美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『伝えたい事』
今日の言葉

心も歓喜と快活に保つがよい

そうすれば百害を防ぎ、寿命をのばす

ウィリアム・シェイクスピア


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魂や「かみさま」の話をしても、それが何の役に立つのか、という観点からしか考えられない人もいます。

小さな頃、「そんな事をしたら罰が当たるよ」というような言葉を言われてこなかった方などは、「絶対に逆らえない存在」というものを知らずに成長します。

知らないのですから、魂や「かみさま」という話を急に聞かされても、それが何の役に立つのか、と考えても仕方がないのかもしれません。

しかし、小さな子供ならそれでも良いかもしれませんが、大人になるとそれでは許されなくなるのです。

たとえ何の免疫もなく、一般的な神仏と無縁の人生を送ってきたとしても、大人になれば、人の話に耳を傾ける事もできれば、自分から問う事だってできます。

だいたい二十歳前後に、一度は「知らねばならない」という現象が起こるケースが多いのです。

それは誰かに「魂とは…」とか「かみさまとは…」と聞かされるというのではなく、人それぞれに何か変わった出来事(もちろん不都合な事)が起こるのです。

たとえば、過呼吸。

様々な要因があるかもしれませんが、中には「魂」という存在を気付かせるために起こる場合もあります。

と言っても、過呼吸から魂を連想できる訳ではありません。

呼吸、それが出来なければ人は亡くなってしまいます。

呼吸ができることがどれだけありがたい事なのか、あまりにも普通に行っているため、気付かないのです。

またこの空間の中に空気がある、それを吸い、生きている、果たしてそれはただ(無料)なのでしょうか。

確かに、誰かが「今月の空気料金です」と請求することはありません。

だからといって、ただ(無料)で空気を吸っていい、となるでしょうか。

私たちは自然、地球、宇宙の様々な恩恵を受け、生きていけるのです。

そして、そういう環境を与えてくれた存在(かみさま)があるのです。

空気料金を支払いなさい、そんな事は言われませんが、様々な恩恵に対して、私たちはただ呆然と生きていく、それでいいのか、という事なのです。

魂や「かみさま」を知るために生まれた人間。

たとえそこにたどり着けないとしても、せめて、この世に生まれた奇跡を知り、思う存分に謳歌してください。

そして、人間には決して逆らえない存在(かみさま・魂)があるのだと肝に銘じてください。

あなただけではなく、あなたの後に続く人たちにも、それを伝えてください。

真実への扉は・・・本家にある
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『視点を変えて』
今日の言葉

正しく強く生きるとは

銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである

宮沢賢治


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我慢の足りない人にはワガママな人、怒りっぽい人には何かと癇に障る人、まるでパズルのように各自に修正させるための組み合わせが生まれます。

人間関係で悩む場合に、自分のことは棚において相手の悪口を言われる方がいますが、よく観察していくと、その原因というものが本人にも見え隠れしている事に気付きます。

人間、間違った方向に進んでいる場合には必ず修正させられるような出来事が生じる、と言っていますが、それを実感させられる瞬間でもあります。

特に夫婦関係において、その傾向を実に顕著に見せられる事があります。

お互いに言い分があっても、お互いがお互いを選んでいる点、そこは無視できないのです。

なぜこの人を選んだのか、それは好きだからという事だったのでしょうが、人間の感情以外の何かがそこに動いていたという事もあるのです。

これが良し悪しに関係なく、自分の意思であるようでいて、そこに見えない力が結び付けている事があるのです。

冒頭に書いたように、我慢の足りない人がワガママ放題の人を選ぶことで、我慢を知る事ができるのです。

怒りっぽい人には、何かと人を怒らせてしまう人と一緒になる事で、怒りというもののコントロールを練習させようとするのです。

ところが、これはそういう風に捉えられる者から見た場合です。

大抵は、自分が選んだパートナーであったとしても、「どうしてこんな人を…」と後悔しますし、ましてや自分のワガママや怒りっぽさを修正させるためだとも気付きません。

上司と部下、友達同士でも同じような事があるでしょう。

そういう時に、自分や相手を責めるのではなく、どこか修正すべき点がないのかと探してみると、自分がまた一つ成長するきっかけになるのではないでしょうか。

100%完璧な人間はいません。

だからこそ、自分という人間をどこまで完璧に近づけることができるのかという楽しみがあるのです。

そういう自分を作り上げていくために、この地球があり、寿命という限られた時間であっても時が与えられ、また生命があるのです。

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『知る事』
今日の言葉

そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの

草原だの、大空だのとこんなにも神の栄光があふれていたのに

僕だけが恥辱の中で暮らし、一人であらゆるものを汚し

美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ

ドストエフスキー


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人の心は、脆い部分があり、一度亀裂が入ると、対処が的確でなければ、あっという間に亀裂が広がっていきます。

心は目には見えません。

亀裂があるかどうか、他人を誤魔化す事はできますし、本人でさえも気づかない事もあります。

病気であれば病院で治す事が一番です。

しかし、時に症状は病気のようであっても、原因は違うところにある場合があるのです。

その場合は、薬は効きません(症状の緩和はあっても完治ではない)。

どこが違うのかは会ってみなければ判りませんが、最初は病ではない事が多いのです。

対処しないまま、時が過ぎる事で、病へと変わってしまうのです。

これは心だけではなく、肉体的にも同じような事があります。

誤った生活習慣や肉体の酷使、職業的なもので病を引き起こす場合を除いて、病気の兆候の段階で心と同じように対処する事で防ぐ事はできるのです。

心も肉体も、いえ心が肉体に影響するのですから、基本は心ですが、そのあり方を学ぶ必要があるのです。

知る事で対処法は人それぞれに合ったものを考える事ができるのです。

痒いところが判れば、そこを掻けばいいのですが、痒いところが判らないから手当たり次第に掻いて炎症を起こす、そういうものなのです。

心は自分のものでありながら、自分のものだけではありません。

そこには、もう一人の自分も存在するのです。

もう一人の自分と言っても、もう一人の人格ではありません。

人ではなく、魂という、自分を必要としている影のようなものです。

影のない人がいないように、魂のない人もいません。(ただし、最初はあっても、途中からなくなる事はあります。)

