美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『流れ』
今日の言葉

成長を望むなら好奇心旺盛な子どものように学ぶこと

子どもは「不思議に思うこと」を知っている

アンソニー・ロビンス


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自然界には、リズムや大きな流れがあります。

人間はその中に生きています。


水の流れ、空気の流れ、気の流れ、風の流れなどに沿っているのか、それとも逆らっているのか、そこを考えてみると、逆らえば何かしらの影響があるのがうかがえます。

逆らうとは、人間の驕りです。

人間が神の中にあるという事を忘れたような言動・思いになれば、「お前の力でどうにかしてみなさい」という方向に追い込まれるのです。

家を建てるために水の流れを堰き止めれば、そこは淀むのです。

淀んだ所には様々なものが溜まるのです。

それがゴミなら目に見えるでしょうが、目に見えない何かが溜まったとしても、人間は判らないのです。

判らなくても影響はあります。

しかし人間にそれをどうにかする力はないのです。

私利私欲だけを満たそうとする故に、文明の進化はあっても、精神の進歩はないのです。

むしろ後退する一方なのです。

今更便利な生活を捨てろと言っても捨てられるものではありませんが、その中でも精神の進歩は可能なのです。

まずは知る事です。

自分の知らない事を人から聞いて、それを自分の一部にするのです。

そうやって大きくなっていくのです。

聞けない人間は、聞ける人間には勝てないのです。

判らないことを「教えてください」と言えるだけの素直さと謙虚さを出しなさいと言うのです。

恥ずかしさは一瞬です。

知らなかった事での罪は一生、そして次の世代にも受け継がれるのです。

真実への扉は・・・本家にある
☆本家にて「相性占い」「宿命占い」のコーナーを新設☆

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『救い』
今日の言葉

自分の誤ちを認めることほど難しいものはない

事態を解決に導くには

素直に自分の落ち度を認めるのが何よりである

ベンジャミン・ディズレーリ


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「救われる」と聞けば、人は現世利益的な事と捉えがちです。

しかし、救われるとは人間の生活が豊かになることではありません。

宗教の中には神の救いによってあたかも現世利益を得ることができるように教えていますが、神から見れば人間の生活の豊かさがいかなるものかなど何ら関与しないものなのです。

宗教が信仰であったとしても、信仰は宗教ではありません。

信仰には形は必要ないのです。

人間は信仰がある故に生かされてきたのです。

真実を知ることによって、救われるのです。

その「救われる」とは、生活が豊かになるとか有名になれるとか地位や名誉を得ることができるなどの現実ではなく、心の巣食う不安の闇が消えるということです。

真実とは、自分の中にもう一人の自分(魂)があるということです。

それを知り、認めようとしていく内に心の巣食う不安の闇が少しずつ消えていくのです。

そういう不安の闇は誰もが持っています。

故にその不安から逃げるために誰かの側にいたいと外へ向けて何かしがみつく存在を求めるのです。

しかし外に求めたとしても決して満たされることはありません。

人間はもう一人の自分(魂)を知ることでしか、その不安から逃れることはできないのです。

もう一人の自分(魂)を知ったとして、現実的な不安(お金等)は当然ありますが、それでも「何とかなる(できる)」と明るく笑えるのです。

そこが知った者と知らない者の差なのです。

しかし知った者にしかその差を感じることができない故に、知らない者、知ろうとしない者にとっては信じられない事なのかもしれません。

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『他人から学べる事』
今日の言葉

現在というものは、過去のすべての生きた集大成である

トーマス・カーライル


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右か左か、確率的には正しいものを選ぶ確率は50%です。

しかし、それを選ぶ基準が、自分の利益なら、50%‐50%ではなくなるのです。

状況に応じて、40%、30%…と確率が低くなっていきます。

利益を得る、これは悪いことではありませんが、必要以上を求めるのなら、その分を自分が補わなければならないのです。

買い物でも、100円しかないのに200円の物は買えません。

買おうと思えば、安く売っているところを探し、そこに赴くしかありませんよね。

100円分を得したければ、やはり自分の努力で補うしかないのです。

人は欲のために生きていますが、魂はそれでは手助けできません。

欲は人間でどうにかしなければならない領域です。

それを魂にまたは神仏にどうにかしてもらおうとする心が自分を追い込むのです。

あなたの心をこの世のルールに照らし合わせ、その結果を魂が運ぶ、それが幸、不幸なのです。

運が悪い、その運の悪さの元は自分の心にあるのです。

運が悪いなぁ、と言うのは、自分の心が間違っているなぁ、と言っているようなものなのです。

人が考えるような「間違い」ではなく、この世のルールに照らし合わせた場合の「間違い」故に、人は気付かないのです。

人とこの世のルールに共通するものもあれば、全く違うものもあります。

大抵は周りの人を見ていると、「こういう風な人はこうなる」というものをいつも示してもらっているのです。

この世のルールなんて知らない、と思うでしょうが、いつも目の当たりにしているのですよ。

知らないのではなく、見ようとしていないのです。


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『まずは』
今日の言葉

そもそも先のことなんかだれにも分からないんです

どうなるか分からないけどまずやってみよう

そういう気持ちが苦境を切り抜けるパワーを与えてくれる

養老孟司


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自分の事は好きですか?

こんな自分になりたいという目標は夢はありますか?

