美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『結果』
今日の言葉

私たちは自分たちの行動や態度を

確認してくれそうな情報をのみ受け入れようと試みる

ラース・トゥヴェーデ


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人は今やっている事の答えをすぐに求めます。

ダイエットなどがそうではないでしょうか。

これがいいと聞いてやってみても、すぐに結果が出なければ止めてしまいます。

答えがすぐに出るとは限らないのですが、すぐに出ないと続かないのです。

これがダメなら次、と先を急いでも、結局は続けられないから痩せられないのかもしれません。

種を蒔き、芽が出て、それが実をつけるまでには、ある程度の時間が必要なのです。

すぐに答えが出るものもあれば、ずっとずっと先にしか答えが出ないものもあります。

今、自分がしている事が無駄だと思ってはいけません。

今、自分がしている事が、未来と全く無関係だと思ってはいけません。

必ずどこかに繋がり、それなりの答えが出てくるのです。

もちろん、良い意味でも、悪い意味でも。

だからと言って、臆病になってはいけません。

結果を恐れて動けなくなっては、人生、つまらないものになってしまいます。

以前書いた「基本」を身につけていけば、大きく道を外れる事はないのです。

あなたは今日も種を蒔いています。

どんな花や実をつけるのでしょうね。

近い未来か、遠い未来、どちらにしてもあなたにとって良いものであるといいですね。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

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『生きる道』
今日の言葉

人生の中には、偶然という要素はまったく存在しない

人は、どんなときにも、自分が学び成長を遂げるために最適の場所にいる

ジェームズ・アレン


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人間、その日その日の心の色を表現しながら生きています。

それ故に、その日その日で一定しない結果が現れるのです。

一定しない心の色、その奥には真の心が誰にでもあるのです。

しかしそれを覆い隠しているのです。

子供から大人になっていく過程で、この世の矛盾に対応できなかったり、また己の至らなさを隠そうとしたり(意識はなくても)、様々な理由から自分の殻というものを作ってしまうのです。

生きる術として、と言えばそうかもしれませんが、結果として、自分を誤魔化してきたのです。

誰の心の中にも、一つの光があったのです。

それを思い出し、再度光を灯す事ができるのか、それが自分との戦いなのです。

子供が大人から見れば笑うほどの夢を持つのは、それが実現可能であることを知っているからです。

しかし成長する中で、実現可能だと思っていたものに対して、可能にするまでの努力や諦めない気持ち等を維持できない己に甘えてしまうのです。

そして信じて疑わなかった夢でさえも、笑い飛ばす事で己の納得させようとするのです。

それが悪いとは言いません。

しかしそれで納得できるのかと問うのです。

人生は己の納得、満足感。

他人から見ればつまらない人生であったとしても、己の納得、満足があれば、それで良しなのです。

むしろ、他人の人生をあれこれと言うだけの人間よりも、より人間らしく生きたのかもしれません。

評価は他人がするものですが、その評価だけで人生を語る事はできません。

心に一つの光を灯し、己の行くべき道を歩んでいく事。

死に際に、「納得できたぞ」と旅立てるかどうか。

己の人生の結果はその時にしか判らないのかもしれませんね。

その時には何もできませんので、そこにたどり着くまでに思いを残す事無く、必死に生きていくしかないのです。


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『素直』
※明日まで京都に出張中です。
お急ぎの方は携帯にご連絡下さい。


今日の言葉

何を生命と呼ぶか

あらゆる意味から君を激動させるもの

君を突き貫くものの事です

オーギュスト・ロダン


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今の自分の状況は、すべて自分が作り上げてきたもの。

その現状に満足できないのであれば、それは自分がどこかで間違ってきたゆえ。

自分の判断基準というものがどこか間違っていたから、満足できない結果になっていることに気付かなければなりません。

どんなに些細な分岐点であれ、己が右か左かの判断をしているのは理解できるでしょう。

何かに執着したり、冷静でなかったり、常に正しい判断ができる状態であるとは限らないものです。

しかし、冷静になれるように心掛けたり、冷静な判断ができる人に委ねたり、他人からのアドバイスに耳を貸す事により、より良い結果を得る可能性は高くなります。

冷静になれるよう、その訓練として、日々様々な出来事が生じていますが、それに対応できているでしょうか。

また、冷静でない時に冷静な判断ができる人に委ねるだけの思い切りがあるでしょうか。

他人のアドバイスを受け入れるだけの素直さや謙虚さが出せるでしょうか。

そして自分が間違っていたと認められるでしょうか。

満足はしない、不平不満は言う、しかし、する事をしなければ現状をそしてこの先の未来を変えていくことはできないのです。

今のままであるならば、結果は見えてみえています。

自分の作り上げてきた自分を捨てられるか、それが課題です。

自分の頭の中で理解できないからといって認められないのが人間。

そんな人間の意識が、病気とか不都合な出来事とかを作っていくだけの事です。

自分が作ったものに苦しみ - それを消し去る事ができるのは自分。

まずはもっと素直な自分を目指すこと、全てに対して素直に。

そして一番が己の魂に。


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『インプット』
今日の言葉

世の中には物を失ったとき血眼になって探すが

心を失っても平気でいる人が多い

舟橋一哉


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山も谷もない平坦な人生が幸せ。

そう言うと、「山もないんですか?」と思われる方がいらっしゃいます。

では、あなたの考える「山」とは何でしょうか。

宝くじに当たる!?