人間の自分だけを満足させようとする、その満足は欲望でしかないために、いつまでも満足する事はないのです。

対処法はいろいろとありますが、根本は一つです。

自分の心の中にあるもう一人の自分(魂)を自分が認識する事です。

裏を返せば、認識して欲しいもう一人の自分(魂)が何かの「きっかけ」により、動き始めているのです。

心を襲う荒波の元は、「知らない」という事なのです。

故にそれを「知った」に変えるだけで、心は穏やかになるのです。

実はそれからが自分としての新たなる始まりなのですが、そこから先は無理強いできません。

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『問い』
今日の言葉

人生のどんな状況にあっても自分自身と対話し

この対話によってどれだけ得るところがあるか

自問することを忘れないことだ

エピクテトス


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あなたから仕事を、家庭を、名前を取り除いたとして、何が残るでしょう。

名もなき一人の人間、そこに「これが私だ」というものがあるでしょうか。

生きている実感、それは定職があり、家庭があり、24時間という一日をやり過ごす事ではないのです。

昨日と同じ一日を送ること、それは真の意味で生きているとは言えないのです。

人間は生まれたから生きている、それだけではありません。

生きるだけの環境があるから生きている、それが多くの人です。

「あなたはなぜ生まれ、なぜ生きるのですか」と問われる事なく、それ故に考えもせずに生きているのです。

しかし、それは人間が人間に対して問うていないだけであって、本当は一人一人に「あなたは何のためにここに存在するのですか」と問い掛けているものがあるのです。

それに気づかないから、死の恐怖とか不幸の連続というものが存在するのです。

そういう状況に追い込まれなければ、人は生きる意味とか死の意味というものから目を背けているからです。

多くの人から相談を受けますが、その大半は生きる意味が判らずに彷徨っているのです。

誰も教えてくれない、答えてくれない、ましてや自分の悩みや苦しみの根本にそういう問い掛けがある事にさえ気づいていないのです。

それ故に、そういう問い掛けを説明する事で、大きく変わっていけるのです。

残りは自身の精神的な弱さや甘えであり、時間は掛かりますが、本人さえやる気を失わなければ改善するものなのです。

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『付き合い方』
今日の言葉

あちこち旅をしてまわっても、自分自身から逃れられるものではない

ヘミングウェイ


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人は「かみさま」という存在を知りません。

知らない故に付き合い方も判りません。


何がどう影響するのか、それを知らないまま、間違い(かみのルールに反している)を犯しています。

知らない、または知ろうとしない、それを盾に間違いを見逃してもらえると考えるかもしれませんが、それはありません。

知らなかったあなたが悪い、知ろうとしなかったあなたが悪い、そう言われるのです。

人間の社会では、「過失」というものが認められますが、「かみさま」との付き合いの中に「過失」は存在しないのです。

「かみさま」のルールブックはありませんし、過失も通用しないとなると、手も足もでないような気がするかもしれません。

確かに、一概に「こうだ」と言い切れないものもありますが、大抵は周りを見渡せばヒントは溢れています。

こういう風に物を考える人はこうなる、こういう態度を取るとこうなる、そういうものをいつも見せてもらっているのですから、その中から学び、知っていくしかないのです。

私たちの中に内在している魂、その魂が人間の言葉、思い、行動をいつも「かみさま」のルールと照らし合わせているのですから、学びたくない、知りたくないと逃げようとしても逃げ切れるものではありません。

と言っても、逃げたければ逃げても構いません。

逃げられるかどうかは別にして、関係ないと思う人もいて構わないでしょう。

さて、学ぼうと思い立った方、また学んでいる最中の方、最初のうちは判らないことばかりです。

そして、気がつかないうちにルール違反を犯しているでしょう。(私もそうでしたから)

人それぞれに違反したペナルティがあります。(人によってどんなペネルティかは違う)

そういう時に、何をすればいいのか、それを最後に書いておきます。

「ごめんなさい」と真剣に謝るのです。

何に対してか、それは「かみさま」に対してなのですが、それでは少し判り難いでしょうから、「己の魂」に対して謝ってください。

胸に手を当て、真剣に己の無知とそれ故に犯した間違いを謝るのです。

真剣さ、その度合いによって許されるか許されないかが分かれますから、常日頃から「真剣さ」についても訓練しておく事です。

では、頑張ってくださいね。

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『神仏』
今日の言葉

まっすぐな気持ちで、心から望む状況を心に描いて

それにふさわしい考えや行動を見つけだすことです

ジェームズ・アレン


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うまくいかない、不幸ばかり、そういう時、ついつい「神も仏もない」と天に唾するような思いを抱く事があります。