自分の事が嫌いだ、こんな自分は生きていても意味がない、そういう風に思っている人が多くなりました。

どんな自分になりたいのかと問うても、そこに目標や夢もありません。

自分というものを他人から「こうなんだよ」と教えてもらいたい、形付けてもらいたいと言います。

それは簡単な事ですし、自分にとっては楽な事です。

人に決められた事は、できなくてもその人に「許して」もらえる可能性があります。

それでも元気に明るく生きていくきっかけになるのであれば、それはそれで構わない事です。

しかしそれはあくまでも「きっかけ」であり、そこから自分で目標や夢を持ち、自分の足で人生を歩んでいかなければなりません。

そのためにも、自分という人間を大きくしていかなくてはなりません。

知りたい、見たい、こうなりたい、探究心を持つ事です。

自分という存在を、自分だけでも信じて大切にしなければなりません。

何か一つでも、これをしたいと決めたものがあるのならば、他人に何を言われようとも(迷惑を掛けない範囲での事)、やり抜くだけの自分を造っていくのです。

「私はそんなに強くない」という言葉は、ただの言い訳、逃げでしかありません。

誰もが大きな自分になるために、強い自分になるために、努力や我慢をしているのです。

朝、目が覚めたら大きく強い自分になっていた、何てことはないのです。


日々の努力や我慢の積み重ねが、少しずつ自分を大きくしているのです。

そして何よりも大切な事が、己の内に存在する『魂』を認め、受け入れ、信じていく事です。

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『我が足で歩む』
今日の言葉

不幸というものは

耐える力が弱いと見ると

そこに重くのしかかる

ウィリアム・シェイクスピア


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人間は、認めて欲しい・受け入れて欲しい・愛して欲しい等、「欲しがり」な生き物なのです。

人を騙そうとする人などは、そういう心理を知っている故に、上手に相手の欲している状況を与えるのです。

自分が「欲しがり」なのだと知っていない故に、つい与えられた状況に釣られてしまうのでしょう。

人間は欲しいと言う(思う)割に、自分はどうかと言えば、認めない・受け入れない・愛さない部分がある所を知らなければなりません。

自分ができていない事を誰かに求めても得ることはできないのです。

得る事があるとしたら、相手が非常によく出来た方か、詐欺師なのかもしれませんね。

自分が「欲しがり」なのに自分は何も与えない、それを知らず(気付かず)に、こうして欲しい、ああして欲しいと言う(思う)のは勝手ですが、そうやってくすぶって生きていても時は過ぎているのです。

人間には寿命という限られた時間しかないのですから。

大きく羽ばたけるチャンスも環境も人間にはすでにあるのです。

ないのは己の意志と行動だけなのです


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『自分の価値』
今日の言葉

どうしても譲れないものがあるんだったらとことん悩め

ただ、絶対に立ち止まって考えてはいけない

決して歩みを止めることなく悩み続けろ

塚本こなみ


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どういう自分が認められる自分なのか、考えた事があるでしょうか。

他人のために、というだけではなく、自分の価値観というものを自分が知っているのか、またそれを磨いているのか。

人にとって都合の良い人であるだけではなく、そこに自分の価値観を加える事で、一目置かれる存在になれるのです。

認められる自分とは、何もしないのに出来上がるものではありません。

言われた事だけしかしない、できない、それではただの都合の良い人で終ります。

ところが、そこに頼んだ相手を「おっ」と思わせるだけの「何か」を加える事で、「こいつは凄いな」と思わせる事ができる自分が出来上がるのです。

それは技術だけではありません。

人には心があります。

その心に響くものを作っていかなければ、技術だけなら代わりはいくらでもいるのです。

たとえば、職人さんなどは技術の世界ですが、腕がいいだけでは人は寄ってきません。

どんなに良いものを作っても、そこに相手がいるのに人の話を聞かない、自分の都合だけで仕事を進めるようでは、代わりになる人がいれば人は離れていきます。

何か加えるのか、それは人それぞれに違います。

違って当たり前なのですが、それでも最初は「いいな」と思った人の物真似でも構いません。

物真似をする芸人さんを見ていても、ただ似ているだけでは人気は出ません。

そこに徐々に自分にしか表現できないものを加えていく事で、ただの物真似ではなく、一つの芸となるのです。

何気ない日常の言動一つ一つの中で、何か一つでも「価値ある自分」を作るために挑戦してみてはどうでしょうか。


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『溢れる生命』
今日の言葉

信念は人を強くする

疑いは活力を麻痺させる

信念は力である

(フレデリック・ロバートソン)


