美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『最初の一歩』
今日の言葉

あと一歩の辛抱で、あと一歩の努力で必ず成功する

という所で計画を放棄する者があまりにも多すぎる

エルバート・ハバード

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人間は安定・安心を求めています。

最初はそれを物質に求めます。

しかし、物を手にした者は、次に心の安定・安心を求めます。

物質では得られない心の安定・安心は、「己の魂を認知する」ことでしか得られないのですが、それを知らないでいます。

せめて、「生命への感謝」があれば、魂も喜ぶのです。

魂という言葉を知らずとも、「生きていて良かった、がんばろう」という人間であるならば、魂は喜ぶのです。

それが心の安定・安心となっていくのです。

ところが人間は考え違いをしています。

「生命は大切」というところで満足して終わっているのです。

そこで終わっては意味がないのです。

大切であるからこそ、どう生きていくのかを考え、それを行動に移さなければ、ただのきれい事です。

生命が大切であるならば、その限りある生命をいかに使うのかを一人一人が考えなくてはならないのです。

言うのは簡単、聞くのは簡単。

問題は己がどう行動に移していくか、その点にあるのです。


真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

『捉え方一つ』
今日の言葉

知恵に近づくには

まずは沈黙し、次に相手の話に耳を傾け

第三にそれを自分の中で吸収し、第四に実践にうつし

最後は人に教えてみることだ

(ソロモン・ガビーロール)


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自分の事を判ってもらえないという不満。

誰でも相手の心の中まで100%知る事はできませんから、判ってもらえない部分はあるのです。

だからこそ、私たちは言葉というものを使うのですが、これがまた素直さを使えない故に、心とは裏腹な事を言ってしまうことがあります。

あなただけではなく、私も、他の人々も、皆「他人には判らない部分」があるのです。

判ってもらえないという不満は、あなた一人が抱くものではなく、同じようにあなたにわかってもらえない不満を抱く人もいるのです。

決して一人の人間だけが悲劇の主人公ではないのです。

世界一不幸な自分、そういう人はいないのですが、ただ自分がそう思えばそういう風に流されていくのです。

この程度で世界一の不幸だと思うのならば、もっと不幸を知るといい、という作用があるのです。

逆にいえば、些細な事でも心から喜べるのならば、この程度でそんなに喜べるのなら、もっと喜ばせたい、という作用もあるのです。

以前にも何度か書いたことがありますが、私たちは心を晒して生きているのです。

心を晒すとは、あなたの心のあり方がこの現実で形になって表れているという事です。

心の汚れや歪みが、現実で、病気や怪我、不都合な出来事として表れているのです。

すべてがそうだという訳ではありませんが、多くが心のあり方の結果なのです。

という事は、心のあり方を知り、改善する事で、病気や怪我、不都合な出来事も180度変えることができるのです。

泣いて過ごすも、笑って過ごすも同じ一日なら、笑顔で一日を過ごしたいものですし、その一日が積み重なって人生となるのなら、やっぱり笑顔で一生を終えたいと思いませんか。

そのカギを握っているのは、あなた自身なのです。

この世に不可能はありません。

不可能にしているのは、常識や経験に固まった自分なのです。


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『柔軟に』
今日の言葉

自分の心に従うこと

教育や知識もとても大切だが

心が頭に同意しないときは

心のほうが正しいことが多い

ノーム・クロスビー


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地域によって変わる常識
科学の進歩によって変わる常識
時代背景によって変わる常識

それぞれの知識・経験によって変わる常識、常識の中にはこのように変わっていくものがあります。

それ故に、「自分の常識=絶対に正しい」という風に囚われ過ぎると、思いもよらない結果に繋がる事があります。

硬い陶器を落とすと割れてしまいますが、柔らかいボールだと跳ね返る、それと同じで、自分の常識に囚われ過ぎている自分は陶器のような状態で、何らかの衝撃で割れてしまう可能性が高くなるのです。

余裕といいましょうか、何か物事に出会った時に、たとえ自分には理解できないとしても「そういう事も有り得る」という余地を持っていなければ、雁字搦めで動けなくなる事があるのです。

真面目な人も、度を越えるとどこか堅苦しくて付き合いにくいイメージを人に与えてしまいます。

真面目が悪いのではなく、真面目過ぎると自分のルール(常識)に拘り過ぎて、上で書いたように余地がないのです。

一枚の紙に余白なくビッシリと文字が書かれていると読みたくない気がしてしまうようなものなのです。(余白がないとメモもできませんからね!)

もちろん譲れないというものもあるでしょうが、それが信念なのか、それとも執着なのか、その違いを見極めてくださいね。

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『バランス』
今日の言葉

チャンスは同じ扉を2回は叩かないのです

(ニコラス・シャンフォール)




人の目、世間体、そういうものは無視していいものでもなく、また気にすればいいだけのものでもありません。

何事にも程度というものがあります。

傍若無人に振舞って、自分はそれで満足かもしれませんが、人は困った時、助けて欲しい時があるもので、その時人を助けるのは人でしかありません。

故に、人に嫌われる自分であれば、誰も助けてはくれません。

自分が何かしようとした時にも、手助けしてもらえるものではありません。
(お金があれば助けてくれるかもしれませんが)