神は自分を嫌っているのか、と問う前に、逆に聞きますが、あなたは神を知っているのでしょうか。

神を愛しているのでしょうか。

神の役に立つ事をしているのでしょうか。

神という言葉を口にしても、その神とは何のことなのでしょう。

自分が信じている宗教等の神でしょうか。

様々な宗教の神、八百万の神、神と言っても人それぞれに思い描くものは違います。

自分が信じる神を崇め奉るのは悪いことではありませんが、崇め奉るから幸せをください、という下心は通用しません。

仏像等の前に座り、一心に願いを唱えても、叶う事はありません。

中には叶う事もありますが、無料(ただ)で叶えてもらっているわけではありません。

何かしらの代償を払っているのです。

なぜなら、往々にして人の願いは自分の私利私欲だからです。

稀に、自分ではなく誰かのために願う人もいます。

そういう場合、その人が真剣であれば、その真剣さを認められて、叶う場合もあります。

人は自分勝手に神のイメージを作り、願いが叶わなかった時や不都合が生じた時に、裏切られたと言うのです。

あなたが誰かに勝手にこういう人だとイメージを持たれて、それが違った時に「イメージと違う」と言われてどう思いますか。

「あなたが勝手にイメージしただけで、私は知らないわよ」と思いませんか。

同じ事を神に対してもしているのです。

もし、あなたのイメージする神が存在すると思いたいのなら、まずは自分がそのイメージする神になってみる事です。

万人を救うのが神だとイメージするのなら、あなた自身が万人を救ってみようと動いてみる事です。

もしそれが成功したのなら、きっとあなたの死後、あなたは神として称えられるでしょう。

それが一般的な神や仏の一つの姿なのです。

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『ヒント』
今日の言葉

人間の心は三つの部分、すなわち知力・理性・情熱に分けられる

知力と情熱は他の動物にも備わるも、理性は人間のみ…理性は不減なり

ピタゴラス


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人から相談事を受けたり、話を聞いていて、その人がなぜ不幸な境遇にあるのかとよくよく観察していくと、私ではなくても、原因の一部でも感じられる事があります。

本当に助かりたい、救って欲しいと思う人は、決して愚痴や言い訳は言いません。

他人の悪口を言ったり、他人のせいにしたり、自分がいかに悪くないかを熱弁する、その心が原因の一つなのです。

そういう心が更に不幸を呼び寄せているのです。

ところが、そう言っても聞き入れてもらえません。

聞く耳がないという事がいかに愚かな事なのか、それは未来のもっと辛く苦しい痛みをもって知ることになるのです。

周りに存在する聞く耳を持てず、いつも責任を誰かに転嫁し、自分の非を認められない人がどういう人生を送っているのか、いつも見せてもらっている自分があるのです。

人間がどうあるべきか、何を求められているのか、私たちはいつも他人を通してその答えを教えてもらっているのです。

それを一つ一つ教訓として自分に刻み、また自分の間違いを知り、こうやって書いているのです。

私も完璧ではありませんから、時に間違い、痛い思いをする事があるからこそ、「こう思うのは止めたほうがいい」とか「こうしない方がいい」と言えるのです。

私の経験した痛みを繰り返す必要はないのです。

人の話しの中にいつも生きるヒントや答えがあるからこそ、聞く耳だけは持っていた方が自分のためになるのです。

意地や見栄のために、わざわざ自分から火の中に飛び込むことはないのです。

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『覚悟』
今日の言葉

いい日は幾らでもある

手に入れるのが難しいのはいい人生だ

アニー・ディラード


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人は病気等で亡くならなくても、ある程度の年齢になると亡くなります。

人は言います、神というものが存在するのなら、なぜ人は死ななければならないのか、と。

人が亡くなる原因、その一つは因縁。

因縁により、病気等を発症するから亡くなるのです。(ただし全てが因縁ではない)

もう一つは、地球が生き物であるから。

私たち人間も、その肉体の内外で、細胞等は日々入れ替わります。

それと同じ現象が地球にも当てはまるのです。

形あるものはいずれ無に返る、それがこの世の仕組みなのですから、永遠の命を与えられないから神は存在しないというわけではありません。

また因縁というものも、神が与えるのではなく、人間が勝手に作っているのですから、それを神のせいにするのは筋違いです。

いずれにしても、人間には寿命があります。

それがいつ尽きるのか判りません。

ただ、誰もが思ってしまうのが、「いずれは死ぬだろうけれど、それは今日ではない」という事です。

そういう風に考えていなければ、死の恐怖で何もできないのかもしれません。

「今日死ぬかもしれない」と怯える必要はありませんが、「今日死んでも悔いはない」という覚悟、心構え、そしてそれに見合う行動が必要なのです。

誰でも死は怖いものです。

死の世界を知っている(魂は知っている)からこそ、死にたくないのです。

それでもいずれは死を迎えるのですから、それから逃げるのではなく、覚悟して毎日を悔いなきものにするしかないのです。

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『意志』
今日の言葉

おもしろき こともなき世を おもしろく

すみなしものは 心なりけり

高杉晋作


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肉体という器があります。

器だけでは何もできません。

そこに人間の意識があり、器を動かすことができます。

しかしそれだけでは人間ではありません。

確かに姿形は人間であり、自由に動き、言葉を発することはできます。

しかしそれでは他の動物と同じ、本能で生きるのみなのです。

そこに魂(意志)があるからこそ、人間なのです。

人間が生きるということは、そこに魂(意志)があるからこそ、他の動物と違うのです。

人間は、肉体、意識、そして魂、この三つで形成されているのです。

肉体は目に見えます - ゆえにあると認識できます。

意識と魂は目に見えません。

意識は見えずもあると認識しています。

ところが同じように見えない魂を「ある」と認識している人はどれほどいるのでしょうか。

認識しなければ、それはないと同じなのです。

魂とは何か、どんなものなのか。

言葉でいくら説明しても、理解できるものではありません。

意識と同じで、その実体はないのですから。

意識があると思うように、魂もあると思うしかないのです。

「ない」ものを「ある」と信じること、そうする事でしか、始まらないのです。

『自分らしく在りたいと思う答えが出てくるのです。』

他の動物にはない「魂」という存在を人間は与えられたわけですが、だからと言って人間が他の動物より上だということではありません。

そういう驕りがあるゆえに、自分で自分を苦しめる結果を導くのです。

なぜ人間にだけ魂があるのか。

それは神のみぞ知ることなのです。

理由はどうであれ、魂という存在を己の内に持つという事に対して、人間は何かしらのアクションを起こさなくてはなりません。

それが宿命とか運命とかいうものに従う人間のあるべき姿です。

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『自分のため』
今日の言葉

我々の信念は、常に燃え続ける灯火でなければならない

それは我らに光明を与えるだけでなく、周囲もを照らすのだ

マハトマ・ガンジー


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「自分のために生きろ」というと、大抵は自分の私利私欲のためにと捉えてしまいます。