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人は弱い生き物です。

不幸は避けていきたいと願うものです。

そういう不安を何とかするために、様々な物を作り出しました。

それらは人間が生きてきた証でもあります。

ただし、そういうものが本当に不安を解消するかと言えば、実際には大きな効果はありません。

占い、大安や仏滅等を信じること、それはそれ以外に信じるものがないからです。

信じるものを知らない故に、代わりになるものを人間が作ってきたのです。

しかし、それは人間の力の域を出るものではありません。

一時の安心はあるとしても、何ら解決できるものではないのです。

私たちには信じるものがある、それが魂なのです。

私たちが生きている、その生命は、他から与えられるのでしょうか。

生命を保つために食事をしても、生きているからこそ食べるのであって、生命のない肉体は食事はできません。

私たちの中にある生命は日々、一秒一秒、溢れているのです。

それが魂なのです。

それを知らない事が、不安の根底にあるのです。

人間の作った代わりのもので、その不安が解消するはずもないのですが、魂が目には見えない故に、信じられないのです。


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『意味』
今日の言葉

成功した人間になろうとするな

価値のある人間を目指しなさい

アルバート・アインシュタイン


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人間にだけ「魂」というものが内在しています。

それ故に、人間だけが「かみさま(この世を創造した存在)」を認識できるのです。

認識できる能力があるにも関わらず、私たち人間の大半はそれを使っていません。

様々な宗教がありますが、そこで言われる神や仏は、人間の作ったものです。

もちろん、だから宗教に意味はないとは言いません。

ただし、人間の作った神仏と「かみさま」は違うのです。

人間の作った神仏の奥には人間が存在します。

そして、人間の奥には魂が存在します。

更に、魂の奥には「かみさま」が存在します。

ですから、人間の作った神仏の奥まで掴んでいくならば、「かみさま」にたどり着くのです。

しかし、私たち人間がそこまでたどり着くでしょうか。

何かご利益を求めて神仏に接しているだけでは、決してたどり着く事はありません。

人間の作った神仏、それは人間の理想、ある人間が「人間はこうあるべきだ」と考えた理想なのです。

求める心、それを判り易く形にしたものです。

それに対して、願う、頼む、縋る…。

願って、頼んで、縋って、何か聞いてもらえると思いますか。

神仏に触れて、気になるとか、感動したとするのならば、その神仏の表現する心をあなたが表現していく事なのです。

様々な時代を経て、神仏=願いを叶えてくれる存在となってしまったのでしょう。

それは仕方のない事かもしれませんし、宗教で安息を感じる人もいるのですから、それは必要な事かもしれません。

ただし、真実や真理を求めるのならば、既存の概念を捨てるしかないのです。

信じたくない、そんなはずはない、と思うのならば、真実や真理を求めない事です。

真実や真理が人間に合わせるのではなく、人間が真実や真理を知り、それに沿っていくしかないのです。

その覚悟がある者だけが、求めていく - それで良いのです。

そして、その覚悟がある者にだけ、ここは意味あるものとなるのでしょう。

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『未来』
今日の言葉

変化への第一歩は

変化しようという意志を持つことです

マザー・テレサ


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人間の基本条件、それは「素直・謙虚・感謝」です。

しかし、人間には感情があります。

時に、人間は感情に支配されます。

その結果がどうなるのか、それは支配された感情がどういうものかによります。

たとえばあなたが他人を不快にさせるような感情表現をしたとすると、その一瞬で結果(つまりは未来)は変わります。

手に入る事が99%確実だったものが、自分の感情表現一つで手に入らなくなる事があるのです。

それが真理です。


99%確実でも、残りの1%は人の思いもよらないものが影響するのです。

気を抜くとか、詰めが甘いなどの言葉がありますが、それが残りの1%に近いものがあります。

スポーツなどで、代表に選ばれるかどうか、という場面で、「この人が落ちるとは…」という事がよくあります。

その原因は、様々あるでしょうが、時に「素直・謙虚・感謝」を欠いた事が原因となる事もあるのです。

「私が選ばれないわけがない」という気持ちが一瞬でも浮かべば、それは「謙虚」を欠いた事になります。

実際、落選した選手の方のインタビューなどを観ていて、そういう気持ちを持っていたということも聞きます。

人は、そこに戦う相手がいる場合、ついつい敵は相手という人間だけと思いますが、実際には、戦うべき相手は自分自身なのです。

「勝ちたい」という気持ちは当然大切ですが、「勝つに決まっている」と勝手に結果を決め、高をくくった時、すでに負けが決まっているのです。

これは日常生活でも同じです。

未来という結果を決めているのは、今の自分のあり様なのです。

感情に支配された瞬間、物事は思いもよらない方向へ流れ始めるのです。

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『覚悟』
今日の言葉

不安は人生を蝕む錆であり

その輝きを破壊し力を弱める

(トライオン・エドワーズ)


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人の思いと行動は必ずしも一致するとは限りません。

「こうしたらいい」と思うことがあっても、そうするための決断と行動が伴わない場合があるのです。

そして物事を傍観し、結果が良ければ「やっぱりそうだと思った」と言うのですが、思うだけでは自分の手にする事はできないのです。

人は不安を持っています。

もしかしたら…うまくいかないかもしれない、バカにされるかもしれないと未来・結果に不安があるのです。

しかし、やってみなければうまくいくのか、いかないのかは判りません。

「思いは形になる」と言っても、それはその思いを形にしようとする自分がなければ、座って願うだけではいつまで経っても形にはなりません。

消極的な考え方(うまくいくだろうか等)では自分を萎縮させてしまいます。

結果がどうであろうと、自分が「こうしたらいい」と思うことがあれば、行動あるのみです。

それが自分を活かす事になるのです。

最初は失敗する事もあるでしょうが、それで諦めてはいけません。

なぜ失敗したのか、どこが間違っていたのか、やり方だけではなく、自分の心のあり方(半信半疑だったのではないか、嫌々したのではないか、高をくくっていたのではないか等)を見つめ直し、試行錯誤しながら一歩一歩前へ歩くのです。

