美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『矛盾』
今日の言葉

人間には志というものがある

この志の味が人生の味だ

司馬遼太郎

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何事もバランスというものが崩れると支障が生じます。

食べ物でも、いくら体に良い物であってもそれだけを食べ続ければ毒にもなります。

ほどほどを知り、バランスを保っていく事が大切なのです。

人間関係も同じです。

他人を思いやる、気遣う、これは大切ですが、行き過ぎると自分が他人に引きずられてしまいます。

この矛盾をいかに飲み込んでいけるのか、自分の中でそのバランス感覚で得るしかありません。

人が正しいと思っている事の全てがこの世のルールに照らし合わせて正しいと判断されるとは限りません。

人に尽くし、人の苦しみを取り除いていく事、人から見れば聖人かもしれませんが、この世のルールではどうでしょうか。

苦しみの原因はどこかにありますが、その苦しみという表面だけを勝手に取り除けば、原因は置き去りです。

問題は原因にあるのですから、勝手に表面だけを取り除けば、取り除いてもらった本人には次の苦しみが、取り除いてあげた人には、勝手に取り除いたペナルティがあるかもしれません。

ではどうすればいいのか、これが問題になってくるのです。

私も「どうにかしたい」と思う人に出会いますが、私が勝手に背負っているもの、手枷足枷となっているものを取り除いても、今以上の苦しみを相手に与えるかもしれません。

根本的には原因を解決するしかありませんが、その為には本人がその気になり、行動で示さなければなりません。

それを理解できる人は非常に少ないですけどね。

人は気軽に「(痛み等を)取れるのなら取ってよ」と言いますが、ただ(無料)で取ってもらう事のリスク(次の痛み等はもっとひどいかもしれない)を知らないのです。

言っても理解される事は少なく、「ケチだね」と言われる(思われる)事の方が多いのですが、矛盾を飲み込んでいくしかないのです。


真実への扉は・・・本家にある
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『共存』
今日の言葉

人が見捨ててしまいそうな小さなことでも

紙一枚の厚さでいいから積み上げることが大事だと思います

目には見えないけれども確実に積み上がっているんですね

鍵山秀三郎


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誰が見ても「この家には住みたくない」と思うような重く暗い空気を感じる家があります。

原因は何であれ、そう感じる家にも関わらず、その家を気に入る人もいます。

人間の先入観で感じた嫌な空気であるのなら良いのですが、その嫌な空気を発する存在があるとすると話が別です。

そこに住む人間に障りのある家は確実に存在します。

しかしそれでも気に入る人がいるという事は、その人の中にある何か(魂なのか霊なのか)が本人の脳に「ステキな家だ」と思わせるように指令を出しているのです。

故にここで人の話を素直に聞き入れられない人であるならば、「この家は止めておいた方がいいよ」と言われたとしても頑として譲らないでしょう。

たとえ、その意見が最後の救いの声だとしてもです。

なぜその家を気に入るのか、それは先に書いたように、魂なのか、霊なのか、またはもっと別の存在なのか判りませんが、最終的には「目に見えない存在を知らしめる」ためであるのです。

もともと人間が住んではいけない場所というものもありますし、以前そこに住んでいた人が亡くなってもなお、そこに存在する場合もあるでしょう。

どちらにしても現代では「バカらしい」と一蹴されることの方が多いのですが、よくよく周りを見ていくと、引越しを機に不幸が続く、逆に不幸続きだったのが引越しを機に良くなるなど、見せられていることがあるのです。

偶然で片付けてしまう事が多いですが、偶然に慣れてしまうと、いざ自分の身に何かが起こったとしても「偶然」として原因を見ようとしないのです。

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『自分のために』
今日の言葉

行動を起こすからその先に何かが生まれるんです

変化は突然にやってきません

小さな努力の積み重ねから生まれるものなんです

野口健


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誰かのために、他人のために、何かをしたいと思うことは素晴らしい事です。

しかし、それは自分があっての事だと気付いているでしょうか。

常に人のためにと思い、考え、行動できる自分であったとしても、人は裏切られた時につい恨み言を言ってしまう、言いたくなるものです。

それでは「人のため」にしてきた自分を自分でも裏切る事になる事に気付いているでしょうか。

あなたは自分のためにあるのです。

ただし、それは自己中心的になれというのではなく、あなたはあなたでしかないという事です。

自分を大切にし、人間としての自分を、生きるということを真剣に考え、探していく事。

その中で、人のためになれるのであれば、それは素晴らしい事です、

人のため、という名目で生きるのであれば、決して恨み言を言わない、思わない事です、

たとえ裏切られたとしても、あなたはあなたがしたいと思ったことを行動しただけで、人は関係ないのですから。

約束は自分自身とする事。

相手との約束だとすれば、裏切られれば恨む。

しかし、相手を信じると自分と約束したのであれば、相手を恨む事はないのです。

あなたはあなたの人生の主人公。

あなたがどう生きていくのか、それによって廻りの人間が脇役を演じてくれるのです。

常に見られているということを忘れないように。

そして、常識は常に変化する、地域や時代、国によって変化すると肝に銘じる事です。

それに囚われすぎると、身動きが取れなくなってしまう故に。

真実を見逃し、自分を見失ってしまう故に。

もちろんルールはルールで守らなくてはいけません。

しかし、人にどう思われようとしなければならない事はあるのです。

こういった中で、自分というものを光らせていかねばならないのです。

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『望み』
今日の言葉

病気は身体の障害なるも、気にせざる限り意志の障害にあらず

エピクテトス


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魂からの啓示は、いろいろな形で起こります。

魂はその存在を気づかせるためには何でもするのです。

物事がうまく行かない事はもちろん、病気や怪我、交通事故なども啓示である場合があります。(もちろん、人間の不摂生や勘違い、思い込みによるものもあります。)