それは大間違いです。

自分のためとは、損したとか得した、楽ができる、贅沢ができる、そういうものではなく、自分の中にある魂のためなのです。

ただ、そういうと宗教的だと思うでしょうし、また魂があるなんて信じられないと思うでしょう。

しかし、魂というものがあるからこそ、人間なのです。

それは仏像に手を合わせるとか、何かしらの宗教をするというものではなく、己の中にある「想い」を知り、それを表現する事なのです。

想いですから、形はありません。

あなたには心がありますよね。

それはあなたが「ある」と認識しているからあるのであり、それを「見せて」と言われても見せられるものではありません。

それと同じように、魂も「ある」と認識できるから「ある」のであり、「ない」と思えば「ない」のです。

ただ、「ない」と認識していても、中の魂が「ある」と人間に訴える事はあります。

人間が気づかない、知らないだけで、「ある」と発動を始めた魂を持つ人は多くいらっしゃいます。

様々なきっかけ(引越し、厄年、木を切る、仏壇を処分するなど)により、発動しているのです。

それが形となって、不幸が続くなど現実に表れているのです。

「自分(=魂)のために生きる」という事を促しているのです。

あなたは自分が何のために生まれてきたのか、と考えなければならないのです。
(考える必要がないと思えばそれもまた良し。良しとは、それでも許されるというわけではなく、強制できないという意味です。)

人間としてこの世に生まれたからには、逃げようのない宿題のようなものです。

一生を掛けてその問題に挑み、死を持って答え合わせとなります。


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『認識』
今日の言葉

自らの負けを潔く認めることが

次の勝利へとつながっていくのである

谷川浩司


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「いらっしゃいませ」
お店に入ると店員さんが声を掛けてくれます。

「ありがとうございました」
お店を出る時にまた店員さんが声を掛けてくれます。

たった一言ですが、この言葉に時に清々しさを感じる事があります。

言葉は自分の思いを伝える便利な手段なのですが、ただの手段ではありません。

そこに思いを込める事で、同じ言葉でも、全く違うものになるのです。


清々しさを感じるのは、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」という言葉に、出会えた喜びを込めているからなのです。

人はそれぞれに宿命を持っていると言いますが(正確には人の宿る魂が宿命を持つ)、その宿命が何であるのかはそれぞれに違っても、たった一つ、共通しているものがあるのです。

それは、生きている間だけ、他人と接触できるという事です。

どういう宿命を持とうと、生きている限りは、誰かに認識され、誰かを認識でき、存在を実感できるのです。

店員さんが、ただのお客さんに対して、その一瞬だけでも「出会えた」という喜びを感じ、それを言葉や表情、態度にのせる事ができれば、清々しさを感じるのです。

信じたくないかもしれませんが、人は亡くなれば、たった一人の世界になります。

「自分はここにいる」という感覚はあっても、自分以外の存在を認識することも出来なければ、他から自分を認識される事もないのです。
(時に存在を感じ、また感じられる事はあります)

孤独、それは亡くなれば嫌と言うほど味わえます。

生きている限りは、誰かに認識される、存在を認めてもらえるのです。

それがどれほど嬉しい事なのか、人はどこかで知っているのです。

知っているから、無視されるのがとてつもなく嫌なのです。

何も人のために生きろとは言いません。

ただ、「あなたに出会えて良かった」と思ってもらえる事ができるような自分というものを作って行く事ができれば、本望なのかもしれません。

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『こころ』
今日の言葉

人は誰でも種々様々な能力を持っているものなのに

どんなに優れた能力があるかを知らずにいる場合が多い

盛田昭夫

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人には心があります。

その心は、その時々の感情等により様々に色付けされています。

たとえば、怒りを覚えれば、心には怒りの色がつきます。

恨みを抱けば、心には恨みの色がつきます。

喜びや感動を覚えれば、心には喜びや感動の色がつくでしょう。

そしてその心には、魂が存在します。

心を住まいとする魂にとって、人間が心にどのような色付けをするのか、それは重要な事なのです。

あなたが「こういう家に住みたい」と思うように、魂にも「こういう心に住みたい」という願いがあります。

あなたが日の光も入らないようなごみ屋敷に住みたいと思うのなら別ですが、多くの人はたっぷりと日の光が入り、空気の澄んだ家の方が気持ち良いのではないでしょうか。

魂も同じように、恨みや怒り等により色付けされた心よりも、喜びや感動により色付けされた心の方が気持ち良いのです。

人はごみ屋敷のような場所を好んだとしても、魂はそうはいきません。

魂が自ら心を汚す事はないのですから、当然なのですけどね。

怒りや恨みを抱くのは人間に勝手なのですが、魂という存在を無視し、自分勝手に心を汚した責任は、いずれ、何かの形で取らなくてはならないのです。

それが運の悪さ、不都合、不幸として表れたとしても、人はそれを受け入れるしかないのです。

与えられたペナルティではなく、自らが導いたペナルティなのですから。

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『歩み』
今日の言葉

道近しといえども、行かざれば至らず

筍子


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人から受ける感動というものは、形のないものをその人が形に成した事により感じられるものです。