生きていれば、誰にでもうまくいかない事はあります。

成功した人としなかった人の差は、諦めなかったか諦めてしまったか、だたそれだけなのです。

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『一体』
今日の言葉

未来に前例はない

迷ったら新しい道を選べ

山本寛斎


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自分は何のために生まれたのだろうか

自分はこの世に存在する価値があるのだろうか


そう思い悩む事は決して自分がおかしい訳ではなく、心が病んでいるのでもなく、当然の事なのです。

なぜなら、人間は意味あって生まれ、その意味を知り、それを果たしていく義務があるのですから、それを知ろうとする事やその途中で判らなくなって迷う事もあるのです。

危険なのは、自分がこの世に存在する価値がないと決めてしまう事です。

決して価値のない人間はいないのですが、一人で思い悩む中で、そういう風に追い込まれてしまう事があります。

一旦追い込まれてしまうと、悪い方にばかり考え、また悪い方にばかり流されてしまいます。

なぜそうなるのか。

それは自分で自分の存在を否定しているからなのです。

そうなった場合には、時に優しく、時に厳しく、本人を安心させながら、やる気を引き出すことが重要になります。

その為には要領や技術も必要ではありますが、一番大切なのは「魂ある故に人間なのだ」という事です。

人は一人で生まれ、一人で死んでいきますが、その間ずっと一緒にいるのが「魂」というもう一人の自分なのです。

人は、魂と自分で一つであり、自分が自分の存在を否定するなら、もう一人の自分である魂はどう感じるでしょうか。

喜ぶでしょうか?

そんな事はありませんよね。

「否定しないで」と言いたくなるのではないでしょうか。

だからこそ、より悪い方に流されていくのです。

罰といえば言葉が悪いかもしれませんが、魂を知らず、人間の自分だけの勝手な思い込みで体や心を汚すという罪を犯している事に対する警告なのです。

人間が魂の方に顔を向けるだけで、魂は喜び、状況は大きく変わるのです。

そして変わってからはまた人間の努力です。


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『宿命と運命』
今日の言葉

努力した者が全て報われるとは限らない

しかし、成功した者は皆すべからく努力している

森川ジョージ


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あなたの行くべき道、それが宿命。

あなたが歩んでいる道、それが運命。


宿命と運命は常に同一とは限りません。

同一でなければならないのですが、人には欲があります。

それ故に、宿命に沿えない運命を選んでいきます。

それがどういう結末を迎えるのか、そこまで考える事は少ないのです。

果たしてそれで良いのかといえば、人間としてはそれでもいいでしょう。

しかし、人間がこの世に放たれた意味合いからすると…良いとは言えません。

本来、「こう生きて欲しい」というのが宿命なのだから、それに従っていかなければならないのです。

そして、従っていく事に対するご褒美などはないのです。

宿命に従うからご褒美が欲しいと思うのは、人間の欲。

では、何のために宿命に沿わなければならないのでしょうか。

それは、宿命に沿う事が人間に与えられた役割だからです。

「こう生きて欲しい」という宿題を果たすか、果たさないかは自由。

果たそうと、果たすまいと、その結果(責任)は己にあるのですから。

宿命を捉えるには、魂を認め、感性を極めていく事です。

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『一生』
今日の言葉

この世に生まれたからには、己の命を使い切らんといかん

使い切って・・・生涯を終えるがじゃ

坂本龍馬


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0歳だろうと100歳だろうと、病気だろうと健康だろうと、明日の命を保障されている人はいません。

これは誰もが頭では知っていることですが、それを実感することはありません。

あるとするなら、突然の事故や病気により生命を脅かされた時ではないでしょうか。

しかし、そのような状況になって初めて生命の大切さを実感したとして、果たして間に合うでしょうか。

もう一人の自分(魂)がその宿る人間に対しての警告として、そのような状況を招くことがありますが、それが何度目なのか、それによっては間に合わないことがあります。

もちろん一度目だとしても、間に合わないことはありますし、何度も経験しても復活できることもあります。

その違いはその人を見ていくことでしか判りませんが、生命を脅かされて気づく前に、何事もない日常の中で生命の大切さに気づき、それを意識した生活が送ることができるのであれば、わざわざ恐怖を味わうことはないのです。

一日、一日を自分でどう消化していくのかをもう一人の自分(魂)は見ているのです。

不平不満はあるでしょうが、次の朝も生きて迎えられるかどうか判らないとするのならば、不平不満だけに注目するのではなく、もっと何か前向きな生き方ができるのではないでしょうか。

誰もが今日までの寿命の可能性があるのです。

ただ、そう思うと恐怖に押しつぶされそうだから、見て見ないフリをしているのです。

恐怖を感じる事も大切であり、またその恐怖を知った後には、自分が今日できる事をやり遂げる前向きな意志を持つことです。

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『真実・真理』
今日の言葉

何事も明日、明日と延ばしておく時は、千日たっても用は弁せず

事を成さんには片っ端よりなすべし

石川理紀之助


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生まれた意味や生きる意味などを考える事無く生きていく人もいれば、逆に考えて考えて悩んでいる人もいます。