大出世する!?

山はいろいろとあるでしょうが、あなたが思う山はほとんどが欲絡みではないでしょうか。

お金や地位や名誉等、ないよりもあった方が便利かもしれませんが、人生においてそれだけが全てでしょうか。

どれほどのお金持ちになれば満足でしょうか。

どれほどの地位や名誉を手に入れれば満足でしょうか。

欲は満たされる事はありません。

手に入れてももっと多くを欲するものなのです。

それでも欲しいのなら、それに見合うだけの自分になる努力があればいいのです。

手に入れて悪いものではなく、求めるのならそれに見合うものを差し出せばいいのですから。

ただ、人生を振り返って、「自分は何をしてきたんだろうか」と思うような事だけは避けた方がいいのではないでしょうか。

人の心は、お金や地位や名誉等では埋め尽くせないものなのです。

今はそんな事ないと思っていても、実際人生を終えようとする時には、必ず自分の生き様を振り返り、自分が何をするために生まれ、生きてきたのかを考えるのです。

そういう風にインプットされているのです。

人生を終える直前だけではなく、ふとした瞬間に、「自分は何のために生まれたんだろうか」と考える事があるのではないでしょうか。

それはおかしな事ではなく、インプットされたものがある故に、ごく自然な事なのです。

ただ、それと向き合うのか、消し去るのか、自分がどう対応するのかにより、その後の人生が変わっていくだけなのです。


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『このままでいいのか?』
今日の言葉

このままでいいのか?

いいわけないだろう・・・

スガシカオ サヨナラホームラン


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今日の言葉に挙げたように、己の人生、生き様に対して「このままじゃダメだ」と思う(考える)人がいます。

そういう思いは、誰かに言われたから、思ったり、考えたりというものではありません。

ふと、そういう思いや考えが過るものなのです。

それに対して、自分がどう対応していくのか、それが重要になります。

そのまま忘れてしまう人もいれば、何をどうしたらいいのか考える人もいるでしょう。

また考えた結果、判らずに忘れようとする人もいれば、何か考え付いて行動する人もいるでしょう。

人それぞれに、少なからず「このままでいいのか」というような思いを巡らせる事があるのかもしれません。

何がそう思わせているのか、それを知らないのです。

生身の人間が、現実に照らし合わせて抱いた不安がそう思わせているのか。

そういう場合もあるかもしれませんが、根本にあるのは「魂」なのです。

私たち人間は、魂という生命が宿っている故に、その魂の想いというものを知り、この肉体を使い、その想いを実現しなければならないのです。

しかし、魂というものは言葉を発する事はありませんし、実体がありませんから、人間に対して直接的に想いを伝える術がないのです。

そのため、魂というものが、あるのか、ないのか、私たち人間は判らないのです。

判らないのですから、その想いを明確に知る術はないのですが、「このままでいいのか」という様な漠然とした不安は感じるのです。

その漠然とした不安に対して、「このままでいいわけがない」と思った者だけが、その不安を払拭するチャンスを得るのです。


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『五感』
今日の言葉

冒険とは、人の外側で起きることじゃない

人の内側で起きることだ

(デイヴィッド・グレイソン)

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相談を受けてお墓を観に行ったり、家を観に行ったりした時、私だけではなく、相談者も様々な事を感じることがあります。

たとえば、墓石に触ってもらい、「どうですか?」と聞くと、「動いている」とか「上と下で石の温度が違う」など感覚的に何かを感じる事もあるのです。

実際に石が動いたり、温度が違うわけではなく、本人にそう感じさせる何かがあるのです。

それが本人の生命、つまり魂が何かを伝えようとするものなのです。

人間が信じている五感は、必ずしも実際に起こっている事だけを感じ取るのではありません。

見えないものが見える、聞こえないものが聞こえる、動いていないものが動いて感じる、ない匂いを匂う、違う味に感じる、その要因は様々ありますが、時に魂から訴えるものがそういう形で現れる事があるのです。