だからと言って、今度は人の目を気にし過ぎると、自分の行動が制限されます。

特に恥ずかしいとか、バカにされたくない等、プライドを守ろうとする場合には、必ず後悔します。

やらなかった自分、やれなかった自分に対して、後悔するのです。

他人に迷惑が掛からないのならば、たとえ恥ずかしかろうと、バカにされようと、挑戦してみる事です。

人は所詮人の群れの中でしか生きられません。

だからこそ、法律や道徳など、輪を乱さないためのルールがあります。

その中で大人しく、慎ましやかに生きていくことが100%ではありませんし、その輪を乱し、自分勝手に生きることが100%でもありません。

自分なりにどこで折り合いをつけるのか、引かなければならない事、押し通さなければならない事、それは自分で決めるしかありません。

基本的に、私は相談に来られた人には「何をしてもいい」と言います。

制限はありませんから、自分が思うように生きて良いのです。

ただし、自分の思いが必ずしも正しいものかといえば、そうではありません。

自分の欲望を満たすだけに生きるのであれば、「違う」という結果が出るでしょう。

「何をしてもいい」のですが、人が何のために生まれ、生きるのか、それを忘れたような生き方ではどこかでつまずいてしまいます。

人は自分の聞いた事を自分の都合に合わせて解釈します。

基本的な事を忘れ、「何をしてもいいんだ」という部分だけをインプットしてしまうのです。

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『歪み』
今日の言葉

人類史上の進歩のほとんどは

不可能を受け入れなかった人々によって達成された

ビル・ゲイツ


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人は自分の目や耳で確認できた事しか信じない事が多いのですが、それにもまた都合があり、自分で体験したにも関わらず、それを疑う事があるのです。

例えば、息苦しさを訴えて訪れ、それが解消したとしても、家に帰れば「あれは偶然なのかもしれない」と疑いの気持ちが湧くのです。

それがまた自分を苦しめるとしても、人は疑う事から自分を解放できないのです。

苦しみは、自分の感情から生まれるのです。

人間が創り出す苦しみは、人間が変わらなければ解消できないのです。

神や仏がその苦しみから救ってくれる事はないのです。

一時的に良くなったとしても、その苦しみを作る自分がそのまま変わらなければ根本的な解決にはならないのです。

心も体も、良くするのも悪くするのも人間次第というわけです。

いつも正しい姿勢を保てなければ体に歪みが生じるように、心も本来の姿を保てなければ歪みが生じるのです。

姿勢を正す意識がなければ、外からどんなに手を加えてもいずれはまた歪みます。
心も同じです。

ただ心は目に見えません。

何がどう影響するのかを知りません。

自分が苦しいと思うのならば、それはどこかに歪みが生じているのです。

人生も心も体も、うまくいかない時は自分を顧みるしかありません。

どこかに歪みがあるのです。

自分で判らなければ聞いてみるしかありません。

誰かに「どうかしましたか」と言われるのを待っていても駄目なのです。

自分から「助けてください」というアクションを起こさなければならないのです。

必ずその手を握ってくれる人がいるのです。

だからこそ、人を助けるのは神仏ではなく人なのです。

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『感情』
今日の言葉

人間は誰でも自分がいちばん大切なのです

そして、そのことをほんとうに自覚した人間だけが

自然なかたちで他人を大切に思うことができる

五木寛之


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人間の基本は「素直・謙虚・感謝」です。

しかし、人間には感情があります。

時に、人間は感情に支配されます。

その結果がどうなるのか、それは支配された感情がどういうものかによります。

たとえばあなたが他人を不快にさせるような感情表現をしたとすると、その一瞬で結果(つまりは未来)は変わります。

手に入る事が99%確実だったものが、自分の感情表現一つで手に入らなくなる事があるのです。

99%確実でも、残りの1%は人の思いもよらないものが影響するのです。

気を抜くとか、詰めが甘いなどの言葉がありますが、それが残りの1%に近いものがあります。

スポーツなどで、代表に選ばれるかどうか、という場面で、「この人が落ちるとは…」という事がよくあります。

その原因は、様々あるでしょうが、時に「素直・謙虚・感謝」を欠いた事が原因となる事もあるのです。

「私が選ばれないわけがない」という気持ちが一瞬でも浮かべば、それは「謙虚」を欠いた事になります。

実際、落選した選手の方のインタビューなどを観ていて、そういう気持ちを持っていたということも聞きます。

人は、そこに戦う相手がいる場合、ついつい敵は相手という人間だけと思いますが、実際には、戦うべき相手は自分自身なのです。

「勝ちたい」という気持ちは当然大切ですが、「勝つに決まっている」と勝手に結果を決め、高をくくった時、すでに負けが決まっているのです。

これは日常生活でも同じです。

未来という結果を決めているのは、今の自分のあり様なのです。

感情に支配された瞬間、物事は思いもよらない方向へ流れ始めるのです。

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『意気込み』
今日の言葉

衝動ではなく、決断に基づいて行動しなさい

マーク・フォスター


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未来は判りません。

もし判るとしても、それは今の状況から予測できるものであり、自分が一つでも違う自分を見出せば未来はまた変わっていきます。

判らないから、未来に掛けられない自分があるのです。

未来が誰にでも判るものなら、良ければ誰でも掛けますし、悪ければ止めるでしょう。

そうではないから、人生は面白いのです。

もちろん、判っていれば…という事も多々ありますが、往々にして判っていても従えないものですからね。

人間に未来を決める決定権はありませんが、どのような未来を招くのかは自分の言動、思い等によって決まっていきます。

何かしらのルールがあるのです。(この世のルールとでも呼びましょうか)

