美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『怖さの裏にある悲しみ』
今日の言葉

期待値が「ゼロ」まで下がれば

自分に今あるものすべてに間違いなく感謝の念が湧く

スティーヴン・ホーキング


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自分自身には何も起こらないけれど、自分の家族などの身内に不幸や不都合が続くのはなぜなのか。

そういうケースの場合、本人は忍耐強い、我慢強いタイプの人である可能性が高いのです。

自分自身の不幸や不都合は何とか乗り越えていけるのです。

そういうタイプの人に、魂が何かを伝えようとする場合、本人に不幸や不都合を与えてもあまり効果がありません。

我慢と忍耐で乗り越えようとし、「どうしてだろう?」という疑問を解き明かそうはしません。

ところが、自分ではない家族や身内となるとどうでしょうか。

家族や身内が苦しんでいるのを見るのは辛いのですが、それをどうしようもできない自分がいます。

魂によっては、強くその想いを伝えようとする場合があります。

そのためには様々な手段を使います。

我慢や忍耐のないタイプの人で、健康や名誉、お金など自分自身の事で大切なものや弱点があれば、そこを狙っていきます。

自分に関する事は我慢できる人でも、家族や身内となると違う人もいます。

可愛い子供や孫、配偶者など、大切な人に不幸や不都合を生じさせるケースも多々あるのです。

人間、必ず何かしらの弱点があります。

その弱点を魂は百も承知しています。

ですから、魂が強く何かを伝えようとする場合には、その弱点を必ず利用します。

こんな風に書くと、「魂は何て存在だ!」とか「非情だ!」と思われるかもしれませんが、そうさせているのは人間なのです。

そういう事態になる前から、魂は必死に人間にメッセージを送っていたのです。

それに気づかずに人間だけの自分を重視して生きてきたのです。


真実への扉は・・・本家にある
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『喜びと実感』
今日の言葉

最も大事なことは、自分の心に、自分の直感についていく勇気を持つことだ

心や直感はすでに、あなたが本当になりたいものを知っている

スティーブ・ジョブス


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生きている喜び、生きている実感、それを自分がどう捉え、どう表現していくのか。

病に倒れた人への特効薬はこれなのです。

もちろん、元気な人にもとても大切な事ですけどね。

病に倒れると、どうしても病気の事ばかりを考えたり、悪い方にばかり想像を膨らませていきます。

人間はイメージの生き物で、イメージが現実に結びついていきます。

もちろん、全てのイメージが即現実に結びつくわけではありません。

自分のレベルとイメージのレベルに差があれば、人間が努力してレベルを上げていかなければなりません。

そういう意味でも、病気が悪くなる事ばかりを考えるとそのイメージは現実に結びつきやすいのです。

すでに「ある」と認識した病気を進行させるのは簡単なのです。

その逆は、ある人には簡単であり、ある人には難しいものなのです。

病気を忘れるぐらいに何かに熱中し、それを楽しみ、その楽しんでいる自分を「生きている!」と喜べるのならば、奇跡といわれる事が起こりやすくなります。

生きる喜びや実感、それをうまく捉えられている人の話をよく聞き、それらをヒントにしながら、自分なりの捉え方や表現方法を身につけていってください。

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『人間は自然界の一員』
今日の言葉

内から成長してこないものは基礎が弱い

ウーラント


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自然界には自然界のルールがあります。

たとえば、水の流れが滞るのを良しとしません。

それが人間と何の関係があるかと思うかもしれません。

人間もこの自然界の中の一員です。

人間の都合で水の流れを止め、滞らせた場合、そこは水だけではなく、様々なものが滞る場所となります。

よくゴミが溜まる場所があると思いますが、それと同じような事が起こります。

ゴミならば目に見えますが、必ずしも目に見えるものだけが溜まるのではありません。

溜まった何かが私達の健康等に対して悪影響を与える事もあります。

そんな事は関係ない、と言っても私達が自然界の一員である事に変わりはないのですから、自然界のルールから外れるわけではありません。

そういうものを軽んじる心が、神への冒涜となるのです。

自分が流れを滞らせたわけではなくても、買った土地や家、または借りて住んでいる家がそういう場所にある時には、気をつけなければなりません。

またそういう場所ではないとしても、その土地に住まわせてもらっているという謙虚な気持ちと感謝は忘れないように。


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『教えられている事』
今日の言葉

ありふれたことだが失敗と成功は裏腹になっている

みんな失敗を恐れるから成功のチャンスも少ない

本田宗一郎


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神社仏閣、仏像、はたまた庭にある石、何であれ、見て何かを感じた、または見えない何かが見えたという話を聞きます。

それが何を意味しているのか、そこが判らなければならないのです。

例えば、とある神社で「追い詰められている」と感じたという場合、それはそこに祀られている神仏が追い詰められているのではなく、自分自身がそういう状況にあると教えてもらっているのです。