しかし、そういう事はいつも判るわけではありません。

魂は人間の召使ではありませんから、必要のない事は教えませんし、また教えているのに気づいてもらえない事ばかりだと次第に何も感じなくなります。

そして一番気をつけなければならないのが、人間の力ではないという事です。

何かがわかるようになると、つい調子に乗ってしまうのが人間です。

見える、聞こえる、そういう能力は魂があるからこそのものなのです。

それを勘違いしてしまうと、魂にそっぽを向かれてしまいます。

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『「知らない」を知らないままで終わらせるのか』
今日の言葉

喜ぶ、というのも一つの習慣じゃないでしょうか

それに習熟することが必要な気がするのです

五木寛之


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環境というものは、その人の人生に大きな影響を与えます。

魂について、神について、話をしていると特にその方の育った「環境」の大きさに気付くものです。

一般的な神仏に関して、「それがなんぼももんじゃ」という感覚の中で育った方は、根本的に目に見えない存在に対して免疫がありません。

それ故に、魂や神(神仏ではない)について話をしても、それが全く染み込んでいかないのです。

しかし、その一方で、本人が一旦「ある」と認めると、染み込みやすい部分はあります。(そういう方は少ないですけどね。)

逆に、両親や祖父母が何かに手を合わせるような生活を送っていた方は、そういう姿を見てきたことで、目に見えない存在に対して、少なからず「ある」という基礎ができています。

それ故に、魂や神(神仏ではない)について話をしていくと、何かしらの反応があります。

ただし、熱心に宗教をされている方などは、その宗教での教えや信じている神仏が一番ですから、どうしてもそれ以外は見ようとしない傾向はありますね。
(だから宗教が悪いとは言いません。それで救われる人もいますからね。)

どちらが良いとか、悪いかとはありませんが、少なくとも、何かしらの信仰(宗教ではなくても、そんな事をしたら罰があたる等)がある方が、魂や神の話を聞こうという時がきた際には、若干判りやすいかもしれません。

信仰、それは人間だからこそ持つものです。

特定の宗教をするというわけではなく、見えないものへの畏怖というものを持ち合わせているかどうか。

「神や仏がなんぼのもんじゃ」という感覚が増えているのは確かです。

それがどれほど危険な感覚なのか、それは「なんぼのもんじゃ」と思っている方には決して判らないものでしょう。

判らないを判らないままにしていくのか、それとも判ろうとするものなのか。

一回聞いて理解できるのなら、誰も苦労はしません。

私たちは、神の側で生きているのではなく、神の中で生きているのです。

その観点からでしか、見えてこない真実・真理を、私たちは学んでいく必要があるのです。

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『知らない故に』
今日の言葉

その先に大発見が待ってるって判れば誰でもやるんですよね

でも、それが判んないのに努力できるかどうか

ここが運命の分かれ目なんですよ

佐藤克文


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体の不調、それが病院に掛かるほどでもない場合、疲れだとかストレスだとか、ちょっと休養すれば良くなるだろうと思うものです。