そのルールに己の言動や思い等が照らし合わされて、結果という未来が決まっていくのです。

未来に掛ける思いは誰にでもあるのです。

確証がないから行動に移せないのですが、確証がないのは明日の命と同じではないでしょうか。

明日の命は確証がなくても、「ある」と認識して生きています。

成功する確証はなくても、己の想いを未来に掛けてみるのです。

やりたい事を後回しにせず、どんどん挑戦してみるのです。

失敗したっていいじゃないですか。

何もせずに、己の思いを押し殺して、死の間際に「やればよかった」と思っても遅いのです。

人は、いつもそうやって心残りをこの世に残していくのです。

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『人生に味気を』
今日の言葉

人生は広くもなれば、狭くもなる

それは、人生から何を得るかではなく

人生に何をそそぎ込むかにかかっている

ルーシー・モード・モンゴメリ


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味気ないとは「おもしろみや魅力がなくつまらない」という意味があります。

おもしろみとは何でしょうか。

魅力とは何でしょうか。

「味気ない人生」という表現がありますが、おもしろみのない人生、魅力のない人生という事になりますが、一体何が足りないのだと思いますか。

また、あなたの今の人生に「味気」は溢れているでしょうか。

ここでポイントになるのが、人は物やお金を得るだけでは満足できないという事です。

確かに、物やお金があればゆとりもできますし、悪いことはないのですが、それだけでは「味気ない」と感じる人が多いのです。

たとえば、給料が良いからと工場勤務で一日部品とにらめっこ、という生活を送っていると、「つまらない」と思い始める人がいます。

お金はたくさんもらえるのですが、自分がしている事で人の笑顔や喜ぶ姿が見えないと満足できない人がいるのです。

つまりは、お金や物では埋める事のできない心のエリアがあるのです。

それを埋める事ができれば、味気ある人生を送れるのかもしれません。

多くの人が「人の喜ぶ姿」というものに心を動かされます。

「そんな事ないよ」と思っていても、人はどこかで誰かの笑顔を求めているのかもしれません。

ただ、そういう人間(自分)の本質に気付いていないだけで、よくよく考えてみると、あなたも誰かの笑顔が見たい、喜ぶ姿が見たいという気持ちを持っているのです。

それが「味気ある人生」へのヒントになります。

ただし、そのためにはどこかで自分を犠牲にする事もあるでしょうし、もしかしたら貧乏をするかもしれません。

報われない事もあるでしょうし、悲しい事もあるかもしれません。

この辺りが、現実と理想のギャップのようなものがあるのですが、そこは人それぞれに経験しながらバランスを取っていくしかありません。

そこで気をつけるのがいつもの五心(五訓)である「驕らず・怒らず・怠らず・優しく・美しく」です。

「してやったのに」これは驕りです。

特に注意してくださいね。

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『心身』
今日の言葉

成功する秘訣は、成功するまでやめないこと

若松義人

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心と身体は密接に繋がっています。

心が間違えば身体が痛み、身体が病めば心まで病んでしまいます。

テレビでスポーツ観戦をしていて、自分の好きなチームや選手が負けていたらイライラします。

イライラして、イライラして、気づけば胃が痛い、なんて事はないですか。

自分のイライラした気持ちが胃を痛める、似たような経験は皆さんあるのではないでしょうか。

また大病ではなくても、風邪をひいて具合が悪い時など、普段は気にしないような些細な事でも腹を立てたり、気分を害したりはしませんか。

心と身体が密接に繋がっているという事を知っていても、それをうまく自分のものにできていないのです。

スポーツ観戦で一生懸命応援するのはいいのですが、イライラしては面白くありませんよね。

あなたの側で、誰かが「ばかやろー」なんて叫びながらイライラして応援している人を見てどう思いますか。

具合が悪い時、気分も落ち込んでしまうのは当然です。

ただ、考えて欲しいのは、気分が落ち込んで、「私は病人です」という顔をしている人がすぐに元気になると思いますか。

身体は病んでも、心まで病ませる必要はないのではないですか。

いつも微笑みを忘れないように、と出会う人には言います。

それが微笑を絶やさない事で強さを身につけるため、そしてそういう努力(=続けるという事)をしているうちに、いい意味の余裕を持ち、冷静さというものが身についてくるのです。

きつい時、イライラする時、腹が立つ時、誰だって生きていれば何度でも経験します。

ただ、その気持ちをそのまま表現するのが当然だとしたら、その結果、心や体が病むのも当然なのです。

いつもそれを目の当たりにしているのです。

周りを見れば、みんなそうではありませんか。

その中に自分が入り込んでいるから気づかないだけで、一歩引いて見てみると、必ず見えてきます。

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『自覚と都合の良さ』
今日の言葉

夢を見るから、人生は輝く

モーツァルト


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これをしていれば絶対に大丈夫、というものは人生においては一切ありません。