映画、劇、テレビ、本、歌、また人が何かをする姿、それぞれに行う者の思いが様々な形で表現され、人はその形から思いを受け取り、感動するのです。

形にする手段はそれぞれありますが、思いを形にするという点では皆同じです。

それ故に、人に感動を与える事は、実は特別な事ではなく、誰にでもできる事なのです。

ただ、その思いというものを自分が捉えられない、または捉えられたとしても表現できない(しようとしないのも含めて)というだけで、決して「できない」のではないのです。

自分の必要性、自分がこの世に生まれ、何の意味があったのか、それは死の間際に考えても遅いのです。

元気に動ける間に、その意味を自分なりに考え、「これかもしれない」というものに対して作り上げる努力をするしかないのです。

もちろん、それが必ずしも正解とは限りませんが、とにかく前へ進むしかありません。

正解ではなかったとしても、自分ができる限りの力で向かう事ができれば、納得もできます。

今すぐに答えを出そうとするから、何事も続かないのです。

自分の中に思い、それを捉えられないというのなら、まずは様々なものに尻込みせずに目を向けることです。

様々なものに触れ合っていく事で、感性も磨かれていきますし、また「これだ!」というものにも出会えるかもしれません。

「感動する」とか「これいいな」というものに出会っていく中で、その共通点のようなものを見つけるのもいいでしょうね。

自分の思い、欲望ではなく、純粋な自分の思い、それは魂の思いです。

人との出会いと同じように、まだ捉えられないのなら、自分から出会いの場に赴く事です。

そういう努力なしに、人から与えてもらおう、困った時だけ誰かに助けてもらおう、それでは駄目なのです。

あなたの心の足は動かないのですか。

誰かに背負ってもらわなければ、人生という道を歩めないのですか。

それならば、あなたは何のために生まれてきたのですか。

ただの人としてではなく、あなたという魂ある人間としての話です。

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『気付いて変わる』
今日の言葉

下足番を命じられたら日本一の下足番になってみろ

そうしたら誰も君を下足番にしておかぬ

小林一三


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人はたった一人で生きているわけではありません。

この世には様々な人が存在しています。

それ故に、全てが自分の思い通りにはなるとは限りません。

自分に思いがあるように、人にも思いがあります。

互いの思いが一致する時は良いでしょうが、一致する事の方が少ないものです。

その時、自分の思いが優先されないという思いがあれば、それはストレスとなります。

つまりは、自分の感情がストレスとなるのです。

腹が立つ事、それは人間社会に生きるのならば当たり前です。

自覚はなくても、人は皆わがままなのですから。

腹が立つ自分のその感情をどう処理していくのか、それがポイントになります。

人のわがままを見て、自分のわがままに気付く事です。

腹が立つ、それは自分が一番だ、正しいのだという自分のわがままなのです。

相手の気持ち、思いというものを認めていない自分があるのです。

自分に理解できない思いや行動を起こす人もいますが、逆に言えば、相手はあなたを理解できないと思っているかもしれませんよね。

人として付き合えないと思う人もいるでしょうが、それでも腹を立てて自分にストレスを与えてどうするのですか。

自分で自分を傷つけ、追い込み、生き難くしている事を知ると、腹も立たなくなりませんか。

自分が100%ではないのですから、相手に100%を求める事もありません。

自分の思いを通そうとするのなら、相手の思いを通さなければ、うまくいくはずがないのです。

まずは腹が立つことがあれば、それは自分の思いを通そうとしている事に気づいてください。

そしてそういう自分が自分自身を傷つけていると知ってください。

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『不安や心配』
今日の言葉

水が低いところに流れるて行くように

考えたことは実現するのが当たり前なんだけどわからないかなぁ

石井裕


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予防と心配は違います。

「もしも」と不安を感じる事があるのならば、それに対する対応を考えなくては、ただの心配になります。

心配をすると、心を傷つけます。

その結果、良くない出来事が起こったり、体調を崩したりします。

「やっぱり心配した通りだった」と思うかもしれませんが、それは心配が当たったのではなく、心配ばかりする自分が作り出したに過ぎないのです。

ふと不安を感じたり、心配するような事が過ったりする事があるでしょうが、それが予感なのか、ただの心配性なのか、それは判りません。

経験、知識等で先を予見している場合もあれば、第六感的に感じる(魂からの警告)場合もあるでしょうし、またはネガティブな考え方でありもしない心配をしているのかもしれません。

全てを無視する必要はありませんが、考えてもどうしようもない事は考えないようにするのがベストです。

よく聞くのですが「そろそろ親が亡くなった年に自分もなる。もしかしたら自分もその年で亡くなるのではないか」と不安を抱えている方がいます。

そういう家系であったとしても、そこに何か原因があるのなら解決するしかありませんし、何も原因がなく、ただ自分の思い込みで病気を作っている場合があるのです。

良くも悪くも、人間の思い込みというものが現実に形になるのです。

どうしても気になる、不安が拭えないのなら、それに対して追究するという行動が必要になります。

しかし、そこまではしないのです。

ただ、不安だ、心配だ、どうしようか、と思うだけで、何かそれを打破する行動をするかといえば、何一つしていないのですから、解決なんてできるはずもないのです。

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『視点』
今日の言葉

意識を一瞬でプラスにできるのが笑顔

笑顔はいま・ここで誰にでもできる最高の実践

(城田真吾)