ある人は、庭石が「大きな蛇が睨んでいる様に見えるんですよ」と言われました。

それも他人への怨み・辛みを感じながら生きてきた自分自身を写しているに過ぎないのです。

よく世の中は自分を映す鏡だと言われますが、その一例なのです。

そしてそういう風に映し出しているのが、魂なのです。

魂には実体がありませんから、その人に気づいて欲しい事や修正して欲しい事を直接伝える事が出来ません。

それ故に、様々な手段で伝えようとしています。

ただ、何も判らない人間からすれば、「不思議な出来事だった」となるのです。

それでもう一歩踏み込んで、何でそう感じたのか、何でそう見えたのか、突き詰めていこうとする意志を持たなければならないのです。

自分で考えても判らなければ、周りの人に聞いてみるという事も一つの手段です。

その人が判らなくても、誰か判る人へ繋いでもらえるかもしれません。

理由や意味が判れば、それに従っていくのです。

追い詰められているのならば、それを打破する方法を考えれば良し。

怨み・辛みがダメだと言われているのなら、そういう感情を抱かないように自分を変える努力をすれば良し。

せっかく教えてもらっているのですから、素直にそれを受け取れるように。

それが未来さえも変えていく可能性があるのです。


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『信じるのみ』
今日の言葉

習慣はケーブルのようなものだ

毎日細い線をより合わせると

簡単には切れないほどの強さを持つようになる

ホーレス・マン


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魂や神、その存在は信じるだけで頼るものではありません。

信じているから大丈夫、そんな事はないのです。

信じているから助けてもらえる、そう思いたくなるのは理解できますが、だから人間の努力は不要だとか、好きにしてよいわけではありません。

先日も、具合を悪くして入院された方がいました。

その方は確かに魂や神の存在を純粋に信じています。

しかし、信じているからといって、病気で食べてはいけないと言われているものを食べたり、不摂生をしていて、何事もないわけはありません。

この方は「信じていたのに」という言葉は言いませんでしたが、多くの場合、「信じている」と口で言いながら、何か悪い事があれば「信じていたのに」と思うものです。

その言葉は必ず自分に返るのです。

信じるだけで、私たちは魂や神に頼ったり、願ったりするものではないのです。

いつも言いますが、人間の人生・未来は、その人間の思い、行動の結果なのです。

そこには確かに魂が関与しているのですが、それはこの世のルールに人間の思いや行動を照らし合わせ、ルールに反していないかを判断しているだけなのです。

信じているから病気は悪くならないだろう、そんな考えは通用しません。

これだけは憶えておいて欲しいです。

どうしても今までの概念では、信じれば何もかもうまくいく、そんな考えがあるかもしれません。

しかし、それは真実ではないのです。

信じれば何もかもうまくいくと言った方が人は信じてくれます。

その方が都合が良いですからね。

でも人間の都合に合わせた魂や神は一切存在しないのです。

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『元気』
今日の言葉

子供は誰でも芸術家だ

問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ

パブロ・ピカソ


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辛く苦しいこと、それは本当に辛く苦しいことなのでしょうか。

状況は様々でしょうが、中には自分が「辛く苦しい」と思っているだけのことはないでしょうか。

大雪が降って寒くてたまらない日の外出はを辛く苦しいと感じても、もしその外出が大好きな人とのデートだったら、ワクワクドキドキして、寒さなんて気にならないのではないでしょうか。

要は心のあり方なのです。

もちろん、中には本当に辛く苦しいこともあります。

一概には言えないかもしれませんが、そういう中にあっても心のあり方は重要な事なのです。

心のあり方一つで、人生は明るくも暗くもなります。

更には、エネルギーを受け取れるか、受け取れないかの分かれ道にもなるのです。

エネルギー、以前にも書きましたが、それは食べ物から摂取するものだけを指すのではありません。

この世に陽の光のように降り注ぐエネルギーがあるのです。

心が明るいから元気がでる、その元気の源を取り込むためには明るい心が必要なのです。

元気の出ない人は心が暗く、エネルギーを受け取れないのですから、当然更に元気は出てきません。

やる気はあるけど体に力が出ない、そんな方も多いのですが、薬やサプリメントなどで出てくる元気には限界があります。

人間は、この世に生きています。

この世はエネルギーに溢れています。

それを取り込んでいくシステムが人間にもあるのです。


ただ、ちょっとした考え方や捉え方にかけ違いがある故に、取り込み口が塞がれているのです。

明るく、朗らかに、何があろうと微笑を忘れないことですね。

たとえ元気がないとしても、その元気のない自分に振り回されていけば、下降線を辿ってしまいます。

そんな時こそ、意識して明るさを持っていくと、自然と元気を取り戻せるのです。


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『運』
今日の言葉

何を生命と呼ぶか

あらゆる意味から君を激動させるもの

君を突き貫くもののことです

ルネ・ロダン


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嬉しそうな人、幸せそうな人、そういう人々を見て、どう思うのか。