いつも話している「魂」についても、魂と共に生きているから大丈夫、というわけではありません。

魂について知っている、認めているから、生活に困らないとか長生きできる、なんて事はないのです。

毎年健康診断を受けているから大丈夫というわけではないのと同じです。

生きていくのに魂との関わり合いを持つことは確かに重要な事です。

それを知っているのと知らないのとでは、確かに差があります。

しかし、それで現実にご利益があるという捉え方は少し違うのです。


いつも言いますが、未来を決めているのは魂であったとしても、そういう結果を導いているのでは人間なのです。

私たちの行動、言葉、思いというものが、この世のルールに照らし合わされて結果へと繋がるのです。

故に、魂を知っているから大丈夫、と油断すれば、ワガママで怠け者の自分が出てきます。

ワガママで怠け者になれば、それなりの結果が出てきます。

たとえ、魂を知っているとしても、何の関係もないのです。

むしろ、知っているのに、その想いを無視して、人間の自分が好き勝手にしているのなら、結果は散々なものとなる可能性も高くなります。

人生は、自分の言動、思い、そういうもの一つ一つに左右されているのです。

そういう自覚を持ち、己の成すべき事を知り、それに向かって必死になれば、それだけ良いのです。

裕福な生活がしたい、健康で長生きしたい、そう思うところがあるのなら、そうなるための勉強や行動が人並み以上に必要になるのです。

魂を知るだけで全てが恵まれる、そんな都合の良い話はどこにもありません。

もちろん、魂だけではなく、日常の中でも都合の良い自分というものを出せば、万事がうまくいかなくなるものです。

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『宝』
今日の言葉

いつも逆境を乗り切ろうとする努力が

私をより高い次元へ導いてくれる

フランシス・フォード・コッポラ


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人は心に一つの輝きを持っています。

これはあなたを勇気づけるための嘘でもなければ、理想でもなく、確かに一つの輝きがあるのです。

「ある」と言っても、それを見せる事はできません。

それ故に、「本当にあるの?」と疑いたくなるのです。

人間は目に見えないものに対しての憧れや興味がある一方で、目に見えるものしか信じない性格を持っています。

「本当にあるの?」と自分自身が疑っていては、輝きは表に現れることはありません。

それどころか、放たれないままの輝きはいずれ失われていくでしょう。

人間は、他人の持つ輝きには敏感ですが、自分の事となると鈍感なのです。

魅力的な輝きを持っているのに、いつまでもそれに気づかずにいるのです。

確かに目には見えませんが、その目には見えないものを「ある」と信じていくことでしか、形にはできない(目に見えるものにできない)のです。

「ない」とするのは簡単ですが、「ある」と信じ貫いて、それを形にするには時間も掛りますし、何より、信じ抜くという事自体が難しい(難しくしているのは人間ですが)のです。

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『すべき事』
今日の言葉

成功は自然発火で起きるものではない

自分自身に発火してはじめて起きるものだ

(アーノルド・グラソー)


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夢や願い、それは自分が実現するしかなく、それらを叶えてくれる神仏は存在しません。

むしろ、そういう事を願う事自体、違うのだと知らなければなりません。

もし夢や願いを神仏が叶えてくれたとするのならば、それに伴う代償があるのです。

私たちは、夢や願いを叶えるための条件を備えています。

この地球に生まれ、そして生きている、それが全てです。

できないとするのなら、それは自分の努力不足でしかないのです。

できるはずがない、自分には無理だ、そう思うのなら初めから望まなければ良いのですが、それでも望みだけは一人前なのです。

できない、無理だと思う気持が、結果にも大きく影響するのです。

要は、自分の力を出し切れていないのです。

神仏に願うのは自由ですが、それだけで叶うものはありません。

現実でそれらを形にするのは、自分だけなのです。

必死に実現しようとしている自分があるのならば、影からの手助けがあるかもしれませんが、自分が動かずに、神仏に手を合わせて願うだけでは何一つ形にはなりません。

神仏に力がないと言うのではなく、人間に都合よく言う事を聞いてくれる神仏はいないと言うのです。

手を合わせることは決して間違いではありませんし、悪いことではありません。

しかし、手を合わせるから願いを聞いて欲しい、というのは都合のいい話ではないでしょうか。

それで願いが叶わなかったとして、「○○の神様はご利益がない」と言わない自分があるでしょうか。

叶わなかったのは、自分の努力不足だと思えるでしょうか。

責任は常に自分にあるのです。

だからこそ、自分が納得できる行動を、納得できるまでやるしかないのです。

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『未来(まえ)を見据えて』
今日の言葉

人生から問題を取り除くことなんてできない

でもね、軽くすることはできるんだ

伊藤守


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下を向いて歩いてみると、自分では真っ直ぐ歩いているつもりで、ジグザグと蛇行したり、斜めに歩いたりしますよね。

顔を上げて、前を見たり、周りを確認しながら歩くと、真っ直ぐ歩けるのに、下を向いただけで真っ直ぐ歩けないのですから、いかに自分の視野が歩みに影響するのかがよく判ります。

人生も同じように、下を向いて歩いていると、自分では真っ直ぐなつもりでも、その軌跡をみると、ジグザグだったり、あらぬ方に向かっている場合があります。

歩みとは違って、人生の場合は、下を向いている事にさえ、気付かない場合が多いのです。

下を向くという意味さえも判らないかもしれませんね。

マイナス思考、いつも悪い事を考える、これも下を向くという事ですが、現実しか見ない生き方も、実は下を向いているのです。

理想とか夢、希望、なりたい自分、やりたい事、そういうものを実現するために今を生きるのならいいのですが、とりあえず今日をやり過ごせばいい、夢も希望もない、ましてや自分がどこに向かうのかさえも考えていないというような、ただ流されて今を生きるとなると、それは立派に下を向いているのです。