人間が「なぜこんな目に遭うのか?」と疑問を抱き、その原因を探す事を促しているのです。

決して意地悪で不都合等を与えているのではありません。

必死に探せば、いずれば「魂の話」や「生命の話」に行き着くことを知っているから、様々な事が生じるのです。

しかし、人間は動こうとはしません。

また、動き、「魂の話」を耳にしたとしても多くの人は信じようとしません。

それはそれで仕方がない話です。

本人の問題なのですから、強制はできません。

ただ、知っておいて欲しいのは、魂からの啓示があるという事は、まだ望みがあるのです。

魂がその人間を見捨てていない故に、気付かせようと必死になっているのです。

人間の中には、本人の好き嫌いに関わらず、「魂」の事を知らなければならない者もします。

確かに、人は皆知らなければならないのですが、更に重くその責任がのしかかる者もいます。

それは宿命であり、逃れることはできません。

そういった人間には、悲惨な啓示が降りかかる事があります。

こういった話は、宗教的に感じるかもしれません。

宗教では目に見える唯一絶対の神がいます。

しかし、私の言っている神は、人間一人一人に宿る魂であり、その人間だけを守ろうとしているのです。

ですから、魂(神)の話は、本人が理解しなくては意味がないのです。

あなたの神はあなただけのためにあり、決して私のためにあるのではないのですから。

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『努力』
今日の言葉

決心する前に完全に見通しをつけようとする者は

決心することはできない

アンリ・フレデリク・アミエル


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生きるという事は、楽しいことや嬉しいことばかりではありません。

それでも一つの真実があります。

それは「あなたはここに生きている」ということです。

生きていく中で、辛いことや苦しいことがあったとしても、それは当たり前なのです。

この世の中であなただけが辛く苦しいわけではなく、生きていれば誰だってそういうことはあるのです。

ただ、その辛さや苦しさをどう受け止めているのかが違うだけなのです。

生きていれば辛いことや苦しいことがあって当たり前、そうやって全てを受け入れていけるだけの自分があるかどうかです。

楽しいことや嬉しいことだけの人生なんてあり得ないのです。

むしろ辛く苦しいことが自分を大きくしてくれるのだと思えば、どんな苦難があろうとも微笑みを忘れずに立ち向かえるのです。

そしてまた微笑を忘れない自分だからこそ、道は大きく開けていくのです。

いつまで立ち止まっているのでしょうか。

いつまで「自分だけが不幸だ」と甘えているのでしょうか。

強くなる事、大きくなる事、その前に人間は分け隔てられてはいません。

誰もが同じ条件の下にあるのです。

微笑を絶やさない、これは一つの方法なのですが、それをどれだけ続けられるでしょうか。

強く、大きくなった者が特別に選ばれた者なのではなく、何かしらの努力の結果なのです。

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『向かい合う』
今日の言葉

喜んで行ない、そして行ったことを喜べる人は幸福である

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


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あなたから仕事を、家庭を、名前を取り除いたとして、何が残るでしょう。

名もなき一人の人間、そこに「これが私だ」というものがあるでしょうか。

生きている実感、それは定職があり、家庭があり、24時間という一日をやり過ごす事ではないのです。

昨日と同じ一日を送ること、それは真の意味で生きているとは言えないのです。

人間は生まれたから生きている、それだけではありません。

生きるだけの環境があるから生きている、それが多くの人です。

「あなたはなぜ生まれ、なぜ生きるのですか」と問われる事なく、それ故に考えもせずに生きているのです。

しかし、それは人間が人間に対して問うていないだけであって、本当は一人一人に「あなたは何のためにここに存在するのですか」と問い掛けているものがあるのです。

それに気づかないから、死の恐怖とか不幸の連続というものが存在するのです。

そういう状況に追い込まれなければ、人は生きる意味とか死の意味というものから目を背けているからです。

多くの人から相談を受けますが、その大半は生きる意味が判らずに彷徨っているのです。

誰も教えてくれない、答えてくれない、ましてや自分の悩みや苦しみの根本にそういう問い掛けがある事にさえ気づいていないのです。

それ故に、そういう問い掛けを説明する事で、大きく変わっていけるのです。

残りは自身の精神的な弱さや甘えであり、時間は掛かりますが、本人さえやる気を失わなければ改善するものなのです。

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『自分の手で作り上げる』
今日の言葉

他の人が『これは無理だよ』と思っていても

自分が『できる』と思っている間は、可能性があるのだ

谷川浩司


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たった一つの真実を求めて、人間は彷徨い、その時々の気分や感情で一喜一憂を繰り返し、そして終わるのです。

人間の捉える真実は、結局は事実でしかないのです。

人間は真実を「人の心」に求めてきました。

しかしよく考えてみると、人の心ほど流動的なものはないのではないでしょうか。

今日の心と明日の心は同じではありません。

三十分後でさえも違う事があるのです。

その時々で変化する人間の心に真実を求める事自体が矛盾しているのですが、それにさえも気付かないのです。

人の心に真実を求めても、そこには真実はないのです。

人の心は「真の心」ではないのです。

心は、「人の心」と「真の心」の間を行ったり来たりしているのです。

ふとした瞬間に真の心が表れるのですが、その意味が判らない故に自分の手でまた底に沈めているのです。

理解できなくても、無視するのではなく、流してしまうのではなく、追求していかなければ知る事はできないのです。

人の心は人間の自分の心、真の心は魂の発する想いです。

例えば、同じ花の絵を書くとして、書くものは「花」である事は同じですが、人それぞれそれを表現する術は違います。

大きなキャンバスに油絵の具で描く人もいれば、小さな紙に鉛筆で描く人もいます。

しかし出来上がるのは花の絵です。

その過程が人それぞれの個性であり、こうしよう、これを使ってみようという発想が真の心の発するものなのです。

発想が浮かんだとしても、それを人間が行動に移してくれなければ、「発想という形のないもの」のまま消えてしまいます。

魂は姿形も実体もないのです。

形と出来るのは肉体のある自分なのです。

そこに気づいて欲しいのです。

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『都合の良い神仏はない』
今日の言葉

人を相手とせず天を相手とせよ

天を相手として己れを尽くし

人をとがめず、わが誠の足らざることを尋ぬべし

西郷隆盛


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夢や願い、それは自分が実現するしかなく、それらを叶えてくれる神仏は存在しません。