人間として生まれたからには、考えるとか考えないではなく、知らなければならない事はあるのです。

とはいえ、考えたくない人にそれを強制する事はありません。

人間が人間に強制する事はないのですが、それぞれに宿る魂は違います。

どんなに人間が考えたくないと思っても、魂が知って欲しいと強く願えば、考えざるを得ない状況に追い込まれる事はあります。

「なぜ?どうして?」と言いたくなる状況に置く事で、考えさせよう、気付かせようとしているのです。

しかし、そういう状況にあっても、考え、気付こうとする者は少ないのです。

表面的な原因にだけ目を向けて、その奥に潜む真の原因には目も向けません。

表面的な原因ならば、他人や世間に責任転嫁できるかもしれませんし、また自分が悪いとしても、やり方が悪かったとか、準備が足りなかったなどの言い訳ができます。

ところが真の原因、それは自分に100%の原因があり、またそれに対する言い訳もできないのです。

真の原因、それは真実や真理を知らなかったという事なのです。

「知らなかった」では済まされない、「知らなかった」という事さえも罪な事だったのです。

真実や真理に目を向ける前に、100%自分が悪い、言い訳もできないという状況を受け入れられないのです。

自分が間違っていた、と認めるだけの潔さがないのです。

多くの人が、人間の作った真実や真理しか知らないのです。

そしていつの間にかそれが染み付いているのです。

実際の真実や真理が、今まで染み付いたものと違うのですから、戸惑いもあるでしょうし、受け入れがたいかもしれません。

しかし、人間が作った真実や真理が未来を形成するのではないのです。

人間には明日を作る事も自然を作る事もできないのですから、未来を形成するのは本当の真実や真理なのです。


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『表裏』
今日の言葉

人生は広くもなれば、狭くもなる

それは、人生から何を得るかではなく

人生に何をそそぎ込むかにかかっている

ルーシー・モード・モンゴメリ


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人間は思い込みにより良くも悪くも左右されます。

マイナスの思い込みにより、なってもいない病気になった気がして、それが結果的には病気を生み出す、そんな事はごく当たり前に起こっています。

逆に、自分は必ずできる、というようなプラスの思い込み、それに行動が伴えば、自分の持てる力以上の力を発揮する事もあります。

どう思うのか、それにより全く違ってくるのです。

悪い事を考える、悪い事しか思い浮かばない、そういう不安の根源を知り(現実は別として漠然とした不安は魂が発する)、笑顔を絶やさない努力があれば、その笑顔が自然と不安を払拭していきます。

考え方、捉え方、様々ありますが、それが大きく人生に影響をしていく事をどれほど認識しているでしょうか。

たった一つの考え方、捉え方の違いで、大きく人生が変わる事になるのです。

誰だって自分の人生を悪い方に向かわせようとはしたくないものでしょうが、そのために何をすべきか、何が悪い方へ向かわせるのかを考える事はあるでしょうか。

些細な捉え違い、考え違いで、良くも悪くも変わるものであるのなら、その些細な部分を少し修正するだけで驚くほどに人生が楽しくもなり、また逆に辛く苦しくもなるのです。

だからこそ、人生はどん底だろうと這い上がる事ができ、また成功の頂点に居ようと転落する事もあるのです。

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『心の内にある』
今日の言葉

叱ってくれる人がいなくなったら、探してでも見つけなさい

永六輔


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自分探し、というものが一時流行っていました。

今でも、自分探しをしている人は多いのかもしれません。

私の元を訪れた方の中にも、自分探しの旅に出た方もいらっしゃいます。

それで、結局探していた自分を見つける事ができる人はどれくらいいるのでしょうか。

世界各地へ旅をしたり、様々な職に携わったり、その中には後の自分のためになる経験もあるかもしれません。

しかし、探している自分とは何なのでしょうか。

それはどこか遠い場所にしか存在しないのでしょうか。

そもそも、探している自分とはどんな自分なのでしょうか。

またどんな自分なら納得するのでしょうか。

確かに、私たち人間には、気付いていない自分の本質というものがあります。

しかし、それはどこか遠くに存在しているわけではなく、最初から私たちの中にあるのです。

それが魂なのですが、魂と言われても理解できないだけです。

様々な事に挑戦したり、経験する中で、「私はこれに感動した」とか「私はこういう生き様がしたい」と感じるものがあるかもしれません。

つまり、探している自分とは、そういう風に「自分はこれをするために生まれてきた、そして生きていく」と感じられる自分なのです。

ですから、そういう自分は「探す」というよりも、「気付き、育む」というものなのです。

「気付く」ために、様々な場所に旅をし、様々な人に出会い、様々な事を知るのならいいのですが、人は「与えられる」のを待っているのです。

それでは一生掛っても「気付く」ことはありません。

しかも、自分の本質が必ずしも強烈な印象を与えるものとは限りません。

ほのかに「こうしたい」という思いかもしれないのです。

ですから、それを育んでいかなければならないのですが、ほのかな思いを自分の本質だと納得できるでしょうか。

結局は強烈な印象を与えてくれるものしか、人は納得できないのです。

その結果、決して自分の本質に気付く事はないまま、一生を終えてしまうのです。

自分探しが悪いとは言いませんが、誰かが、何かが、与えてくれるものだと勘違いしたままではいけないと言いたいのです。

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『道』
今日の言葉

幸福な貧乏人もいれば、不幸な金持ちもいる

結局は自分が置かれた状態の中で、幸せは作りだすことができる

フジ子・へミング


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人間、その日その日の心の色を表現しながら生きています。

それ故に、その日その日で一定しない結果が現れるのです。

一定しない心の色、その奥には真の心が誰にでもあるのです。

しかしそれを覆い隠しているのです。

子供から大人になっていく過程で、この世の矛盾に対応できなかったり、また己の至らなさを隠そうとしたり(意識はなくても)、様々な理由から自分の殻というものを作ってしまうのです。