理想とか夢、希望、なりたい自分、やりたい事なんて見つからない、と嘆く事はありません。

諦める事はありません。

探そうと、見つけようと、前を向いていれば、「これだ」というものに出会えるかもしれないのですから。

混沌とした時代に、理想とか夢とか持つだけ無駄だと思いがちですが、ではなぜ人は子供の頃にあんなにも将来に希望を持つのでしょうか。

必要ないものなら、初めから抱かないのではないでしょうか。

大人になるにつれて、世間のしがらみ、自分の置かれた環境等を知り、夢や希望が必ずしも叶うものではないという思いを抱きます。

もちろん、全ての夢や希望が叶うとは言いませんが、何かがカチッとはまれば、自分でも驚くほどに叶うものがあるのです。

その「何か」が自分の心のあり方であったり、行動であったり、また人それぞれに「こうあって欲しい」という魂の望みであったりするのです。

純粋に、あなたは何になりたいのか、どうしたいのか、自分に問う事です。

カッコイイとか楽ができる、そういうものではなく、もっと純粋な自分を見つけるのです。

誰にでも純粋に求めるものがあるのですが、それを成そうとする過程で、損をするとか、地味だとか、人間の不純な気持ちが邪魔をしようとするのです。

求めるのも自分。

湧き上がる理想や夢などの思いを発するのも自分。

そして邪魔をするのも自分なのです。

あなたの心の中に眠る理想を、長い長い眠りから揺り起こし、この空間で思う存分走り回らせるために、あなたはここにいるのです。

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『二の舞』
今日の言葉

自覚さえすればどんな生活にだって深い意味が出来る

永井荷風


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自分に宿っている魂が過去に宿っていた人間の記憶はないとしても、前世と同じような人生を歩んでいく事は多々あります。

人間が魂を成長させないのですから、同じような失敗を繰り返していくのです。

それが運命だとしても、それをどこかで方向転換させる出会いがあります。

魂は真実や真理を知っている者の元へ人間を運ぶ事があります。

それが運命の出会い。

ただし、良い方へ転ぶか、悪い方へ転ぶか、それは判りません。

真実や真理を知る者の元へ人間を運んだ魂は、それで役目を終えます。

そこに新たに役目を与えられなければ、運ばれた人間は見捨てられたと同じなのです。

何を言っているのか判らないかもしれませんが、真実や真理に触れたのならば、そこからが始まりなのです。

過去から一直線だった未来(前世の二の舞)を変えるためには、真のプライドを持つことです。

真のプライドとは、己の魂をどれだけ信じられるかです。

真実や真理を知った、その時の自分をどれだけ信じて、従えるのか。

私を信じろとか、人を信じろというのではなく、誰かがあなたに真実や真理を語った時、「凄い」とか「信じられる」と思った自分を信じるしかないのです。

人間、おいそれと従えない何かを必ず持っています。

そうは言っても…と捨てられない何か(つまりそれが我(が)なのですが)を守るために、信じた自分を裏切っていくのです。

これは言っても判るものではないかもしれませんが、あなたが真実や真理に触れた時には思い出してください。

潔く従う、たとえ騙されたとしても、信じた自分を自分が裏切らなければ、それでいいのです。

ただし、信じたというのは、頭ではなく心で感じるものですからご注意を。

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『自分の感情が自分を傷つけている』
今日の言葉

人が恐れている事態は

実際は想像するほど悪くないのだ

自分の心の中につくりあげている恐怖のほうが

現実よりずっとひどいんだ

スペンサー・ジョンソン


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人はたった一人で生きているわけではありません。

この世には様々な人が存在しています。

それ故に、全てが自分の思い通りにはなるとは限りません。

自分に思いがあるように、人にも思いがあります。

互いの思いが一致する時は良いでしょうが、一致する事の方が少ないものです。

その時、自分の思いが優先されないという思いがあれば、それはストレスとなります。

つまりは、自分の感情がストレスとなるのです。

腹が立つ事、それは人間社会に生きるのならば当たり前です。

自覚はなくても、人は皆わがままなのですから。

腹が立つ自分のその感情をどう処理していくのか、それがポイントになります。

人のわがままを見て、自分のわがままに気づく事です。

腹が立つ、それは自分が一番だ、正しいのだという自分のわがままなのです。

相手の気持ち、思いというものを認めていない自分があるのです。

自分に理解できない思いや行動を起こす人もいますが、逆に言えば、相手はあなたを理解できないと思っているかもしれませんよね。

人として付き合えないと思う人もいるでしょうが、それでも腹を立てて自分にストレスを与えてどうするのですか。

自分で自分を傷つけ、追い込み、生き難くしている事を知ると、腹も立たなくなりませんか。

自分が100%ではないのですから、相手に100%を求める事もありません。

自分の思いを通そうとするのなら、相手の思いを通さなければ、うまくいくはずがないのです。

まずは腹が立つことがあれば、それは自分の思いを通そうとしている事に気づいてください。

そしてそういう自分が自分自身を傷つけていると知ってください。

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『心を知る』
今日の言葉

夢を持つことを恐れてはいけません

この世でもっとも驚嘆することの一つは

夢が現実になることです

カーリー・クーリー


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人の心は、脆い部分があり、一度亀裂が入ると、対処が的確でなければ、あっという間に亀裂が広がっていきます。