むしろ、そういう事を願う事自体、違うのだと知らなければなりません。

もし夢や願いを神仏が叶えてくれたとするのならば、それに伴う代償があるのです。

私たちは、夢や願いを叶えるための条件を備えています。

この地球に生まれ、そして生きている、それが全てです。


できないとするのなら、それは自分の努力不足でしかないのです。

できるはずがない、自分には無理だ、そう思うのなら初めから望まなければ良いのですが、それでも望みだけは一人前なのです。

できない、無理だと思う気持が、結果にも大きく影響するのです。

要は、自分の力を出し切れていないのです。

神仏に願うのは自由ですが、それだけで叶うものはありません。

現実でそれらを形にするのは、自分だけなのです。

必死に実現しようとしている自分があるのならば、影からの手助けがあるかもしれませんが、自分が動かずに、神仏に手を合わせて願うだけでは何一つ形にはなりません。

神仏に力がないと言うのではなく、人間に都合よく言う事を聞いてくれる神仏はいないと言うのです。

手を合わせることは決して間違いではありませんし、悪いことではありません。

しかし、手を合わせるから願いを聞いて欲しい、というのは都合のいい話ではないでしょうか。

それで願いが叶わなかったとして、「○○の神様はご利益がない」と言わない自分があるでしょうか。

叶わなかったのは、自分の努力不足だと思えるでしょうか。

責任は常に自分にあるのです。

だからこそ、自分が納得できる行動を、納得できるまでやるしかないのです。

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『優先順位』
今日の言葉

人生はいつもいつも第一志望ばかりを歩けるものではありません

そして、必ずしも、第一志望の道を歩くことだけが

自分にとって最良と言えないことだってあるのです

渡辺和子


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人は自分の都合というものを第一にしています。

人は誰もが生きるに置いて役割を持つのですが、それを自分の都合で後回してしているのです。

役割に気づかないという事もありますが、それも本当は気づかないのではなく、自分の気持ちを第一にしている故に、見ようとしない、認めようとしないに過ぎないのです。

たとえば、人を救いたい、笑顔を見たいと思っても、自分には人を救うだけの土台がない(金がない、物がない、時間がないなど)として、何もしないのです。

金や物で人を救う事はできません、それを一時的な助けでしかないのです。

時間がないというのはいい訳です。

寝る時間、遊ぶ時間、食事をする時間、テレビを観る時間、そういうものはあっても、人を救う時間を作れないだけなのです。

故に自分の都合を第一にしていると言うのです。

それに対して私が誰かを責めるわけではありませんし、私ではなくても、誰も人を責める事はできません。

ただ、それぞれに内にある魂が判断するのです。

なぜなら、あなたの役割とは、魂の背負う宿命に繋がるからです。

魂がどう判断するのか、それは魂次第です。

前世で磨かれた魂とそうではない魂では、判断も当然違ってきますからね。

どちらにしても、魂から「ダメ」と判断されないように生きるしかありません。

そして、それはあなただけの問題ではなく、あなたの後に続く者にも関わってくるのです。

その話はまた後日にでも。

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『誰が主人なのか』
今日の言葉

およそ何かを所有して意のままにあやつりたいと思った瞬間から

その対象物に自分は所有されてしまう

田口ランディ


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人間はこの世で主人公です。

誰もが自分を主人公として、人生という舞台に立っているのです。

しかし主人ではないのです。

主人は、それぞれに内に存在する魂であり、人間は魂に従わなければならないようになっているのです。

そんな事は関係ない、自分は自由でありたい、となると、主人は黙っていません。

人間社会でも、主人とそれに従う者の関係をみれば、従えない者はどうなるのかは理解できるのではないでしょうか。

何も朝から晩まで魂の事を考えなさいという訳ではありません。

ただ、人間は魂が宿る限りは、その魂の想いを肉体と意識をもって表現する事を余儀なくされているのです。

自分を主人公だけではなく、主人として生きてきた結果、不都合な事が生じるのです。

それ故に「自分=主人という自分」を破壊するしかないのです。

その方法は人それぞれに違いますが、たとえば何か頼まれて「カチン」とくる人には、それを耐えて笑顔を出すように、他に自分の基準で判断した善悪に拘る人には「そういう人もいるのだ」と受け流すように、「できない」と思っている自分を少しずつ変えていくのです。

別に無理をしてする事もなければ、余計なお世話だと思うのも自由なのです。

ただ、現状に不満や不安があるのならば、今までの自分を破壊するしかないのです。

なぜなら、現状は過去の自分が作ってきたのです。

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『足るを知る』
今日の言葉

才の背後には魂が必要だ

五木寛之

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「足りている」という感覚を持ち合わせないと、欲に限度はありません。