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小さな視点を持つ事は決して間違いではありません。

しかし、小さな視点では捉えられない世界があるのです。

逆に大きな視点では捉えられない世界もあります。

小さくもあり大きくもあり、その時々に視点を変えていく事で、自分がどこにいて、どういう状況で、その先どっちに進めば最善なのかが見えてくるのです。

迷路というものがありますが、紙面上の迷路であれば、全体が見渡せます。

ゴールが見えている故に、そこに至るまでの道順は時間が掛かるとしても明確にわかります。

ところが、巨大な迷路ではどうでしょうか。

自分が動き、進んでみなければ、その先がどうなっているのか判りませんよね。

人生も同じように、人は小さな視点(この場合は経験や自分の欲等)で物事を見ようとしているために、全体像が明確ではなく、先が見えないのです。

先が見えないから人生は楽しい、確かにそういう一面もありますが、人生は永遠ではありません。

見ようとしなかった先に何があるのか、それがもし命さえも失いかねない危機だとしても、知らなければ何の対処もできないのです。

未来を予言する必要はありませんが、よくよく見ていると、事前に危険を察知している自分があったはずなのです。

あったはずなのですが、目先の事しか見ようとしていない故に、見逃しているのです。

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『力』
今日の言葉

自分を押し通そうとするその心から災いは生まれてくる

林羅山


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人間には常識というものがあります。

この常識は国や地域によって違いますし、個人個人でも全く同じではありません。

様々な常識があるのですが、時としてこの常識が自分らしさを消してしまう事があります。

自分の中に湧き出た想いを常識に照らし合わせて、結果、打ち消していくと、いずれは湧き出るものがなくなってしまうのです。

湧き出させているのは己の中に存在するもう一人の自分(魂)なのです。

時に、常識とはかけ離れた事を想うかもしれませんが、常識が全てではないのです。

もちろん湧き出る想いが全てとも言えませんが、注目すべきは「なぜ想いが湧き出てくるのか」という事なのです。

それがもう一人の自分(魂)が存在するという事なのです。

湧き出る想い、それが何かの役に立つとか立たないとかではなく、それが一つの繋がりなのです。

何でも言い当てるとか、予言とか、そういうものではなく、当たろうと当たるまいと、思った事を出していく(ただし、誰かを傷つけるような場合は言葉を選ぶ等の注意が必要)事が、繋がりを強くする訓練だと思ってください。

ただ、訓練を重ねて、言い当てる確率が高くなると、人はそれが「自分の力」だと思い始めます。

そこが落とし穴です。

人間は無力である事を忘れてはいけません。

多くの人が、この落とし穴にはまり、本筋から外れていくのです。

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『繰り返し』
今日の言葉

あなたは毎日が提供してくれる

無限の可能性をつかもうと思えばつかめるのです

いま置かれている状況の責任は自分で負って下さい

それが人生をまったく新たな眼で見るための第一歩であり

よりよい人生を送るための出発点になるのです

ロビン・シャーマ


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前世の記憶というものは、基本的に残ってはいません。

しかし、前世はこういう生き方をしたのではないか、と感じさせるものを人間は持っています。

それはなぜなのか。

以前から輪廻するのは魂だと書いていますが、故に「前世はこういう生き方をしたのではないか」と感じさせているのは、人間自身ではなく、魂にあるのです。

そして、魂は乗り物に似ているとも書いてきました。

魂は前世の記憶を丸々残しているのではなく、何らかのクセをそのまま引き継いでいるのです。

一枚の紙を折ると、それを元に戻しても折り目が残るようなものでしょう。

ですから、何度か輪廻した魂は、何本もの折り目があるのです。

それが得手不得手に関係してきたり、または前世と同じような人生を繰り返す原因の一つともなるのです。

ただ、人間にはそういう知識もなければ、意識もありません。

自分の思う人生を歩んでいると思っているのですが、中には強い折り目に促されるように前世と同じような人生を歩んでしまう事もあるのです。

もしこの話を信じ、また前世の人生を知り得たとしても、人はまた同じ人生を歩みます。

なぜなら、それを変えるほどの意志がないからです。

最初は頑張ろうと努力しても、その努力が長く続く事は少ないのです。

目に見えない世界についてですから、途中で疑問に思うかもしれませんし、そうなると努力を続ける事にさえ疑問を抱きます。

それ故に、何度輪廻しようとも、人間は前世を引きずったまま、同じような人生を送るのです。

それがどういう事なのか、その意味さえも知らないまま、一生は終わるのです。


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『柔軟さが必要です』
今日の言葉

人生とは

絵を描くということで

計算することではない

オリバー・ウェンデル・ホームズ


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不思議な出来事を信じられない、科学的な根拠のないものは嘘っぱちだ、と現実的な見方をする癖がある人は、不思議を味方にできません。

元々、この地球が存在し、また人間や他の生き物が存在できる環境であるという事自体が不思議ではないでしょうか。

それを科学的に全て証明できるでしょうか。

証明できなければ地球はなくなってしまうのでしょうか。

そんな事はありませんよね。

科学は不思議を追っているに過ぎません。

証明できなくても「あるものはある」のです。

病気になったとして、医学で治るものなら、それを活用するのが最善でしょう。

しかし、医学では太刀打ちできないものがあったとしたら、どうなるのでしょうか。

そのままこの世を去っていいのでしょうか。

それであなたは納得できるのでしょうか。

奇跡という不思議は、不思議を受け入れた人間にしか見ることはできません。

信じられない自分があるのに、何が力を貸すのでしょうか。

少しずつですが、時代はそういう目には見えない存在を求めています。

ただし、それがただの流行であっては意味がありません。

一時的な興味では、成長がないのです。

この世には不思議が溢れています。

良くも悪くも、「そんなバカな」と思うような事が平気で起こる世の中なのです。

その仕組みを知り、味方にできるかどうかなのです。


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『気付いていない事』
今日の言葉

生きる喜びは

私たちのまわりにあるのではなく

私たち自身の内面にある

オリソン・マーデン

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報われない努力や余計な努力、辛い思いや痛い思いをする根元は人間のワガママ。