心は目には見えません。

亀裂があるかどうか、他人を誤魔化す事はできますし、本人でさえも気づかない事もあります。

病気であれば病院で治す事が一番です。

しかし、時に症状は病気のようであっても、原因は違うところにある場合があるのです。

その場合は、薬は効きません(症状の緩和はあっても完治ではない)。

どこが違うのかは会ってみなければ判りませんが、最初は病ではない事が多いのです。

対処しないまま、時が過ぎる事で、病へと変わってしまうのです。

これは心だけではなく、肉体的にも同じような事があります。

誤った生活習慣や肉体の酷使、職業的なもので病を引き起こす場合を除いて、病気の兆候の段階で心と同じように対処する事で防ぐ事はできるのです。

心も肉体も、いえ心が肉体に影響するのですから、基本は心ですが、そのあり方を学ぶ必要があるのです。

知る事で対処法は人それぞれに合ったものを考える事ができるのです。

痒いところが判れば、そこを掻けばいいのですが、痒いところが判らないから手当たり次第に掻いて炎症を起こす、そういうものなのです。

心は自分のものでありながら、自分のものだけではありません。

そこには、もう一人の自分も存在するのです。

もう一人の自分と言っても、もう一人の人格ではありません。

人ではなく、魂という、自分を必要としている影のようなものです。

影のない人がいないように、魂のない人もいません。
(ただし、最初はあっても、途中からなくなる事はあります。)

人間の自分だけを満足させようとする、その満足は欲望でしかないために、いつまでも満足する事はないのです。

対処法はいろいろとありますが、根本は一つです。

自分の心の中にあるもう一人の自分(魂)を自分が認識する事です。

裏を返せば、認識して欲しいもう一人の自分(魂)が何かの「きっかけ」により、動き始めているのです。

心を襲う荒波の元は、「知らない」という事なのです。

故にそれを「知った」に変えるだけで、心は穏やかになるのです。

実はそれからが自分としての新たなる始まりなのですが、そこから先は無理強いできません。

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『人が本来求めるもの』
今日の言葉

心配しても意味がないことは心配してもしょうがないよ

ギル・アメリオ



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人は不安を抱くように脳にインプットされたものがあります。

なぜか…

それは人に気付かせるためにです。

何をか…

それは人が一人で自分を形成しているのではないという事です。

つまりは、もう一人の自分(=魂)と人間の自分を合わせて一人の人間だという事です。

全ての根底にこれがあるのです。

それを気付かせるために、様々な現象があるのです。

なぜ気付かなければならないのでしょうか。

それこそが、人間がこの世に存在する意味なのです。

人間が何のためにこの世に存在するのか…

それは「魂のために動き、その思いを表現し、磨く事」にあるのです。

といっても、難しいとか、そんなものが本当にあるんだろうか、信じられないと思うでしょう。

ただ、これは私の話ではなく、あなた自身の話です。

全く関係のない世界で生きる人もいるでしょう。

しかし、あなたの中に不安があるのなら、その不安が動き始める前に、真剣に考えて欲しいのです。

どうすればいいのか判らなければ、思い込むだけでいいのです。

自分の中に魂が存在すると思い込むことから始めていいのです。

それに対してきっと何かしらの答えが出てきます。


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『心の疲労』
今日の言葉

現在持っているものに満足しない者は

持ちたいと思っているものを手に入れたとしても

同様に満足しないであろう

エーリヒ・アウエルバッハ


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人間は様々な事に捕らわれて生きています。

肉体的な疲労は寝て回復する事がありますが、心はそうではありません。

心を疲労させているのは、様々な事に捕らわれている自分なのです。

ですから、心を回復させるためには、空っぽにするしかありません。

無にするなんて言っても早々出来るものではありません。

それでも人は無意識に心を空っぽにしている瞬間があるのです。

たとえば、この間満月が出ていましたが、その満月をみて「キレイだな」と思っている瞬間、人間の心は何事にも捕らわれず、悩みも忘れ、空っぽになっているのです。

そういう瞬間を意識的に作り出せるかどうか、それは練習すれば出来ることなのです。

ただ、それをしようとしていないだけの事です。

そしてまた、心を疲労させない努力というものも忘れているのです。

捕らわれない、だたそれだけです。

腹を立てたい時も、腹を立てることで心が疲れると本当に思えるのならば、立てられなくなるはずなのです。

言葉として知っているだけで、本当にそう思えていないのです。

心の疲労はいずれは肉体をも蝕んでいきます。

捕らわれる生活をしている人が病気になれば、次はその病気に捕らわれていく、という悪循環が始まるのです。

そうなる前に、食生活や生活習慣に気をつけるのと同じように、予防として「捕らわれない自分」を心掛けていくしかないのです。


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『心に抱く理想』
今日の言葉

不幸せの原因は

他の誰かの身勝手ではなく

自分自身の身勝手である

ジェームズ・アレン


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人それぞれに、思い、思惑、理念、理想などがあり、良いとか悪いとか、正しいとか間違っているなどの基準が一概に同じとは言えません。