食欲がなければ、生きて動くための力は得られませんが、必要以上に食べれば、生きて動く以上の栄養は肥満や病気となりますよね。

欲にも限度があり、ほどほどと知らなければ、結局はそれが自分に返ってくるのです。

欲を消す、なくす事は必要ありませんが、限度、程度を知る事は非常に大切な事です。

お金を払って物を買うのと同じように、欲を満たすためには何かを支払っているという事を認識しておかなければならないのです。

何を支払うのか、それはケースバイケースですが、思いもよらないものを奪われる事があるという事は知っておいた方がいいでしょうね。

欲しいな、手に入れたいな、こうなりたいな、こうしたいな等の思い、それらも欲の一つなのでしょうが、欲と言っても必要なものもあります。

特に自分がなりたいもの、夢や目標もある意味では欲であり、その欲がなければ何かを創造することはできないのです。

欲といえば悪いことのような気がするかもしれませんが、欲にも必要なものもあり、また程度や限度を心得る事ができれば良いのです。

何事もバランスが大切なのです。

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『連鎖』
今日の言葉

「これをやりにおれは生まれてきた」

と思えることだけを考えていればよい

アーネスト・ヘミングウェイ


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不運は福も幸運も呼びません。

不運は不運しか引き寄せないのです。

では、不幸中の幸いとはどうでしょうか。

不幸中の幸い、そう捉える事ができる人だから、その程度で済んだという事なのです。

そしてまた、そういう捉え方ができれば、不幸を引きずる事はありません。

不幸な出来事に出会い、それでもこの程度で済んでよかったと思うものなのか、こんな目にあったと落ち込むものなのか、同じような出来事であっても人によって捉え方は違います。

不幸が不幸を呼ぶ、その連鎖を切れないのは自分なのです。

何で自分ばっかりこんな目にあうのか、世の中不公平だね、と思う自分がまた不幸を呼んでいるのです。

中には代々不幸を引きずる家系もあります。

不幸の花しか咲かない種をたくさん蒔いてきたのでしょうが、花を咲かせたのは今生きている人間です。

咲かずに枯れる種もあるのです。

家系的に引きずる場合には、その家庭の環境も影響します。

親が子供に様々なものを引き継いでいるのですが、不幸の種しか蒔かない、また不幸の花しか咲かせない教育までも引き継いでいるのです。

だから聞くのです。

あなたの家庭に笑顔はありますか。

明るく元気な挨拶がありますか。

当たり前な事ですが、その当たり前な事ができていないのです。

笑顔や挨拶の絶えない家庭であるならば、明るい人間、前向きな人間へと育っていくのです。

そうであるならば、大きな不幸の花は咲かないはずなのです。

家系的な因縁とか土地の影響とか、霊がとり憑いた等ではなく、それ以前に人間が大切な事を忘れているのです。

そこに目に見えないものが入り込む事はありますし、因縁とか霊とかいうものも関係してきますが、そういうものは取り除く事ができます。

しかし、人間が変わることがなければ、取り除いてもまた次があります。

だから、不幸は自分で切らなければならないのです。

要は、自分が変わることです。

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『生きるのが苦しい』
今日の言葉

神は祈ったり阿(おもね)ったりすべき偶像ではなく

われわれが日常の生活において実現すべき理想である

(リュシー・マローリ 文読む月日より

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ただ息をしているだけなのに、生きるのはなんでこんなに苦しいのか…

そう考える人も多いようです。

答えは簡単です。

「ただ息をしている」から苦しいのです。

いつも書くように、人間はただ生まれて生きるために存在しているのではありません。

何かをしなくてはいけない、その何かが判らないだけなのです。

もちろん、何もしなくても、気にならない人もいます。

それでも生きてゆける人は構わないと思いますが、それでは許されない人もいるのです。

許されない人、つまりは「何かをせよ」と(魂から)強く望まれている人が存在し、そういう場合は「ただ息をしている」だけの生き様では、生きてはいけないのです。(死ぬわけではありませんよ)

全ての人がそのケースに当てはまるわけではありませんが、だからと言って少数の人だけに当てはまるわけでもありません。

世の中には、「ただ息をしているだけ」の生き様の人間は山ほどいるでしょう。

生まれたから生きている、そうではなく、それぞれに背負うものがあるのです。

そして、何をしたら良いのか判らなくても、このままではいけないと思う人も多く存在するのです。

思う者は、思うなりに背負うものに気付いているのですが、それも何なのかが判らないのです。

判らない事だらけで、身動きが取れなくなってしまっているのです。

たった一つ、己の中に魂がある、それを認め、その上でやりたい事が出てくれば、それを行動していくしかありません。

これは強制されるものでもなく、強制するものでもなく、「そうだ」と思える者だけが実践していけば良いのです。

そして、その中でまた迷えば、私に聞いてくださればいいのです。

そのために、私はここにいるのですから。

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『ちょっと怖い話』
今日の言葉

自分から逃げれば逃げるほど、生き甲斐も遠ざかる

淡谷のり子


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祟られる、という事がありますが、これは同じような事をしても、祟られる者もいれば、そうではない者もいます。

祟られるタイプの人は、なぜそうなるのかを知らなければ、何度も繰り返します。

しかし、「祟られる」といっても、実際にそれに気付く人は少ないのではないでしょうか。

原因不明の病気、または病気に似た症状、事故等の不幸が続く、そういうものが全て祟られているわけではありませんが、かといって、全てが祟りとは無縁とも限りません。

こればかりは判る者に聞くしかありませんが、神社仏閣、または祠などに関係している場合が多いです。

関係していると言っても、実際にそこに携わるだけを意味するのではなく、たとえば毎日神社の前を通るとか、小さい頃に境内で遊んでいたなど、「そんな事で?」と思うような場合もあるのです。