生きる術として、と言えばそうかもしれませんが、結果として、自分を誤魔化してきたのです。


誰の心の中にも、一つの光があったのです。

それを思い出し、再度光を灯す事ができるのか、それが自分との戦いなのです。

子供が大人から見れば笑うほどの夢を持つのは、それが実現可能であることを知っているからです。

しかし成長する中で、実現可能だと思っていたものに対して、可能にするまでの努力や諦めない気持ち等を維持できない己に甘えてしまうのです。

そして信じて疑わなかった夢でさえも、笑い飛ばす事で己の納得させようとするのです。

それが悪いとは言いません。

しかしそれで納得できるのかと問うのです。

人生は己の納得、満足感。

他人から見ればつまらない人生であったとしても、己の納得、満足があれば、それで良しなのです。

むしろ、他人の人生をあれこれと言うだけの人間よりも、より人間らしく生きたのかもしれません。

評価は他人がするものですが、その評価だけで人生を語る事はできません。

心に一つの光を灯し、己の行くべき道を歩んでいく事。

死に際に、「納得できたぞ」と旅立てるかどうか。

己の人生の結果はその時にしか判らないのかもしれませんね。

その時には何もできませんので、そこにたどり着くまでに思いを残す事無く、必死に生きていくしかないのです。


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『囚われない』
今日の言葉

人間の行動は思考の最上の通訳者だ

ジョン・ロック


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「とり憑く」という表現を使いますが、これは霊とかいう類のものがどこからか現れてあなたにピタリとくっつく、というものだけではありません。

一般的には外から来たものというイメージで捉えがちですが、外から来るものだけではなく、自分の中にあるものに囚われる事も「とり憑く」という表現をするのです。

例えば、逆恨みというものがあります。

これは、自分の中で「自分は悪くない、悪いのはあいつだ」という思いを生み出し、それに囚われてしまうものです。

自分が生み出した念に囚われ、周りから見れば「それは違う」と思うことでも、そのまま突っ走ってしまう事があるのです。

人は、真実や真理というものを知りません。

知らない故に、自分が捉え方や考え方等が、真実や真理に沿わないという事に気づかないのです。

物事に固執する人、意固地な人などを見ていると「囚われている」という意味が判るかもしれません。

自分が生み出した念、念とは「今+心」と書くように今の自分の心なのです。

その念は見えません、形はありませんが、人がその念に囚われていけば、それは形になるのです。

逆恨みで起こった事件、始まりは人の念であり、それに行動が伴い、事件という形となるのです。

思いは形になると言いますが、人は皆、それを実践しているのです。

ただ、その自覚がないのです。

そして、自覚がないからこそ、その時々の思いで形とし、知らない故に使いこなせないのです。



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『壁』
今日の言葉

人間とは取引をする動物なり

犬は骨を交換せず

アダム・スミス


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何事も、その道を学び、身につけていく過程で、無条件に先に進めるわけではありません。

ひとつひとつ、その段階を踏み、理解し、身につけた上で、次に向かわなければなりません。

これは、魂の話、真実や真理の話でも同じ事です。

理解できない、身につかない所で立ち止まり、先に進む必要はない(進めないのですから)のです。

そして、なぜ理解できないのか、なぜ身につかないのかという事に気付かなければなりません。

これは教える側にも、なぜ理解してもらえないのか、もっと判り易い説明方法があるのではないか、と同じように考える必要があります。

しかし、教える側だけの努力では、恐らく理解する日も、身につく日もやって来ないでしょう。

やはり、本人が気付かなければならない部分が多く、また理解できない、身につかない、その理由はひとそれぞれあり、それを「壁」と呼ぶのです。

何に挑んでいても、「壁」というものは必ずあるのですが、それは自分が作っているのだと気付いているでしょうか。

同じ事でも出来る者と出来ない者があり、それが技術的なものの差ではない場合、その差はそれぞれの考え方や捉え方、また心のあり方なのです。

同じようにおじぎをしても、その人がどういう思いで頭を下げているのか、それで形は同じおじぎでも全く違うものになります。

「何で私が頭を下げなきゃいけないんだ」と思えば、それはどこかで表現されます。

そして、そういう考え方が壁となり、先に進めない原因となるのですが、その考え方を変えられるのは本人だけなのです。

おじぎ一つでも、理解し、身についた者とそうでない者には差が出るのです。

たかがおじぎと思うかもしれませんが、そのおじぎ一つで人を惹き付ける事もできるのです。

何事も、最初は形であっても良いのですが、そこにどういう心を、どういう思いをのせていくのか、それが大きな差になるのです。

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『人生の落とし穴』
今日の言葉

正直に自分の無知を認めることが大切だ

そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる

ウォルト・ディズニー


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沼地にはまると、何もしなくてもジワジワと沈んでいきます。