己のワガママが形となって己に返っているのです。

相手もワガママ、自分もワガママ、それゆえに傷つけ合い憎しみ合いを繰り返していくのです。

相手がワガママだがら自分もワガママで良いのではなく、自分の中に譲る合いというものをどう取り入れるのかを考え、実行しなければならないのです。

生きている限り自分以外の全てのものをいかに認め受け入れていけるのか。

死して辛い事、それは自分の存在が消える事。

たとえ霊となってそこに存在しても誰も気づかない(気付く人もいますが)、見えない、聞こえないのです。

自分がここにいるのに係わり合いが持てないのが死。

だからこそ、生きている間にどれだけ自分以外の存在に気付けるのか、認められるのかという事に努めていかなかればならないのです。

人間は自分都合主義で考えるゆえに、認められないのです。

更には関わり合いを持ちたくない、一人がいい、誰とも話したくない、となっていく場合もあります。

そんな事は死んでから嫌と言うほど味わえるのです。

同じ時代に生まれて生きる人間、その全員が言わば運命の人であり、長い歴史の中で誰か一人欠けていても出会えなかった存在。

自分という存在も、自分以外の存在も、奇跡的な確率でこの世に生まれ、出会っているという事を自分が認識すれば、ワガママな自分がちっぽけな者に思いませんか。

みんなで手を繋いで仲良くしろとは言いません。

ただ自分という人間を大きくするには他を認めていく事が必要なのです。

人間は一人芝居をしているのではなく、自分以外の多くの脇役のいる舞台で自分が主人公として物語を作っているのです。

監督も演出も脚本も自分であり、脇役に「こうしろ」と言うのは簡単ですが、それに付き合いたいと思わせるだけの魅力が自分にあるかどうかなのです。


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『意志』
今日の言葉

常識破りの方法で記録を作った人が現れると

その選手の方法が新しい常識になる

その繰り返しです

為末大


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働かない、学校に行かない、そういう状況を魂の話だけで解決する事はできません。

中には、家に得体の知れないものが存在し、元気を奪っているなどのケースもありますが、たとえそういうものを排除しても、問題は本人の意志です。

つまり、「良くなりたいか?」という問いに「はい、良くなりたいです」と答えられない場合は、良くなりようがないのです。

人間は意志というものを出し、それを継続して持ち続けなければ、変わりようがないのです。

そして、その意志は、悲しいかな、脆いものなのです。

だからこそ、強くなれないのです。

今日の食事にも事欠くような生活なら、働かざるを得ないのですが、「働かない」と周りが心配して相談に来られても、働かなくても生きていられる状況があれば、働くはずがないのです。

勉強にしても、自分がなりたいものがわからない、何のために勉強するのかわからないのなら、学校に行きたくなるはずもなく、家で好きな事(娯楽)をしている方が楽しいでしょう。

要は、人間関係、親子関係の問題になってくるのです。

それを魂にどうにかして欲しいと考えるのは、ちょっと違うのではないでしょうか。

魂は確かに私たち人間の生命の源、元気の源ではありますが、その一方で、意志とも言えるのです。

ですから、その意志がなければ、魂がないのと同じ、元気なんて出るはずもないのかもしれませんね。

逆にいえば、意志を持ち、その意志を継続させていく努力があれば、あっという間に元気になる事も可能なのです。

そういう例も何件がありました。

良くなった本人達も、なぜだか判らないようでしたが、一人でも笑顔になればそれで良し!

理由をもっと知りたければ、学べば良し!

世の中、不思議で溢れているのですから、今の状況を嘆かず、変化していけばいいのです。

意志、あなたにはありますか?

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『捉え方』
今日の言葉

人から忠告を受けたら

彼のなかに天の声、天の意志があると思いなさい

ジョセフ・マーフィー


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人は心を晒して生きています。

心を晒すとは、人の人生、姿形、そういう人間の全てに心が反映されているという事です。

故に、人生を豊かにしたいと思うのならば、まずは心を豊かにしていかなくてはならないのです。

心を豊かにするためには、考え方を改めなければならない部分があります。

よく書く、プラス思考とかマイナス思考、これが判りやすいかと思います。

多くの人がマイナス思考です。

ついつい悪い事を考えてしまう癖がついているのです。

そして悪い事を思えば、それはかなりの確率で現実となってしまいます。

思いは形になる、それを悪い方にばかり実行しているのです。

プラス思考の自分を作る努力をしなければならないのですが、良い事と言っても、何もせずに利益を得ようとする事ぐらいしか思いつかないのです。

そういう思いは形になり難いのです。

なぜなら、人の考える「良い事」と神の考える「良い事」にギャップがあるからです。

たとえば、あなたが重大な病に倒れたとします。

その時、あなたはどう考えるでしょうか。

何で自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか、悪い事なんてしていないのにどうして、そんな風に考えるでしょうか。

それとも、あぁ命があって良かった、自分は何か間違っていたのだ、どこかその間違いを探して修正するように言われているのだ、それを探して自分を正そう、そんな風に考えるでしょうか。

前者の考え方では病は進行する一方でしょう。

かといって、後者の考え方ができるでしょうか。

難しいかもしれませんが、後者のような考え方が心を豊かにしていくのです。

困難な事に遭遇したとしても、それで全てが終わるのではなく、それを自分の生き方や考え方を見直すきっかけと捉える事ができれば、自然と未来は開けていくのです。

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『知らない真実』
今日の言葉

「今のあなたの在り方」にふさわしいものが

あなたに引き寄せられる

石井裕之


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今までも何例かあったのですが、お墓の上にお墓が建っていたというケースがあります。