「祟り」と聞くと、何か物凄く悪い事を犯してしまった、と考えるかもしれませんが、実際にはそうとも限らないのです。

何が良くて、何が悪いのか、その基準は私たち人間と同じではないのです。


以前にも、壊れかけた祠を自腹で新しく建て直した方が、なぜか祟られたというケースがありました。

人間側から考えると、なぜ新しくしてあげたのに祟られなければならないのか、とケチをつけたくなりますよね。

でも、実際に祟られてしまったのです。

同じように、祠を建て直してあげた結果、祟られてしまったというケースは何度か見た事があります。

問題は、建て直した事にあるように見えて、実際はその人間にあるのです。

ですから、建て直したという行為は一つのきっかけに過ぎないのです。


人間には魂がある、これはここで何度も何度も書いてきました。

魂があるからこそ人間なのですが、その自覚のある人間はどれほどいるでしょうか。

魂によっては、強く、強く、人間に伝えたい思いを抱いている場合があり、そういう魂を宿す方は、特にトラブルに見舞われやすくなります。

魂は人間に直接思いを伝える術がありません。

そこで、祟りだとか、何かにとり憑かれたとか、または病気や不幸などによって、人間が何か(魂の存在)に気付くように導いているのです。

そんな魂を望んで宿していない、と考えても、宿っている魂を取り替える事はできません。(実際には可能ですが、好き嫌いで自由に取り替える事はできません)

私人間は魂に従うしかないのです。

ただ、目に見えない故に、従うどころか、その存在さえも認められないのですけどね。

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『背景には』
今日の言葉

大自然の秩序は宇宙の建築家の存在を立証する

イマヌエル・カント


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いつもトラブルに見舞われ、些細な出来事に振り回されている現実の自分。

当然、生きていれば悩みもあれば、苦しい事もありますが、それに振り回されているのだとは思ってもいないのです。

落ち着いて、何が原因でこうなっているのか、と考えてみたり、考えても判らなければ人に聞いてみたり、原因を知って改善していこうとしてみなければ変わらないのです。

目の前のトラブルや悩み事ばかりに目を奪われて、その裏側にある原因に気づいていないのです。
原因には様々あるでしょうが、最終的には基本を忘れ、見失っているのです。

基本とは、人はなぜ生まれ、そして何のために生きるのか、という事です。

生まれたからには、この基本から離れる事はできないのです。

離れれば、元に戻そうとする作用があるのです。

それがトラブルであり、不都合であり、悩み事であり、苦しい状況に追い込まれてしまう事に繋がるのです。

何か特別な事をしなければならないという訳ではなく、日常の生活の中で自分を活かす事があるはずなのです。

あなたの作った曲に涙し、勇気をもらう人がいるかもしれません。

あなたの描いた絵に、感動を覚える人がいるかもしれません。

あなたの「大丈夫だよ」の一言に救われる人がいるかもしれません。

あなたの「がんばろうよ」の一言に奮起する人がいるかもしれません。

形の有無に関わらず、あなたの発する何かに、感動や喜び、やる気などを感じさせる事があるのです。

そこに戦略など全くなくとも、それがあなたの役割であるのなら、感じる人が必ずいるのです。

そういう自分を発見し、より磨いていく事が自分を活かす事になるのです。

それを求められているのです。

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『歩み寄るのは人間』
今日の言葉

人の心はパラシュートのようなもの

開かなければ使えない

オズボーン


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魂という存在は、目に見える訳ではありませんし、手に取って確認できる訳でもありません。

また私たち人間の問いに対して、言葉を返してくれる事もありません。

ないないづくしなのに、何をどう信じれば良いのか、人間は迷うのです。

いつも書くことですが、その「ないもの」を信じるしかないのです。

人間が信じていく事、つまりは人間が歩み寄るしかないのです。

そうしていく中で、「ある」というものを見せてもらう、または感じられる事があるでしょう。

ただし、いつもそういうものを見せてもらえるわけではありません。

必要に応じて、見せてもらえる事はありますが、見えることに特別な意味はありません。

むしろ、見えてしまう事で、人は間違うのです。(自分の能力だと勘違いする)

一番の変化は、己の自身の心に表れます。

得体の知れない不安、恐怖、そういうものから解放され、穏やかな気持ちを取り戻せるのです。

現実的な不安(お金がない等)はあるにしても、何かに追い詰められていくような恐怖や不安は消えていきます。

なぜなら、そういう不安や恐怖を発しているのは魂だからです。

人間に気付いてもらえない魂の発するものなのですから、人間は認めていくことで消えていくのです。

ほとんどの人間が魂とは無縁のまま生きています。

これからは無縁である故の不安や恐怖が増していく時代です。

人は他人には言わないかもしれませんが、得体の知れない不安や恐怖を抱いている人も多いのです。

そして、多くの人がその原因を知らないのです。

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『魅力は磨かなければ輝かない』
今日の言葉

過ぎてかえらぬ不幸を悔やむのは

さらに不幸を招く近道だ

ウィリアム・シェイクスピア


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人間はそれぞれに何かしらの魅力を持っています。

自分の魅力が何であるのかを知り、より輝くように磨いている人は、他人から見ても魅力溢れています。

ただ、魅力を出せない、魅力に気づいていない人も多いのです。

自分の何が魅力なのか、それを知っているのなら、それを表現していく事です。

それを知らないのであれば、探してみる事です。

人に聞くも良し、思い込みでも「これだ」と思うものがあれば磨いていけば良し。

人には無限の可能性があります。

自分さえその気に成れば、様々な魅力を引き出す事ができるのです。

よく書くことですが、人は皆「宝石の原石」なのです。

魅力も同じように、魅力という原石で、それを自分がどうやって磨くのか、それによって輝きが違ってくるのではないでしょうか。

魅力の「魅」という字の中に「未」という漢字が入っていますが、この漢字は「まだ…ない」という意味があるそうです。

まだ磨かれていない…でもそれは力となる…それが人を惹き付ける魅力という力に…。

そう考えると、何だか楽しくなってきませんか。

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『我が儘』
今日の言葉

神を捨てるものは

ランプを持って歩きつづけるために太陽の光を消すようなものである

モルゲンシュテルン


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我が儘(わがまま) 
 自分の思いどおりに振る舞うこと。また、そのさま。気まま。ほしいまま。自分勝手。(大辞泉より)