もがけばもがくほど、どんどんと沈んでいきます。

これ以上沈まないように何かに掴まると、掴まっている間は沈みませんが、手を離すとまた沈み始めます。

誰かに引っ張り上げてもらうのが最善ですが、周りに助けを求めなくては気付いてもらえないかもしれません。

生きていると、似たような状況に陥る事があります。

ただし、実際に沼地にはまっている訳ではありませんから、自分の状況に気付かない事が多いのです。

特に頑張り屋さんだと、苦しい時に何とかしようと動き回ります。

その動き方によっては、ふっと沼地から出られる事もあるかもしれませんが、大抵の場合が動けば動くほど状況は悪化する一方です。

生きていると、生きているのが当たり前になります。

うまくいっていると、傲慢さが顔を出します。

うまくいかないと、自分は駄目な人間だと自分で自分を卑下します。

慣れてくると、ついつい怠りがちになります。

その他、様々な思いが、人生の沼地なのです。

つまりは、自分で自分を沼地に落とし、苦しんでいるのです。


それに気付いた時、目の前に一本のロープがあるのが見えるはずです。

そのロープを必死に掴み、引き上げて欲しいという気持ちと上がって行くのだという行動が沼地からの生還に繋がるのです。

もし、気付かなかったとしても、どこかの誰かが側を通ります。

「そんなところでどうしたの?」と声を掛けてくれる人もいるでしょう。

とにかく、人の姿を確認できたら、「助けてください」と口に出すしかないのです。

心の中で思っていても駄目です。

それを言葉や行動にして、救いを求めるのです。

その勇気がまた沼地からの生還に繋がるのです。

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『心配性』
今日の言葉

どんなに賢くっても

人間自分の背中を見ることはできないんだからね

山本周五郎


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予防と心配は違います。

「もしも」と不安を感じる事があるのならば、それに対する対応を考えなくては、ただの心配になります。

心配をすると、心を傷つけます。

その結果、良くない出来事が起こったり、体調を崩したりします。


「やっぱり心配した通りだった」と思うかもしれませんが、それは心配が当たったのではなく、心配ばかりする自分が作り出したに過ぎないのです。

ふと不安を感じたり、心配するような事が過ったりする事があるでしょうが、それが予感なのか、ただの心配性なのか、それは判りません。

経験、知識等で先を予見している場合もあれば、第六感的に感じる(魂からの警告)場合もあるでしょうし、またはネガティブな考え方でありもしない心配をしているのかもしれません。

全てを無視する必要はありませんが、考えてもどうしようもない事は考えないようにするのがベストです。

よく聞くのですが「そろそろ親が亡くなった年に自分もなる。もしかしたら自分もその年で亡くなるのではないか」と不安を抱えている方がいます。

そういう家系であったとしても、そこに何か原因があるのなら解決するしかありませんし、何も原因がなく、ただ自分の思い込みで病気を作っている場合があるのです。

良くも悪くも、人間の思い込みというものが現実に形になるのです。

どうしても気になる、不安が拭えないのなら、それに対して追究するという行動が必要になります。

しかし、そこまではしないのです。

ただ、不安だ、心配だ、どうしようか、と思うだけで、何かそれを打破する行動をするかといえば、何一つしていないのですから、解決なんてできるはずもないのです。

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『思う』
今日の言葉

子供たちがのびやかにすくすく育つために必要なのは

理路整然としたルールや整備された環境ではなく

実は“誰かに世界一愛されている”という実感なのではなかろうか

原田宗典


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心とは、魂の思いを伝える道具なのです。(ちなみに肉体はそれを形にする道具です)

○○だと思う、その「思う」の中には、自分の感情や常識、知識から「思う」ものもあれば、自分でも根拠や理由が判らないけれど「思う」ものもあります。

前者は人間の自分の考えであり、「思う」とは言うものの、「判断」に近いものがあります。

しかし、後者は「判断」ではなく、純粋にそう思った、感じたものです。


たとえば、好きな人がいるとします。

前者の場合は、この人はお金もいっぱい持っていて、それなりに優しいし、自分にとって「都合がいい」人だから「好き」なのです。

後者の場合は、たとえ何も持っていなくてもいいからこの人の側にいたい、明確な理由がなくても「好き」なのです。

この違いが「思う」にもあるのです。

そして後者のような「思う」の中に魂の思いがあるのです。

それが正しいとか間違っているとかは抜きにして、後者のような「思う」を引き出していく事が大切なのです。

ただし、それには自分を指導してくれる者が必要になります。

なぜなら、人間はどうしても自分の都合の良いように考え進めていく性質があるからです。

実は魂も完成体ではありません。

未完成であるからこそ、人間が磨いていかなければならないのです。

しかし、人間の方も判らない事ばかりなのですから、一人でやって行こうとしても、限界がありますし、また道を誤ってしまう事もあります。


指導してくれる人、見ていてくれる人がいる方がいいのですが、悲しいかな、人間は「素直さ・謙虚さ・感謝」という基本さえも忘れているのです。

利益があれば人に従うかもしれませんが、それは決して「素直さ」を行使しているのではありません。

指導してくれる人に出会えるかどうか、それもまた難しい所があるかもしれませんが、それ以上に、己の教えを乞う姿勢を作る事が難しいのでしょう。

ともあれ、そんな事を言っていても仕方がありません。

自分はこれではダメだ、自分は何かをしなければならないと強く感じる者は、自ずと指導してくれる者の元へと導いてもらえる(魂によって)でしょうから、チャンスを掴み損ねないようにする心掛けを忘れないように。