どれが正しくて、どれが間違っているのか、それは時代と共に移り変わっていきます。

故に、絶対にこれが正しい、と思うところがあっても、それが世の中全てに当てはまるとは限らないのです。

一方では正しく、一方では間違いであるかもしれません。

自分が正しいと思う事、それを自分が行う事は良いのですが、人に当てはめようとすると途端にいさかいになります。

なぜなら、自分が正しい事=相手も正しい事、ではないからです。

お互いに正しい事の基準や思いが違うのですから、自分と違う=間違いという意識があれば、相手も気分は良くないわけです。

しかし、自分の良心に従って、正しいと思える事があるのなら、行動する事は大切です。

以前こういう方がいらっしゃいました。

その方は、朝の挨拶、元気良く「おはようございます」と言うのは良い事だと思っていました。

もちろん、私もそう思いますが、全ての人がそう思い、実践するかと言えば、そうではありませんよね。

その方は、挨拶するのは良い事だと、会社の部下に口を酸っぱくして言っていたそうです。

しかし、部下の反応はイマイチだったとか。

それで、自分だけでも、元気良く挨拶をしようと思い、毎日実践したそうです。

「おはようございます」という元気な挨拶に対し、ボソボソと返ってくる「おはようございます」という部下の挨拶。

そんな毎日を繰り返し続け、やっと部下からも元気で明るい「おはようございます」が返ってきたですが、それは彼が挨拶を始めてから10年近くの歳月が流れた頃だったそうです。

挨拶ひとつに10年も掛かったのか、と思うかもしれませんが、10年掛かろうと変われたのですから凄い事です。

人はそうそう変われるものではありません。

成長する中で身についたものは、身につけてきた時間と同じだけの時間を掛けなくては変わらないとも言います。

さて、彼は自分が「人はこうあるべきた」という思いを素直に、相手がどう反応しようと関係なく、行動し続けてきました。

これが実は非常に大切な事なのです。

人はついつい相手の反応を求めてしまいます。

元気に挨拶したのに挨拶を返さない人に、もうあの人には挨拶しないでおこう、なんて思っちゃうものなのです。

しかしそれは違います。

相手が挨拶を返そうと、返すまいと、自分が「挨拶が元気に明るく言うのが良い」と思うのならば、そうしていく事が自分のためなのです。

挨拶だけではなく、自分の中に「人はこうあるべきだよね」という思いがあれば、それは他人に押し付けるものではなく、自分が実践すべき事なのです。


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『実体がない故に』
今日の言葉

人生における最大の失敗は

失敗を恐れ続けることである

エルバート・ハバード


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魂は目に見えません。

実体がないものを信じる事、それをいとも簡単にできる人がいれば、姿を見せてくれたら信じてやろうという人もいます。

私たちは生まれた時から魂を宿している事に対して、どう捉えるのか(信じる、信じない、判らない)によって、様々な違いが発生します。

信じるから良い事ばかりがある、そんな事はありません。

信じないから悪い事ばかりある、それも一概には言えません。

「ある」ものは「ある」のですが、見えない故に「ない」と認識するのは簡単です。

その方が、あれこれと考えずに済みますからね。

でも、人は「魂の存在を知らねばならない」という事をどこかで知っているのです。

心の奥底に封印されているだけなのです。

ですから、誰かに見守られているような気がする、ふと思った事が実際に起こる、何のために生きているのかを考える等、人生とか見えない存在、不思議な出来事等、考えたり、遭遇したりしながら、魂に近づこうとする時があるのです。

魂が目に見えるのなら、誰でも信じるでしょう。

声を聞かせてくれるのなら、誰でも信じるでしょう。

しかし、そうではない所に意味があるのです。

魂の存在、それを感じた自分をどれだけ強く、大きくできるのか、それを見られているのです。

自分の中にある魂、それを信じるのは私ではなく、他人ではなく、自分なのです。

そうでなければ意味がないのです。

あなたでなければならないのです。

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『向かう先』
今日の言葉

なにを考えるにせよ

あなたは実際に考えているものになりうるんです

オグ・マンディーノ


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魂は誰にでもあるものなのに、なぜ見えない、触れられない - その実体を容易に実感できないのでしょうか。

そこがポイントなのです。

見え、触れられ、「これが魂なんだ」と容易に実感できない所に意味があるのです。

人は目に見えるものであれば、大抵は信じる事ができます。

信じられないのは目に見えないから - と言っても、自分の心は目に見えませんし、明日があるさという「明日」も目には見えません。

見えないという条件は同じでも、心も明日も「ある」という認識があります。

認識があるから「ある」として対応しているのです。

魂も同じなのです。

「ある」と認識するから「ある」というものを感じられるのであって、「ない」とするのなら「ない」のです。

「ない」と言っても、全く人間に関係がなくなるのではなく、魂は人間の存在を知っていますので、一方的に関わりは存在します。

魂をあると認識し、それをどれだけ深く掘り下げていく事ができるのか、それにより自分と魂の繋がりが強くなっていきます。

他人にとっては無駄な事、無意味な事であったとしても、他人の理解できない自分と魂の繋がりがあるのです。

魂の存在、それは一日で理解できるものではありませんし、理解できる日が来るのかも判りません。

しかし、「ある」と認識した時から、新たな旅の始まりです。

自分の人生、人間の自分ひとりの旅ではなく、魂という同伴者との旅だったのです。

魂はどこに向かおうとしているのでしょうか。

あなたはどこに向かおうとしているのでしょう。

共に旅するのであれば、向かう先は同じでなくてはなりません。

魂を認知した人だけが、「同じ方向に向かう」ための調整ができるのです。

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『真剣さ』
今日の言葉

敵と戦う時間は短い

自分との戦いこそが明暗を分ける

王貞治


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真剣さとか本気というものは、それを計るものがありません。