人間は自覚のあるなしに関わらず、どこかで我が儘な自分を持っています。

それが自分の人生の展開に対して良い影響を与えるのならばいいのですが、実際は悪い影響しか与えていません。

周りの人を見ても、また歴史的に見ても、我が儘はどこかで排他される、それがこの世の仕組みなのです。

自覚があれば、いつも自分に対して「我が儘ではないか」と問いながら気をつけていく道があります。

しかし、自覚のない場合はどこかでそれに気付き、認めなければなりません。

だからと言って、「あなたは我が儘なんですよ」と言われて「そうなのか!」と認められる人はどれほどいるでしょうか。

ここでもまた「素直さ・謙虚さ・感謝」という人間の基本条件は出てくるのです。

先日も話をさせていただいた方と我が儘の話になったのですが、その方も自覚はなかったそうです。

甘やかされて育ったという自覚はあったものの、自分が我が儘なのだとは気付かずにいたのです。

仕事を辞めたい、上司が好きではない、そういう話でしたが、職場とは自分の我が儘を通す事ができる場所ではありません。

そう話していて初めて、自分が我が儘なのだと気付いたそうです。

我が儘は排他される、なんて話を普段聞くことがなければ、自分が我が儘なのか何て考えることは少ないかもしれません。

しかし、我が儘に限らず、いつも周りの人の生き様から、私たちはこの世の仕組みを見せてもらっているのです。

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『予兆』
今日の言葉

生き甲斐を抱いている人なら

ほぼどんな暮らしでも耐えられる

フリードリヒ・ニーチェ



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大きな不幸、不都合の前には必ず予兆があります。

予兆は、本当に些細な事であり、振り返ってみて初めて「あぁ、あれが予兆だったのか」と気付くようなものです。

ですから、日常において、ボンヤリと過ごしていれば、決して気付く事はありません。

しかし、普段から気を張っていると、そういう些細な変化に気付きやすくなります。

要は、自分が常にアンテナを張っていなければ察知できないのです。

たとえば、やたらと車のトラブルが続くとか、何でもない吹き出物がなぜか化膿するまで酷くなるとか、普段の生活でもよくある事でも、それが続く場合は要注意です。

一回目は偶然、たまたま、運が悪い等で済ませられるかもしれませんが、それが何度か続く場合には、よくよく考えなければなりません。

何が原因なのか、それは人それぞれにあります。

住んでいる土地に関係する人もいれば、何かにとり憑かれてしまった人もいるかもしれません。

また自分の考え方や捉え方が関係している場合もあるでしょう。

それらの根底にあるものは、「魂の存在」と「かみさま(※神仏ではなく、この世を創造した存在)の存在」なのです。

と言っても、魂やかみさまとの付き合い方も知らなければ、その存在を認知していないのですから、急にそんな事を言われても理解はできないでしょう。

まずは、土地やとり憑いたもの、そして自分の考え方や捉え方を整理しながら、魂やかみさまについて知っていく、認めていくしかありません。

判らなければ聞いてください。

読んで理解できるものではありません。

判らない事が判らなければ、ただ話を聞くだけでも構いません。

いつでもあなたのために私はここにいるのですから。

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『気をつけなければならない事』
今日の言葉

ものぐさは錆と同じ

労働よりもかえって消耗を早める

一方使っている鍵はいつも光っている

ベンジャミン・フランクリン


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この世を動かしているのは真実・真理です。

つまり、あなたは見たり、聞いたり、読んだり、感じたりした事が、真実・真理であるならば、それに対するあなたの捉え方により次の展開が決まるのです。

もし、あなたが積極的に真実や真理に触れたいと思うならば、人間の基本条件「素直さ・謙虚さ・感謝」を徹底的に行使しなければ、必ず不都合が生じます。

触れるからには、「有り得ない」という概念を捨て去り、「あぁ、そうなのか!」と受け入れる姿勢を持つしかないのです。

話だけでも聞いてみようか、なんて気軽な気持ちでは、決してあなたのためにならないのです。

今までにも、何人も、何十人も、話だけでも…と遊び半分で話を聞いた人がとんでもない結果を招いたケースを見てきました。

人間には魂があります。

魂は真実や真理を求めています。

もし、人間が遊び半分、ちょっとした興味で真実や真理に触れたとしても、魂にすれば、真剣なのです。

ですから、神妙な顔をして話を聞いたフリをしても、心の中で、「信じられないね」などと思えば、魂は「そうじゃない」と動き始めます。

聞くなら真剣に、と言うのですが、人間は何が真実・真理なのかを知りません。

知らないのですが、今までの知識や経験、概念を持って、「信じられない」とか「信じられる」と勝手に判断します。

特に、真実や真理を語ると言う者の外見に惑わされます。

時に、真実や真理を幼い子供が語る事もあるのですが、子供の戯言と無視をするのです。

どんな立場の人が、いつ、どんな時に、真実や真理を語るか判りません。

本人の自覚なしに、真実や真理を語る場合だってあるのです。

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『手綱』
今日の言葉
生の歓びは大きいけれども

自覚のある生の歓びはさらに大きい

ゲーテ


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自由を「自分勝手に自分の好きなようにする事」だと思っているかもしれません。

しかし、本当は何かに手綱を握られていてこそ、自由なのです。

何からも手綱を握られていないと、人は虚しさを感じ、充実感がないのです。

家に帰っても誰もない、虚しさを紛らわす事もできなければ、充実感のなさを嘆く相手もいない - そうなると、死ぬ気はなくても、ちょっとだけ手首を切ってみようか、なんて考え始めます。