もちろん、休めば元気になる事が多いのですが、少しずつ、自分の体が重たくなっている場合があります。

ちゃんと寝ているのに、朝になっても体が重い、そういう方は意外に多いのではないでしょうか。

先日もそういう方に出会いましたが、その方は「自分の体であって、自分の体じゃなくなっている」と感じていたそうです。

とり憑かれたというとオカルトっぽく聞こえるかもしれませんが、人は死んで終わりではありません。

心残りや後悔等、死んでもなお、思いはこの世に残ります。

そして「甦りたい」という願いを持っているのです。

それを実行しようとする、それがとり憑くという状態なのです。

とり憑かれた人間は、体が重たく感じる事があります。

しかし、問題は何かにとり憑かれた事自体ではありません。

とり憑いたものがあるのなら、除ければよいだけの話なのですが、なぜとり憑かれるのか、それを知らなければ、取り除いても取り除いても、次があるのです。

理由はいくつかありますが、その一つは目に見えない存在を判らせようとするものです。

見えない故に「ない」と否定してしまう事が多いのですが、「そうではない」と訴えようとするものがあるのです。

誰が訴えるのかといえば、それは己の中にある魂です。

魂とは自分を守るものではないのか、と思うかもしれませんが、魂という存在を人間が知らない(知っても認識が薄い)のでは、守ろうとしても守りきれません。

一方的に魂だけが人間を守るという捉え方があるかもしれませんが、そうではありません。

人間が魂を守る、つまりはその思いを果たそうと動く事が大切なのです。

要するに、魂との付き合い方を知らないのです。

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『運』
今日の言葉

しあわせになれるかどうかではなく

しあわせと思えるかどうか

中島未月


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運の良し悪しは、突き詰めていけば自分に原因があります。

「なぜ?どうして?」という疑問の答えは、自分の生き様を振り返れば、自ずと見えてくるのです。

ただし、自分の経験や知識等で見ようとしても見えるものではありません。

まずは、知らなければならない事があるのです。

それは「この世のルール」というものです。

運の良し悪しは、自分の言動・思いの結果です。

何がどう繋がるのか、それを知り、自分に照らし合わせる、そのためには「この世のルール」を知らねばならないのです。

まずは、そういうルールがあるという認識と、運の良し悪しは自分に鍵があるという自覚が必要です。

そんなルールがあるわけがない、運の良し悪しは自分とは関係なく発生する、と言われるならば、それ以上何も言えません。

誰だって運は良い方が嬉しいものですが、運を良くする努力を知りません。

努力次第で運が良くなるなら何でもする、と思ったとしても、これが大それた事なら「よっしゃ」と思うでしょうが、些細な、小さな事だと拍子抜けするのです。

たとえば、いつも微笑みを忘れない自分でありなさい、と言われたとして、果たしてそんなに簡単な事で運が良くなるのだろうか、と考えてしまうのです。(素直さがないとはこういう事を言うのです。)

そして、そんなに簡単な事、と思ったはずの事が、実は簡単ではないのです。

微笑み一つとってみて、人には感情がありますから、腹を立てること、怒りを露にすること、悲しみに打ちひしがれることもあるでしょう。

それでも微笑を絶やさずにいられるか、ここなのです。

努力とは頑張る事ではありません。

努力とは続ける事なのです。

「こんなに簡単な事で」と思うようなことでも、それを続けるとなると簡単ではないことも多いのです。

続けていくことで、気づけば自分は変わっていますし、自分が変われば状況も変わってきます。

何でもいいので、一つ何かを続けてみてはどうでしょうか。


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『選択』
今日の言葉

好かれたいと思うより好きになること

好きになって初めて、好かれるんです

人に対しても、物に対しても同じ

とにかく好きになることが大事です

(井野博文)


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人によっては、自分を解放できない人がいます。

自分の作ったルールや世間に縛られ、娯楽的な喜びは知っていても、感動を知らず、ふと「自分は何のために生きているのか」と思えど、それに対する答えも判らず、心身ともに凝り固まってしまいます。

解放する方法も知らないのです。

凝り固まった心や体は、いずれは何かしらの病へと進んでいきます。

そうなる前に、自分を解放する術を学ぶ必要があるのです。

何をどうすればいいのか、その一つが瞑想なのです。

何も考えず、空っぽになる事ですが、中には空っぽになれない人もいます。

その場合は、自問自答、自分と問答してみる事です。

ずっと続けていると、やがて問答に疲れて、何も考えなくなります。

そうやって自分を解放していくと、それまで心の奥底に埋もれていた本来の自分(魂の事)が表に出てくるようになるのです。

この世には様々なルールがあります。

そのほとんどが人間が作ったルールですが、一つだけ、決して変わらないルールがあります。

それが神のルール、この世の仕組みです。

自分を解放し、魂を表に出す事、その中でどんな差し障りがあろうと、それは所詮は人間の作ったルール、または自分が作ったルールでしかありません。

魂を表に出し、魂と共に歩む事、これはこの世の仕組みなのです。

人間を優先させるか、魂(神)を優先させるか、その選択を私たちはしなければならないのです。

大半の方が人間を優先させていますが、それを責めることはありません。

なぜなら、それがその方の人生なのですから。

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『誰のもの?』
今日の言葉

信じたいと思うことは

信じることから一番遠い

田口ランディ


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汚いものを全て排除してしまうと、逆に免疫がなくなり、ちょっとしたもので体調を悪くしたり、アレルギーとなる事があるそうです。

この世に存在するものは、人間が不要であると判断したとしても、果たしてそれが本当に不要なものなのでしょうか。

人間は目に見えて自分たちの役に立つものに対しては、必要なものだと考えるでしょうが、そうではない場合は「なくなっても良い」と考えるものです。

今は悪者にされているものでも、もっと科学が発展して、人間にとって都合の良いものと判れば、途端にその必要性を唱えるのでしょうね。

この世は誰のものですか。

誰が作った世界ですか。

人間ではありませんよね。

神とか創造主など、様々な名で呼ばれている「何か」の存在があり、その存在がこの世を創造したのです。

それを人間に都合だけで良し悪しを決め込んだり、勝手に排除しようとする、それがどのような結果を招くのか、考えてみると恐ろしくなります。

細菌類であろうとも、神の創造したものであるとするのなら、人間は共存できるのです。

ただ、人間の都合から考えると、それは難しくなるのでしょうね。

誰だって自分に都合の悪い事、悪い人、そういうものを排除したいと思うものです。

それが自分のワガママであるとしても、そのワガママを通したいのです。

その結果、そのワガママは自分に何かしらの形で返ってくるのですが、そこに関連性を見出せていない故に、偶然とかたまたまという言葉で片付け、同じような事を繰り返して、人生を終えていくのです。