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『繋がり』
今日の言葉

人の天性は良草を生ずるか、雑草を生ずるか、いずれかである

したがって、折をみて良草に水をやり、雑草を取り除かねばならない

トマス・カーライル


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明日は立春です。

暦の上では春。

風は冷たく、雪とも無縁ではありません。

あくまでも暦の上では春なのだと思ったりしませんか。

ところが、陽射しや木々、つまりは自然を見てみると、春を感じるのです。

暦の上でだけ春なのではなく、実際に春の気配はすでにあるのです。

自然の小さな変化、それに気付かない人も多くなりました。

現実に振り回され、自然に目を向ける余裕がないのです。

仕事が忙しい、家事や育児が忙しい、勉強が忙しい、日々の悩みでそれどころではない、様々な現実に振り回されて、つい余裕がなくなってしまいます。

そして、人間は他の動植物が感じる春の訪れさえも、暦からしか得られなくなったのです。

それがどうした、自分とは関係ないと言われたらそれまでですが、私たち人間だって動物と同じく自然の一部です。

他の動植物と同じく、この空間にある「気」というものを取り込んでいたのです。

それは一つのエネルギーであり、やる気や元気などの元なのですが、その取り込み口を塞いでしまった人間は、エネルギー不足となってしまいます。

今でも取り込み口はあるのですが、人間がそれを塞いでいるのですから、どんなに自分の周りにエネルギーが溢れていても、自分の中に取り入れられないのです。

一分でも、二分でも、一瞬でも良いですから、全ての現実を忘れ、自然に触れ合う時間を取る事です。

最初は何も判らなくて当然ですから、ただ見てみる事から始めます。

繰り返していくうちに、自分なりに何かを感じ始めます。

そうしている間に、少しずつでも取り込み口が開いていけば、変化を感じるでしょう。(自分には判らなくても周りから見れば変化がある)

これからの季節、新しく芽吹く生命を感じる事ができます。

動物の子供だろうと、植物の新芽だろうと、あなたと同じ「生命」です。

そこから学ぶもの、気付くものは山ほどあるでしょう。

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『忘却の彼方に』
今日の言葉

人間を偉大にしたり卑小にしたりするのはその人の志である

フリードリヒ・フォン・シラー


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物やお金を得る事、名声を得る事、そういう事だけを目標にする生き方もあります。

中には、どんなに悪い事(犯罪等であっても)をしても、富や名声を手に入れたいとさえ願う者もいるでしょう。

いつの頃から、富や名声だけを求めてしまうようになったのか。

私たち人間は、いつから心を育てる事を忘れたのでしょうか。

いつから己の心を無視する生き方を良しとするようになったのでしょうか。

私たち人間が心の育む事を軽視した結果、それが今の表面化しているように感じます。

もちろん、富や名声を得る事は悪い事ではありません。

そんな物は必要ない、と言った所で、得てもいない者が言えばただの負け惜しみとしか映りませんよね。

ただ、富や名声だけが全てではなく、己の心をどれだけ意識し、また育んでいくのか、それを忘れてしまってはならないのです。

心を育む、言葉にすればたった四文字ですが、これが何をどうすればいいのかが判らないのです。

金を払えば教えてもらえるものではありません。

有名になったから教えてもらえるものでもありません。

富や名声を手にしても、得られないものなのです。

人間は物質的に恵まれると、次に求めるのは形のないもの。

つまりは、それが心なのです。

ウツ・無気力だとか、または生き甲斐、生きている意味、愛など。

私たち人間は、心を育む事を忘れた結果、不安だけを心に宿すようになりました。

その不安は、どんなに富や名声に恵まれても、決して消えはしません。

その不安を払拭するために、更に富や名声を求める場合もありますが、残念ながらそれでは永遠に払拭する事はできないのです。

私たちは毎日、様々な出来事に出会っては、様々な事を心に思い描きます。

私たちは、心というキャンバスに様々な思いを描き、それをこの現実で披露しています。

どんな心が良いのかを身を持って探し続けているのです。

もちろん、そんな事を意識していなくても、自動的に披露されていくのですけどね。
(判り易く言えば、機嫌が悪いと描いた時は機嫌が悪い顔をする、好きな人に出会って嬉しいと描いた時は頬を赤らめるなどですよ。もちろんもっと深いものですけどね。)

さて、あなたの心というキャンバスには、今日は何が描かれましたか。

そして、その描かれたものに対して、あなたはどう対処しましたか。

描いただけで終わりでしょうか。

描いた事にも気付かなかったでしょうか。

描いたものを表現したでしょうか。

より良く描きたいと思ったでしょうか。

様々な反応があるでしょうが、もっと自分の心に興味を持って欲しいのです。

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『柔軟性』
今日の言葉

私はシェークスピアのような本は書けない

だが、私の本は書ける

ウォルター・ローリー


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何かに執着している時、人間は冷静な判断が出来ません。

こだわりを持つ事は決して悪いことではありませんが、それがいき過ぎると「こうでなければならない」という概念に固められ、より良い方へ流れるための柔軟性が失われます。

自分ではそんなつもりはないのですが、それは自分が冷静に自分を客観視できていないからで、周りから見ると「こうすればもっと良いのに」と気をもんでいるかもしれません。

例えば、こだわりの○○屋、なんてお店に行って、食べ方にまで口を出されるとゲンナリすることはありませんか。

こだわる故に美味しいものを提供してくれるのですが、それがいき過ぎると、どんなに味が良くても、足が遠のいてしまいます。

文句があるなら食べてもらわなくてもいい、なんて言い返されそうですが、どんなに美味しいものを作っても、それを誰かに食べてもらう事ができなければ、お店としては成り立ちません。

こだわる故に、本来の目的を忘れ、忘れている事さえも気づかないのです。

お店なら、お客さんに喜んでもらう、美味しいと言ってもらえたら嬉しい、そんな思いがあったのではないでしょうか。

自分だけの世界であるなら、自己満足だけで構いません。

しかし、そこに人と人との関わりがあるとするなら、どうでしょうか。

仕事でも、プライベートでも、「こうでなければならない」と決め付けた時、触れば壊れる凍ったバラになってしまう可能性があるのです。

一つの信念があれば、その周りは流れる水のように柔軟であって構わないのです。

周りまで固めてしまえば、身動きが取れなくなるのは自分自身なのです。


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