認められたものがあるのです。

目の前にはどんなものを育てても良いというプランターがあるのです。

それをどう活かしていくのか、自分次第なのです。

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『畏怖』
今日の言葉

「きっと苦しむだろう」と不安に思うものは

すでに不安によって苦しんでいる

ミシェル・ド・モンテーニュ


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何をという訳ではなく、「畏れ」というものを知っている人は、普段は怖いもの知らずのようであっても、「逆らってはいけない」というものを持っています。

これは触れてはいけない、これ以上は逆らってはいけない、誰にでも一瞬でもそういう思いが過るのですが、「畏れ」を知らない人、甘くみている人は、その過った恐怖に従えないのです。

その結果、不都合や不幸をみるのですが、まさかそれが事前に防げたとは思いませんし、自分が招いたとも気づかずに、「何でこんな事に…」と言ってしまうのです。

人間、恐怖を忘れてはいけません。

恐怖は横着な自分、傲慢な自分があるから与えられるのです。

人間には逆らえない存在、それを知る事です。

たとえば、地震や津波、台風など、人間の力ではどうにもできないものがあります。

備えはその恐怖を知っているからこそできるのであり、恐怖を知らない、甘くみて、不用意に近付いて命を落とす事はよくある事です。

一度でも恐怖を覚えた事があるのであれば、それを忘れない事です。

忘れたら、またその恐怖を思い出させる出来事が生じるのです。

そして「畏れ」は素直で謙虚な自分があれば、少しずつでも身についていくものなのです。

怖いもの知らず、知った時には命はなし、それでは遅いのです。

人間はこの空間を創造した存在の中に生きている、その存在を知り、その存在の中でしか生きられない事を知る、これを忘れない事です。

神だとか創造主だとか、名前は何でもよいのですが、この空間は決して偶然に出来たものではなく、そこには何かしらの想いがあるのだと肝に銘じてください。

そういう世界に私たちは存在し、それ故にまた、自分さえも偶然ではなく、何かの想いの元に存在し、それならば、自分は何を望まれているのか、という風に繋がっていくのです。

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『違う視点から見ると』
今日の言葉

花が花の本性を現じたる時最も美なるが如く

人間が人間の本性を現じたる時は

美の頂点に達するものである

西田幾多郎


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何かに気づいたある日、何かを知ったある日、その日から世の中の全てが違って見えることがあります。

でもそれは世の中の全てが変わったのではなく、それを受け止める自分が変化したのです。

些細な事であっても、何かに気づいたり、何かを知ると、世の中は大きく変化して見えます。

それが楽しいから、何かに気づこう、何かを知っていこうと好奇心旺盛になっていきます。

そして、その好奇心がまた世の中を楽しく写していくのです。

どんなに平凡な人生でも、その中には毎日を楽しくさせるもので溢れているのです。

それに気づかなければ、人は平凡な人生に飽きてしまいます。

そうなると今度はスリルを求めるのです。

スリルを求める事は悪いとは言いませんが、時に取り返しのつかないところまで行ってしまう危険があるのです。

危険ギリギリのところに立つのがスリルの醍醐味なのかもしれませんが、それさえも生きているからこそ感じられるものです。

ギリギリのところに立っているつもりが、ふと足を踏み外して落ちてしまえば終わりです。

落ちてしまった人は平凡な人生がどんなに幸せだったのかを知るのでしょうが、果たしてそこから這い上がれるのか。

生きていれば這い上がるチャンスはあるでしょうが、命を落としてしまえば完全に終了です。

人間は実に欲深い生き物です。

欲深くてもいいのですが、時にその欲深さが度を越えると、全てを失ってしまいます。

スリルによって得られるものが、生きている実感だと思い込んでいるのですが、実際には普段の生活の中で、生きている実感は山ほどあるのですが、それに気づくか、気づかないかなのです。

最初に戻りますが、知らないから、気づかないから、色褪せて見えている人生も、何かを知ること、気づくことで、とてつもなく大切で、喜びに溢れたものなのです。

その「何か」が何であるのか、それはこのブログでも書いています(探してくださいね)。

またはこれだけ情報の溢れる世の中ですから、多くの人も書いたり、言ったりしているのです。

あなたはそこに視点を合わせれば、次から次に発見があるはずです。

それが今以上に人生を謳歌する手助けになると思いますよ。

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『我慢の価値』
今日の言葉

朝起きて夜寝るまでの間に

自分が本当にしたいことをしていれば

その人は成功者だ

ボブ・ディラン


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生まれた意味、生きる意味、より良き人生を歩むために必要な事等、そういう事は何も考えたくない人にとっては話を聞いたとしてもあまり意味のあるものではありません。

自分の人生というものを真剣に考えようとしない者にとってはただのお説教、余計なお世話なのです。

我慢とは、何の目標もない者にとってその意味は薄れ、ただ人間社会に生きるための規律を守るため、人間関係を保つために必要なだけです。

何か目標を持つ者にとっては、我慢は必要です。

自分の足りない部分を乗り越えるためには、我慢というもので対応していくしかないのです。

我慢をするという事は、感情を押し殺すということではなく、感情をコントロールするということです。

我慢は「出来ること」に対してではなく、「出来ない事」に対して使い、その出来ない事を出来るようにするためには、必ず我慢が必要なのです。

たとえば、人から命令されても何とも思わない人にとっては「これをしろ」と言われて「わかりました」と答えたとしても、人に命令されるのが嫌な人は「何を偉そうに」という感情を抱きます。

前者にとっては命令に従う事に我慢というものはありませんが、後者にとっては我慢なのです。

「何を偉そうに」と思いつつ、「わかりました」と笑顔で答えろという意味ではなく、口で「わかりました」と言うのならば、「何を偉そうに」と思う感情を消していく事、それが我慢なのです。

心と言葉が一致しない事、つまり行動とは裏腹な気持ちは、結局は自分の身を危うくするのです。

なぜなら、人間の心の一部にもう一人の自分(魂)が存在するからです。

心と言葉が一致しない事を良しとはしないのです。

それが見えない部分の仕組みなのです。

人間は八方丸く収まれば良しと、物事を表面だけ取り繕おうとしますが、もう一人の自分(魂)はそんな事は求めてはいません。

そんな中途半端は決して許さないのです。

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