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『エネルギー』
今日の言葉

わたしたちは皆、1日ずつしか生きられません

(ロバート・J・ホエットン)


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しっかり睡眠をとったり、栄養のあるものを食べたり、健康管理をちゃんとしていても、元気が出ない、力が出ない、疲れが取れないなど、パワー不足を感じる方は意外に多いものです。

特に年を重ねていくと、若い頃のようにはいかなくなります。

また最近は若い人でも、パワー不足に陥っている事は多いですね。

元気というものは、どこから出てくるのか知っていますか。

睡眠や食べ物で出てくる力もありますが、それだけではありません。

私達の中には生命の源があります。

その生命の源から元気というものが湧き出てくるのですが、それを受け取れない状態になる事もあるのです。

それは、生きている事に対する感謝というものが薄れた時などにも起こります。

生命の源との絆という名のパイプが繋がっていない、または繋がっているけれどもパイプが細くなっている状態なのです。

そんなものがあるはずがない、なんて思う方もいらっしゃるでしょうが、そう思うのも自由ですから、ないと思ってこれからも生きてください。

無理強いする意味も必要もありませんし、信じなければどうかなってしまうとも言いません。

さて、生命の源との絆を強めていくにはどうすればいいのか、それはとても簡単な事です。

まずは、絆を深めるという強い意志を持つ事です。

そして、朝には「今日も元気に頑張ります」、夜には「今日も無事に過ごせました、ありがとうございます」と自分の胸に手を当てて語りかけるのです。

真剣に、毎日繰り返す事です。

言葉だけでは通じませんし、時々言うだけでも通じません。

嘘みたいに思うかもしれませんが、生命の源、それはあなたの中に宿る魂なのです。

魂から人間に歩み寄る事は絶対にありません。

それ故に、人間が毎日語りかけ、その存在を意識しながら、歩み寄っていくしかないのです。

よく判らないとしても、まずは今書いた事を実践していくと、何かしらの変化を感じられるようになりますよ。


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『表現』
今日の言葉

限界は自分がそう思った瞬間に訪れるものでしかない

そう気づいてから自ら限界を作らないと決めました

とにかくやれることを一生懸命やろうと

工藤公康


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パントマイムをする時には、まずイメージする事、そして意志を行動で表現するというような事を言っているのを聞きました。

そして、私達は普段からパントマイムをしているそうです。

驚きを声を出さずに体で表現したり、気分や具合が悪い時にも、人がパッと見ただけでも「今日は機嫌が悪そうだ」とか「どこか悪いのかな?」と感じる表現しています。

私達は、何気なく、その時々の気分を表現しています。

時には、気分や感情を抑えきれずに、人に不快な思いをさせる事もあるでしょう。

自分では気づかなくても、自分の中にある不満や不安が表に出てしまう事もあります。

別段嫌な事があったわけでもないのに、いつも不満そうな表情をしていると言われてしまう事があるなんて話もよく聞きます。

言われた方にしてみれば、何の事だか判らない、言い掛かりだと思いたくなるものがあるかもしれませんね。

でも、そういう風に見えるのならば、自分が心掛けていかなくてはいけないのです。

原因を知る事も一つですね。

人間は、人間の自分だけを満足させて生きていけばいい、そういうものではないのです。

自分の中にある理想・夢、中には自分自身でさえも気づいていないものもあるでしょうが、何かしらの想いがあるのです。

それを表現しない場合には、想いだって不満を持つかもしれません。

表現されない想いの不満が、知らず知らずのうちに、外に出てしまう事だってあるのです。

もちろん、人間の自分が抱く不満がそのまま表現されているだけの場合もありますから、一概には言えませんけどね。

あなたは、人から「不機嫌そう」なんて言われたことがありませんか?

何気ないあなたの表情、行動に、あなた自身が気づかない何かが表現されている事があるのですよ。

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『畏れなさい』
今日の言葉

いつも炎のように燃えていること

宝石のようなこの激しい炎をもって

いつも感動にうちふるえて生きていること

それこそが人生における成功である

ウォルター・ホレーシオ・ペーター


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人間の生活と魂の求めるもの、その間にはギャップがあります。

中にはギャップなく、魂の求めるものに沿った人生を歩む人もいますが、そう多くはありません。

ほとんどの人が、ギャップが生じたまま生きているのです。

人間は魂のためにある、これは真理です。

ですから、ギャップを埋める事無く、人間の思うままに生きていると、「あなたは生きて何の意味があるのか!?」と問われるようなものがあるのです。

人間サイドから見れば、人の存在理由、存在価値を問うなんて失礼な事かもしれませんが、神にしてみれば、意味あって人間をこの世に存在させているのですから、それに気づけないとなると…どうでしょうね。