もちろん、虚しさや充実感のなさを感じる人が全てそうしてしまうわけではありませんが、その可能性はありますし、別の形で表現する場合もあるでしょう。

親が煩わしい、家族が煩わしい等、何かに拘束されてそれから逃げたくなる、それが自由なのです。

もし、何からも手綱を握られていなければ、一見自由のようですが、いつ野垂れ死にしてしまうかも判りません。

本来ならば、手綱を握っているのは魂です。

しかし、今は必ずしも魂がちゃんと手綱を握ってくれているとは限らないのです。

人間は、自分が守られているという自覚を失ってきたのです。

自覚を失う事で、手綱を握ってくれている魂の力が緩んでしまったのです。

子供を抱きしめ、何があっても守るから大丈夫だよ、と語りかけているでしょうか。

そういう風にして、「自分は守られている」という感覚を感じさせる事から始まるのです。

人間は、自分が守られているという自覚がなければ、「本当の幸せ」の感覚はないのです。

あなたはちゃんと手綱を握ってもらえているでしょうか。

虚しさを感じたり、充実感がなかったりしませんか。

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『物事がうまくいかない時は』
今日の言葉

人生にはたくさんの奇跡があると思うの

ここにこうして生きていることも奇跡だし

「奇跡」にみんな気がついてないのよ

ダコタ・ファニング


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仕事などで何かしらの信念を持ち、順調に進んでいたのに、急に不調になってしまう事があります。

一旦不調になってしまうと、やる事なす事全てが裏目に出てしまい、疲れも取れず、悩んでしまう人も多いです。

人は何となく生きているようでいて、どこかに信念を持っています。

その信念とそれに従う行動が順調に物事を運んでいるのです。

ところが、順調にいっていると、人はどこかで驕りを持ちます。

信念は変わっていないかもしれませんが、うまくいっている自信が「(人間の)自分の力」だと勘違いすると、必ず「違う」という現象が起こるのです。

この世界を動かしているのは人間ではありません。

人間が太陽を昇らせ、地球を回しているのではありません。

人間はあくまでもこの世界の住人でしかないのです。

(人間の)自分の力が全てをうまく動かしているという感覚が、不調を招いているのです。

疲れが取れないのは、人間に自然治癒力がないからです。

(人間の)自分を過信していると、自分の中に存在する魂は疲労回復に手を貸してくれないのです。

若い間はそれでも何とか頑張れるのですが、ある程度年を取るとそうはいきません。

やる気も出ず、「どうでもいいや」という気持ちになってしまう事も多いのです。

少し判り難いかもしれませんが、仕事等でうまくいかない事が続き始めたら、一旦歩みを止めて、自分の心を振り返ってみる事です。

歩みを止める事に不安があるとして、間違ったまま突っ走っても結果は目に見えています。

歩みを止め、自分の心を正しく修正し、再度歩み始める方が、実はその後の結果は良いかもしれませんよ。

ただし、自分だけで考え込まず、時には人に話を聞いてもらい、アドバイスを受けるのも頭に入れておいてください。

自分の事は自分にしか判らないと思っているかもしれませんが、時に自分だからこそ判らない、気付かない事は山ほどありますからね。

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『些細な違い』
今日の言葉

困難を予測するな

決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな

ベンジャミン・フランクリン


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「人生は成るようにしかならない」、その言葉には二種類の意味があります。

一つは投げやりなもの。

もう一つは、結果というものに拘るのではなく、その過程を重視したもの。

成るようにするために努力し、その上で「成るようにしかならない」と結果への執着を捨て去る事ができるのならば、望むものも手に入るかもしれません。

しかし多くの場合はその過程を楽しむ事もなければ、精一杯の努力もなく、ただ結果への不平不満を抱くだけなのです。

努力したというのならば、「このくらいで良いか」と手を抜いていなかったのか、「何としてでもやってやるのだ」という心意気があったのか、この違いを見られているという事を自覚しなければなりません。