もちろん、お寺等では、何十年か過ぎれば大丈夫だ、またはちゃんとお祓いをしている等の言い分や対処はあるでしょう。

しかし、何十年過ぎようと、そこに霊が存在するとするならば、人間の都合に合わせて消える事はありません

また次に影響がないようにお祓いができているか、一般の人には判りようもありません。

お墓の購入を考える際には、以前そこにお墓がなかったかどうかを調べておく事です。

そうではなければ、お墓の上にお墓を建てた場合には、非常に怖く、悲惨な事が起こる可能性が高くなります。

お墓にまつわる話はよくあるのですが、お墓の上にお墓も怖いですが、お墓の移動も実は怖いのです。

近場に建てた方がお参りに行き易い、手入れも行き届く、様々な理由でお墓を移動させるのでしょうが、余程力のある方が移動に携わらない限り、後々悲惨な出来事が起こるのです。

「寝た子を起こす」という言葉がありますが、正にその通り。

出来ることなら、お墓の移動はしない事ですね。

人間は、霊に対しても、お墓に対しても、人間的な理解しかありません。

そこには人間の願望も含まれます。

たとえば、新しいお墓に喜んでくれるという願望です。

一般的には知られていませんし、また信じたくない話でしょうが、実際には人間の考えるようなものではないのです。

知りたくない、判りたくないと言う気持ちも判りますが、避けられる不幸や不都合、その道があるのなら、選んでみてはいかがかと思います。

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『ヒトリゴト』
今日の言葉

絶望のどん底にいると想像し、泣き言を言って絶望しているのは

自分の成功を妨げ、そのうえ、心の平安を乱すばかりだ

野口英世


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不幸や不都合が避けられるとするなら、多くの人が避けたいと願うものでしょう。

しかし、実際には、避けられるとしても、人間はその重い腰を上げる事は少ないのです。

果たしてその術が正しいのかわからない、故に自分で何かをする事まではしないのでしょう。

「こうした方がいいですよ」という言葉を素直には受け止められない場合もあるでしょう。

様々な差し障りがあるのでしょうが、それらは全て「自分」だから発生するものです。

そしてまた、そういう「自分」だから不幸や不都合を避けるどころか、逆に招いている場合もあるのです。

いつも書いていますが、人間の基本条件「素直さ・謙虚さ・感謝」と五訓「驕らず・怒らず・怠らず・優しく・美しく」というものが身についているのならば、大きな不幸や不都合はそうそう降りかかってくるものではありません。

もちろん、中には、家系の因縁というもので、代々不幸や不都合に見舞われる人もいますが、それでも上記の基本条件と五訓を意識した生活があるならば、致命的な出来事は避けられる可能性が高くなります。

果たしてこれらを実行して本当に不幸や不都合が避けられるのか、と疑問に思うのならば、実行する必要はありません。

こんな事で避けられるのなら簡単だと思うかもしれませんが、ほとんどの方が全く身についてはいないのです。

やってみて判るのですが、人間は今まで生きてきた中で染み付いたクセや培ってきた性格、感情というものがあります。

どうしても、そういうものが先に出てしまう故に、日々意識していなければ、基本条件も五訓も急に出せるものではないのです。

何度もここで書いてきましたが、何度書いても人は忘れます。

特に「文字」という形でしか触れ合えませんから、心にまでは届かないのです。

それでも、何度も何度も同じ事を読んでいるうちに、少しずつでも浸透していくのではないか、という淡い期待を抱いているのです。

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『明けない夜』
今日の言葉

動物は走り方を変えることが出来ない

鳥は飛び方を変えることは出来ない

でも人間は生き方を変えることができる

日野原重明


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明けない夜はない。

確かに明けない夜はありません。

夜が来れば、いずれは朝となる、これが自然です。

ところが、人間にそれが当てはまるかと言えば、全ての人に対しては当てはまりません。

なぜなら、人間は自然というものの中に流れる「気」というものを忘れているからです。

自然の流れというものから弾かれてしまっているのですから、そこに自然のルールを当てはめても、必ずしも流れにのるとは限りません。

明けない夜、これは非常に怖いものでしょう。

どんなに頑張っても、人間の力で夜にしたり、朝にしたりはできないのと同じで、人生に明けない夜が訪れたとしても、人間の力だけでは決して朝にする事はできないのです。

確かに、人間の努力で朝に近づくところまではいけるかもしれませんが、最後の一押しがないのです。

人間は無力なのだと知らなければならないのです。

私たち人間には「魂」という名のもう一人の自分の存在があるのです。

それを知らず、認めず、人間の力だけでも夜明けを目指しても、どうしても足りないのです。

だからといって、努力する事が無駄とは言いません。

魂を知ったとしても、人間が歩まなければ、朝は来ないのですから。

今、自分の人生を「明けない夜」だと感じているのならば、朝を目指して歩む事だけは止めないでください。

歩み続けながら、学んで欲しいのです。

魂、つまりは生命について、学んでください。

私からではなくても、見回せば、周りに多くのヒントが溢れています。

輝いている人がいれば、話を聞いてください。

「聞いてやろう」なんて傲慢な気持ちではなく、「教えてください」と乞うのですよ。

暖かな太陽の下に、体だけを出すのではなく、心を出すのです。

そうしなければ、一生を夜のまま終えてしまいます。

人間、この世に存在できるチャンスは一回きり。

生まれ変わって…などと考えないでください。

人間は輪廻できないのですから。(輪廻するのは魂だけ)


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