激しい人になると、死の恐怖を与えられる事さえあります。

死に直面させる事でしか、人生について、生き様について、自分が本当にやりたい事等について考えられないのなら、そうされても仕方がないのです。

神なのに、何で人を不幸にするのか、そう感じるのなら、そういう自分を早めに捨てなければいけません。

なぜなら、私たち人間は、神を敬い奉り、従う、そういう生き物でなければならないからです。

不幸だと思う事に直面しても、そこには「気づきなさい」というメッセージがあるのだ、自分は何か気づかなければいけなかったのだ、そういう風に思えるような自分になれるかどうです。

これはすでに病に倒れた人、不幸の中で気持ち的に余裕のなくなった人に言っても、もう受け入れるどころか、聞く事さえもできないのです。

ですから、健康なうち、多少なりとも人の話を聞くだけの余裕があるうちに、聞いて、訓練していくしかないのです。

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『日々の積み重ね』
今日の言葉

たとえ信念があっても、達成できることはごくわずかなものだ

しかし信念がなければ、何事も達成できない

サミュエル・バトラー


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生命の離れた肉体はもう二度と動く事はありません。

ですから、肉体だけを指して「私」ではありません。

以前にも書いた事がありますが、「肉体(器)・心(意識)・魂(生命)」を合わせて「私」を形成しているのです。

そのバランスを崩せば、当然どこかに無理が生じます。

特に病気などで肉体に不具合が生じた際、肉体にばかり気がいき、心配や不安を抱きます。

肉体のケア、それは当然必要なのですが、執着心が強ければ強いほど、三つのバランスが崩れてしまいます。

よく「病気は忘れなさい」と言うのですが(病院での治療ももちろん必要です)、心配や不安は心を傷つけ、それにより魂の持つ自然治癒力が出てこなくなるのです。

自分の肉体だという認識はあるでしょうが、固執しても、私たちの意のままに肉体を操る事はできないのです。

私たちがすべき事は、睡眠時はリラックスし、寝ている間に魂が肉体の疲労や不具合を調整しやすくする事。

そして、万が一、病気になってしまったら、病気を忘れる努力をする事。

病気を忘れる事、それが難しいからこそ、日々の生活の中で、病気にならないように注意していくのです。

食生活等の日常生活、そして心のあり方、その中に「どうすれば病気にならないのか」と考え、工夫していくしかありません。

病気になってしまってからでは、私たちがクリアしなければならないものが数段増えていきますし、ハードルも高くなりますから、ならないに越した事はないのです。

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『気付く事から』
今日の言葉

まったく違う知識や考えを持った人と

まず対話できることこそ大事だ

盛田昭夫


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知らず知らずのうちに、自分の役割を果たそうとしている人はいます。

ただし、自分のやっている事が「役割」であるという認識はありません。

それ故に、その時々の気分で、やったり、やらなかったり、またはいつまでも同じレベルに留まっていたりします。

認識がなくても、役割を果たそうとしている人ならば、魂の期待も大きくなるのではないでしょうか。

それが「役割である」と認識してもらえれば、もっと学ぼうとするかもしれない、もっと行動してくれるかもしれない、と期待されるのです。

それ故に、「気付かせよう」とする作用が大きくなる場合があります。

その作用が、どういうものなのか、それは人それぞれの弱点をつかれる事になるのです。

健康を損なう人もいれば、大借金に苦しむ人もいます。

子供や孫、配偶者を失う人もいるでしょう。

不幸というものでしか、人は考えないからなのです。

順風満帆な時、「どうして自分はこうなのか?」なんて考えないものです。

ところが、不幸な事が続くと、「どうして自分はこうなのか?」と考えざるを得ない状況になります。

「どうしようもない」と諦められるのならば、それはそれでいいでしょうが、「何とかしたい」と思うのならば、また道はあります。

いえ、理由があるから、様々な事が生じるのですから、どんな事でもその理由(原因)を解決する意志と行動があれば救われる可能性はゼロではないのです。

ただ、救われたい気持ちはあっても、そのための行動と意志がない故に、散ってしまう人生があるのではないでしょうか。

人は様々な理由をつけて、行動と意志を持たない正当性を主張しますが、自分の問題なのに避けていて、誰が、何が、手を差し伸べてくれるのでしょうね。

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『生きる』
今日の言葉

自分にできないことばかり気をとられて

できることまでできなくなってはいけない

(ジョン・ウデン)


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命、人生、健康等に対して、「たかが」という捉え方や「否定的」な捉え方であっては、うまくいくように準備万端であっても、決してそれを有効には出来ません。