他人には精一杯努力したように見えていても、心の中は魂にはお見通しなのです。

他人や社会は騙せても、魂は決して騙せません。

それ故に、心のあり方が結果へ大きく影響するのです。

気が緩んでいたとか、甘えがあった、など後から自分を振り返ってみれば、どこか心のあり方が間違っていたのではないかと思われるものがあるはずなのです。

また結果だけが全てではありません。

その時駄目な結果が出たからこそ、次に繋がる事もあるのです。

その時々に一喜一憂するものいいのですが、物事を目先だけで捉えていると、見えないものもあるのです。

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『生きる楽しさ』
今日の言葉

時間を有効に使い、すべては自分の責任であることを

理解することが大切だ

最終的には自分の時間をどう使い

何をやり遂げるかはすべて自分にかかっている

アール・ナイチンゲール

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常に新鮮さを忘れず、何事にも好奇心を持つ事。

ワクワクしている状態を心掛けるのです。

人間、何事にも慣れが生じるとうまくいきません。

油断や隙が生まれるのです。

そしてまた、慣れの中に新しい発見や閃きもありません。

日々の生活も同じで、ただ淡々と同じ事の繰り返しでは、己の存在価値がありません。

存在するから、命があるから、それを尊重するのは人間社会だからです。

人として、命を大切にする、他を認めるのは非常に大切な事ですが、己の魂から見れば違います。

その人間が存在価値を作らないのならば、価値がないと判断されても仕方のない事です。


ワクワクしない、好奇心もない、ただ日々を過ごしているだけ、そんな風になってしまって魂は喜ぶでしょうか。

魂は生命の源です。

人間がただ生きるだけの人生を歩むとして、そのために魂は人間に積極的に生命を、元気を与え続けるでしょうか。

その答えは今の社会を見れば判ります。

うつ病の患者さんが増えているそうですが、その内のどれくらいかの割合の方は、魂の影響なのです。

ですから、薬では決して完治しません。

むしろ、魂に関係したうつの症状ならば、薬は逆効果になります。

医学的に証明できないから信じられないのならばそれでも構いません。

ただ、実際に魂の影響するうつ状態ならば、魂に語りかけ、人間に(魂の存在を)教える事で、改善していくのは確かです。


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『あなたは何のために生きるのか』
今日の言葉

理想の世界とは

多くの人がほかの人に仕えてもらっている世界ではありません

誰もが自分自身に仕える世界です

ウォレス・D.ワトルズ


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人間は、そのどこかにある思いが存在します。

人間はこうあるべきだという理想であったり、最高の喜びはこれだという思いなど、それぞれに秘めたものがあります。

それがどこから来るのか、いつからそれを秘めていたのか、それが理解できなくても、あるには変わりありません。

そして、人間はその思いを実現しなければならないのです。

ただし、しなければならないと強く認識する者もいれば、何ら関係がないと感じている者もいます。

何も感じないのに「しなさい」とは言いません。

しかし、強く認識している者、または何となくでも何かをしなければならないと感じている者は、その一歩を踏み出さねばなりません。

自らその一歩を踏み出さなければ、焦り、不安という気持ちは消えません。

消えないどころか、どんどん増していきます。

意外と世の中を見回すと、この焦りや不安に大きく影響されている人がいます。

しかし、なぜそういう風になるのかが理解できていないのです。

ですから、更に焦り、不安を感じるという悪循環に陥るのです。

その答え(思いを実現するために動く事)を誰も教えてはくれないのです。

なぜなら、周りの人も知らないのですから答えようがないのです。

さて、あなたは答えを知りました。

もしあなたが何かに気付いているとするのならば、最初の一歩を踏み出してください。


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『求める者』
今日の言葉

断固としてやり遂げる局面が必要な場面は多いが

その一方で目標達成の方法をいつでも変えられる「柔軟性」も

成功を手に入れるためにまくべき種である

アンソニー・ロビンズ


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人間の人生は一度きり、後戻りは一切ありません。

長かろうと短かろうと、自分という人間は一度の人生しかないのです。

誰もが自分の人生をより良きものにしたいと思うでしょう。

しかしその方法を知らないのです。

知らない故に、知ろうとする者は様々な事に首を突っ込んでいきます。

それを笑う事はできません。

けなす事もできません。

知ろうとする人間を笑うほど、自分は自分の人生を必死に生きているでしょうか。

自分が何たるかを知ろうとしているでしょうか。

または知っているでしょうか。

知ろうとしない者には決して見つける事はできません。

他人の目を気にしていては、自分を見つける事はできないのです。

ただし、瞑想等で何かを得ようとする中で、時に己の思い込みの世界に入る場合があります。

それを正す人間、人生の師という人間を必要とします。

それが一番の近道なのです。

知らない事を知っている者に「教えてください」と言えるだけの素直さと謙虚さを持つことです。

人間は生きているからこそ何でもできる、「生きているからこそ」という所を本当に理解し、自分の中に染み込ませているでしょうか。

死んだ人間に何ができるでしょうか。

生きているからこそ、そこには、こうなりたいとかこうしたいという「意志」を持てるのです。

その「意志」を魂は必要としているのです。



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『受け継がれるもの』
今日の言葉

花はなぜ美しいか

ひとすじの気持ちで咲いているからだ

八木重吉


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今の自分の後ろには、数多くの先祖が存在します。

辛い事もあったでしょう、きつい事もあったでしょう、心残りもあったでしょう。

必ずしも良い事ばかりではなかったはずです。

その思いは、亡くなっても消えてしまう事はありません。

顔が似ている、性格が似ている、そういうものと同じで代々受け継がれていきます。

時に、そういう思いが思わぬ不幸を引き起こす事もあります。

思いだけではなく、先祖の行い、そのツケが今を生きるものに回ってくる事もあります。

先祖の行いのツケと言っても、何か大きな事件を起こしたとか、そういう事だけを指すのではありません。

むしろ、日常の些細な間違いが後々大きなツケとなる事もあるのです。

過去の出来事ですから、正確に何があったのかを知る術はありません。

ただ、何かがあった事を「あぁ、そうなのか!」と認める事はできます。

認める事、それによって消えていくものもあるのですが、こんな話を信じられる人はどれほどいるでしょうか。

胡散臭い、壷や印鑑でも売りつけられるんじゃないか、なんて考えてしまいますよね。

それが常識的な反応かもしれません。

しかし、この世の出来事全てが常識に当てはまるわけではありません。

また常識なんて時代や地域で大きく違うもの、変化するものです。

話を聞く中で、何か自分の心に響くものがあれば、それに賭けてみる勇気が必要な事もあるのです。

心に響くもの、それは人間の知識や常識、または損得などのフィルターに通すと響かない場合もあります。

そういうフィルターを取り除くために、瞑想等で人間性を消す練習をしているのです。


人間は背負うもの(思いやツケ)を消しながら、後に続く者にそういうものを残さないように生きていかなければならないのです。


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『明けましておめでとうございます』
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今日の言葉

何が幸福で何が不幸なのかを見分けよ

すべてのものに満足を見出す者もいれば

何を見ても悲しみしか見出さない者もいる

バルタザール・グラシアン


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新しい年が始まりました。

仕事にしてもプライベートにしても、目標を持つという事、つまり自分が何かを決めるという事は大切な事です。

それに向かって一生懸命になれますし、具体的に自分がどうすればいいのかも判ってきます。

毎日が元旦、つまりは始まりの日だと肝に銘じて、日々を生きてください。

一日、一日をただの時間の流れに任せるのではなく、自分自身で区切りをつけながら、今日できる事は今日、それを繰り返していくのです。


では、今年もお付き合いの程、よろしくお願いします。
良き年となるかどうかは、自分自身が鍵を握っていますよ。

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