定規で「今の真剣さは10センチ分です」と計る事ができないから、自分がどの程度真剣なのか、本気なのかが自分では判りません。

今の日本で、真剣さとか本気と言っても、比較的安定した社会ですから、どこか泥臭い、かっこ悪いものに思われるかもしれませんね。

しかし、時にその真剣さ、本気というものでなければどうしようもならない事があるのです。

会社で、仕事で、家庭内で、学校で、クラブ活動で、様々な場面で真剣に、本気にならなければならない事があります。

グッと一気に真剣モード、本気モードに入れる人、その感覚は宝物ですね。

しかし、そうそう一気に真剣になれるものではありません。

(意識しなくても)いろいろと考え過ぎたり、手を抜いたり、どこか隙があるものです。

真剣さとか本気というものは、日々自分が意識し、結果と照らし合わせながら、「今日の真剣さはまだまだだった」とか「今日の真剣さはいい線だった」と自分の中で定規を作るしかないのです。

不思議なもので、自分の真剣さや本気の程度を自分は判りませんが、人は敏感に察知している場合があります。

相手がいる場合には、その相手に自分の真剣さや本気の程度が伝わるのです。

「おっ、この人は本気だ」と感じた事がある方は意味が判るかと思います。

日常の中での真剣さや本気も大切ですが、特に生命に関わるような状況に陥った場合には、この真剣さや本気というものがより大きな鍵となります。

病気になり、これからどうなるのか、死んでしまうのか、と不安になりますよね。

自分ができる事は何でもするから助かりたい、という気持ちが湧き上がったとして、本当に「何でもできる」自分になれますか。

本当に自分の生命と真剣に、本気で向き合う自分になれますか。

これが意外になれないものなのですよ。

「死ぬかもしれない」という思いはあっても、「それは今日ではない」という気持ちがどこかにあるのです。

それでは助かるものも助からなくなります。

病気になった時、不都合が生じた時、その時に「真剣さ」とか「本気とは」と言ってももう遅いのです。

そんな事を聞く余裕がないのです。

また聞く耳があったとして、進行するような病気であれば、真剣さや本気というものを身につけるのが早いのか、生命が尽きるのが早いのか、時間という枠ができてしまいます。

だからこそ、何も生じていない時から、真剣さや本気というものを身につけて欲しいのです。

それが、必ず自分のためになるのですから。

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『枠を広げて』
今日の言葉

いったん志を抱けば

この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり

いやしくも弱気を発してはいけない

たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ

坂本龍馬


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人間は我(が)を出さなければ上手く行くようにプログラムされています。

ところが、人間はそれでは満足しないのです。

物事は己の心の問題なのです。

多くの人が幸せになりたいと願い、そう上手く行かないのが現実。

上手く行かないのは己の心の問題なのです。

心で未来は決まる - つまりはプラス思考とかマイナス思考とかいうもの。

多くの人がプラス思考になりたいマイナス思考の人間。

この世に『自分』という人間が生まれる奇跡をどこまで喜び、生きていけるのでしょうか。

生きているうちに、生まれて生きるという事をどう捉えられるのでしょうか。

地を這う蟻には人間の全体像は見えません。

蟻に対して人間が大きすぎる、または人間に対して蟻が小さすぎるゆえに、蟻からは人間の姿は一部しか見えないのです。

それ故に、その見えている一部が人間なのかさえ、判らないでしょう。

人間も己の持つ枠が小さいゆえに、この空間の全体像が見えないのです。

神という、この世界を造った存在に気づかないのは、人間が蟻だから。

一部しか見えないゆえに大きな存在に気づけず、また見えている一部が何なのかもわからないのです。

人間は自分の枠をどれだけ広げられるでしょうか。

どれだけ大きく捉える事ができるでしょうか。

心のあり方が様々な問題を解決する鍵になるのです。

それ故に…

素直であれ
正々堂々と往け
勝ち負けに拘るな
弱い自分(心)を叱咤激励しろ


と言うのです。

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『無条件に』
今日の言葉

迷う、ということは一種の欲望からきているように思う

ああもなりたい、こうもなりたい、こういうふうに出世したい

という欲望から迷いがでてくる

それを捨て去れば問題はなくなる

松下幸之助


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魂の話(真理)をしていると、多くの方は魂という存在を五感で捉えようとしているように感じます。

しかし、五感での存在確認を求めるという事は、実は魂という存在を疑っているという事なのです。

もちろん、疑っていると意識しているわけではないのかもしれませんが、魂との付き合い方を知らない故に、そういう捉え方をしてしまうのです。

五感での確認が一番判りやすいのですが、「姿を見せれば」とか「願いを叶えてくれたら」と条件をつけていくと、「そこまでして信じてもらわなくてもいい」となってしまいます。

人間は魂に好かれるための努力をするだけなのです。

魂の存在を信じるということには条件など必要なく、無条件で信じられるかどうかなのです。

人間は智恵がありますから、勝手に先を考えて、「魂を信じるといったら騙されて何か買わされるのではないか」とか「洗脳されるのではないか」と躊躇するのです。

中にはそういう人もいるでしょう。

それ故に、「何を信じるのか」というのは重要な事です。

あなたの中にあるあなただけの魂。

その魂は、あなたにその存在を認めてもらうことでしか、喜びはないのです。

私や他人が、あなたの中の魂を信じても、「気付いてくれた喜び」はあるかもしれませんが、それ以上はないのです。

むしろ、他人が気付いてくれたのに、なぜあなたは気付かないのか、という失望の方が大きいのかもしれませんね。

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