外堀を埋める事は当然必要なことですが、一番大切な事、それはあなたの心、精神なのです。

物事がうまくいかない時、「くそ!なんで!!」と思いたくなるものですが、その気持ちを抱えたまま、そこに立ち止まってしまうのか、それとも成功を目指して、失敗から学び、試行錯誤していくのか、その違いは経験や知識ではなく、あなたの心なのです。

強い心、強い精神を欲しても、それを培っていくのはやはり自分でしかありません。

誰でも辛い事や悲しい事、挫折というものがあるでしょうが、それは自分が成長するためには必要な事なのです。

なぜなら、出来なかったという事を出来るに変えるチャンスなのですから。

手段、方法、そういうものだけではなく、自分の心の過ち、それに気づくチャンスなのです。

過ちというと嫌な気持ちになるかもしれませんが、心の教科書はありません。

ただ、こういう気持ちで挑んだら良かった、悪かった、それを自分自身で学んでいく、または他人を見て学んでいく、それしかありません。

強い心、強い精神、その根っこには「やると決めたからにはやる」という意志があるのです。

何の目標もなく、夢もなく、ただ朝がきたから今日を過ごす、そんな自分であるのなら、強い心も強い精神も培えるはずがないのです。

でも、そんな自分だから、強い心や強い精神に憧れるのです。

どこかで、ダラダラと過ごす自分を許せない、これではダメだと思うものがあるのです。

それが魂の叫びなのです。

魂は「あなた、このままじゃダメだよ」なんて言いません。

言いませんが、人はどこかでその言葉を、叫びを感じ取っているのです。

どこまでその言葉を、叫びを、受け入れ、魂に従う事ができるのか。

人間が「たかが一日」と思っているその一日の価値、それを死を前にして気づくのでは遅すぎるからこそ、つい書きたくなってしまうのです。

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『組み合わせ』
今日の言葉

一日生きることは、一歩進むことでありたい

湯川秀樹


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「旦那(妻)から文句ばかり言われて嫌になる」なんてセリフはよく聞きます。

それが原因で離婚さえも考えたり、また実際に離婚してしまう人も多いものです。

昔と違い、今は一回離婚しようと、それほど問題視される事はありませんからね。

我慢がないといえば、その通り。

もちろん、我慢してまで一緒に居たくないのならば、それはそれで良いのですが。

しかし、神から見れば、「文句を言われる」のは当然だったりするのです。

言われるからには言われる「何か」があるのです。

神から見れば、人は欠点だらけです。

その欠点を直すだけの努力をしなければならないのです。

神は直接人間に対して「こういう所を直しなさい」なんて言いません。

言わない代わりに、言ってくれる者(旦那・妻等)をその人間の側に置くのです。

もちろん、言われる者は言う立場にもあるのですから、お互いに何かに気づかなければならないのです。

その欠点を直す努力をしなければ、いつまでも同じような事を言われ続けます。

それ故に、離婚したとしても、結局は同じような事を繰り返すのです。

離婚した人が全てそうだとは言いませんが、多くの場合は当てはまるのです。

我慢、それは相手に文句を言われる事を我慢するのではなく、言われた事の内容から自分をより成長させる事、そのための我慢なのです。
(相手が言わざる得ないという場合もあるのだと知る事)

現実的な利益のためには我慢はできても、自分の心・精神の成長のための我慢は意外に出来ていないのです。

その結果、現実でもうまくいかないのですが、その関係性に気づけないために、少し方向の違う努力をしている人を見かけると、もったいないなと思うのです。

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『脱・中途半端』
今日の言葉

過去の成果で未来を生きることはできない

人は一生何かを生み出し続けなければならない

カール・ハベル


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あやふやなまま逃げる、誤魔化す、そんな中途半端な人間を魂は嫌うのです。

曖昧にして許されるのは人間同士だけで、魂は曖昧な人間を卑怯者とみなすのです。

他人の顔色や世間体ばかりを気にしていては、本来の自分は出せません。

他人からどんなにいい人と思われても、その自分が心の底から喜び溢れたものでなければ、自分である必要性がなくなってしまうのです。

他人から悪く思われたくはないが、自分が損をするもの良しとしないのが人間。

何かを得るには何かを払う。

いい人という優越感を味わうにはそれなりに支払うものがいるという事。

よくある例が借金。

借金を申し込んで、断ればぼろくそに言うのが人間。

それが嫌でお金を貸しても、内心では「返してくれるだろうか?」と不安。

お金を貸してもらえた人間は、それだけで「君はいい人だ」などあなたが気持ちよくなる言葉を言ってくれるでしょう。

ここで優越感に浸ればそれでチャラ。

お金が返ってこなくても、それは優越感というものを買った代償。


どんな理由であれ、お金を貸すと決めるのは自分。

そうであるならば、どんな事があっても愚痴を言わない、後悔しない事。

そういう事を知り、実践できる自分を誇るべし。

お金を返さない人間を非難するより、そんな人間ではない自分を誇ればいいのです。

自分に魂があるように相手にも魂があります。

結果を出すのは魂、それゆえに何をしてどうすればどうなっていくのか、それを見せてくれるのが他人なのです。

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『魂、すなわち生命』
今日の言葉

生きているあいだは、いきいきとしていなさい

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


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多くの人は魂の存在を知りません。

魂という言葉は聞いた事がある、知っているとしても、その魂が自分の中にあるのだと認識している人は少ないのです。

魂があると認識して、それが何の役に立つのか、そう考える方もいらっしゃるでしょうが、役に立つとか、立たないという次元の話ではなく、魂があるから人間なのです。

魂があるから人間、それ故に、魂の存在を認識する事は、当然の事なのです。

魂という言葉ではなくても、そういう存在を昔から教え、伝えてきたものがあったのですが、最近はそういう話は胡散臭い宗教か、小うるさい年寄りの話としか受け止められないようになってしまいました。

それでも、中には真剣に話を聞き、理解しようと努める方もいらっしゃいます。

傍からみれば馬鹿らしいかもしれませんが、魂の話に触れていく中で、様々な変化を見せてもらえるのです。

体調が良くなる方、精神的に安定を感じる方、もちろん良い事ばかりではありません。

自分に都合の良いように解釈すれば「違う」と教えられる事もあります。

そうしながら、少しずつ魂があるという認識を深めていくのです。

決して大金持ちになったり、有名人になれるといったご利益はありませんが、そんなものは健康で人間が努力すれば手に入れる可能性はあるのです。

生ある事、その意味を考えて欲しいのです。

「魂、すなわち生命」なのです。

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『必須』
今日の言葉

大切なことは、ぜんぶここにある

さくらももこ


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人から忠告を受けた際、「何でお前から言われないといけないのか」と言えば(思えば)、それは己に謙虚さや素直さがない(足りない)のだと気付かなければなりません。

つまりは、自分がかわいいから、自分の都合の良いようにしか解釈していない自分があるのです。

人間は、自分がかわいいから、軌道修正できないのです。

そのままでは、同じ事を繰り返し、抜け出せなくなります。

軌道修正できないほどの痛手を負えば、手遅れとなります。

人間には必死にならなければならない時があります。

しかし、そういう時になって、必死になれるかといえば、普段から「何が必死なのか、どの程度必死なのか」を知っていなければなれるはずもありません。

知らないのならば、教えてもらうしかありません(一人では時間が掛かる・限界がある)が、その際に謙虚さや素直さがなければどうでしょうか。

何度文句を言われても、他人にアドバイスをしてあげられる人は少ないのです。

教えてもらえには謙虚さや素直さは最低限必要なのです。

そしてまた、魂も謙虚さや素直さを人間に対して求めているのです。

世の成功者を見てみると、謙虚さや素直さが具わっている方が多いのは当然の事なのでしょう。

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『心の中に』
今日の言葉

生活するとは、この世でいちばん稀(まれ)なことだ

たいていの人は、ただ存在しているだけである

オスカー・ワイルド



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神はどこに存在するのか、と問われるならば、それは「己の中」。

その神とは「魂」とか「もう一人の自分」とも表現し、一人一人に対して唯一の存在なのです。

故に人の数だけ神は存在するのです。

もっと大きな意味での神は一つなのですが、その神と繋がる使者のような神がもう一人の自分(魂)なのです。

己の中に神が存在する故に、神社仏閣でお願い事をしたり、独り言のように願い事を口にした時、中には願いが叶うことがあるのです。

聞いているのです、いつもあなたの言葉を。

そして見ているのです、いつもあなたの心の中を。

願いが叶った時、神社仏閣にお礼に行くのか、独り言だったとしても、叶った事に対してまた独り言としてでもお礼を言えるのか、問題はそこなのです。

願いが叶えば「私の実力」と簡単に終らせてしまってはいないでしょうか。

また叶わなかったとして、あの神社はご利益がないとか、神も仏もあるものか、などと考えたりはしないでしょうか。

そういう全てをもう一人の自分(魂)は見ているのです、聞いているのです、知っているのです。

私たちは全てを見られて、聞かれて、知られているのです。

守ってもらえると思うのは良いのですが、守ってもらえるほどの事を自分はできているのかも考えなくてはならないのです。

既存の神仏や魂の捉え方では、全ての人に加護があるように思うかもしれませんが、それでは余りにも都合が良過ぎるとは思いませんか。

あなたが神や魂だとして、何も努力しない人、また守る存在に対して気付きもしない、感謝もしない、都合の良い時だけ手を合わせる人を助けたいと思いますか。

神だから、魂だから、そんな人でも助けるはずだと思うのは自由ですが、果たしてそんなに便利な神や魂が存在するのでしょうか。

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