微笑ましいね
いいね
自分まで幸せになるね

そういう風に、他人の喜びや幸せを自分も喜びや幸せに感じられるでしょうか。

それとも…

ふん、勝手にしてれば
幸せなんて幻想だよ
不幸になればいい

そういう風に、僻み・妬み・嫉みを感じるでしょうか。

後者のような捉え方、感じ方の人に幸せが来るでしょうか。

人間は「楽しむ人生」と「喜ばしい人生」の違いを知らなければなりません。

楽しむ人生、それは自分の好きな事(趣味等)をする生き様。

喜ばしい人生、それは人の喜びや感動を喜ぶ生き様。

人生、楽しく明るく生きなさい、自分が喜ぶように生きなさいというと、どうしても「楽しむ人生」という風に捉えます。

しかし、「自分=人間の自分」ではありません。

自分が喜ぶとは、己の中の魂が喜ぶという事です。

そう説明しても、人間は自分の都合に合わせて勝手な解釈をします。

結果、魂が喜ぶ(喜ばしい人生)ことではなく、自分が面白おかしい(楽しむ人生)ことをしてしまいます。

趣味等の世界に没頭してはいけないという訳ではなく、そういう世界でも魂が喜ぶ自分があれば良いのです。

先の捉え方の例でも、僻み・妬み・嫉みを感じて魂が喜ぶのならばそうすればいいのですが、多くの人と出会ってきましたが、そういう心を喜ぶ魂なんてありません。

むしろ、そういう心は嫌われます。

嫌いだからこそ、そういう捉え方をしないようにと様々な警告を発します。

それは決して幸せな事ではありません。

警告してもらえる事自体は幸せな事(見捨てられていないから)ですが、起こる出来事は辛く、苦しい事ばかりです。

人間、どんなに努力しても、こういう心のあり方が運を左右していくのです。

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『信じた自分を信じる』
今日の言葉

生きるとは呼吸することではない

行動することだ

ジャン=ジャック・ルソー


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自分に宿っている魂が過去に宿っていた人間の記憶はないとしても、前世と同じような人生を歩んでいく事は多々あります。

人間が魂を成長させないのですから、同じような失敗を繰り返していくのです。

それが運命だとしても、それをどこかで方向転換させる出会いがあります。

魂は真実や真理を知っている者の元へ人間を運ぶ事があります。

それが運命の出会い。

ただし、良い方へ転ぶか、悪い方へ転ぶか、それは判りません。

真実や真理を知る者の元へ人間を運んだ魂は、それで役目を終えます。

そこに新たに役目を与えられなければ、運ばれた人間は見捨てられたと同じなのです。

何を言っているのか判らないかもしれませんが、真実や真理に触れたのならば、そこからが始まりなのです。

過去から一直線だった未来(前世の二の舞)を変えるためには、真のプライドを持つことです。

真のプライドとは、己の魂をどれだけ信じられるかです。

真実や真理を知った、その時の自分をどれだけ信じて、従えるのか。

私を信じろとか、人を信じろというのではなく、誰かがあなたに真実や真理を語った時、「凄い」とか「信じられる」と思った自分を信じるしかないのです。

人間、おいそれと従えない何かを必ず持っています。

そうは言っても…と捨てられない何か(つまりそれが我(が)なのですが)を守るために、信じた自分を裏切っていくのです。

これは言っても判るものではないかもしれませんが、あなたが真実や真理に触れた時には思い出してください。

潔く従う、たとえ騙されたとしても、信じた自分を自分が裏切らなければ、それでいいのです。

ただし、信じたというのは、頭ではなく心で感じるものですからご注意を。


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『問いかけ』
今日の言葉

自分を変えられないことこそが

つまらない日常をもたらしている原因だ

養老孟司


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自分の考え方、捉え方、思い、そういうものはいつも地に植えられていきます。

そして時を経て、花を咲かせるのですが、それが未来なのです。

自分なりに「こういう考え方は間違っていた」と気づくならば、花が咲く前に、芽を摘む事ができるかもしれません。

避けられる不都合や悲劇があるというのは、そういう事なのです。

平和である故に、人間は「何のために生きるのか」とか「自分の人生はこれでいいのか」と考える事が少なくなりました。

そんな事を考えるよりも楽しい事は山ほどあるからです。

そうなると、自分の考え方や捉え方、思いというものについて考える事もありません。

結果(未来)だけが目の前に突きつけられ、それに翻弄されていくだけです。

私たちはいつも問われています。

あなたの人生、それでいいのか。

あなたは何のために生まれ、生きているのか。


いつも、誰かに、何かに、そして己の内から、問われているのです。

それにいつまで耳を塞ぎ、気づかないフリをしていくのでしょうか。

少なくとも、ここを読んでいただいている方は、その問い掛けに気づいているのではないでしょうか。

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『自分のルール』
今日の言葉

どんな名医や名薬といえども

楽しい、おもしろい、うれしい

というものに勝る効果は絶対にない

中村天風


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こんな電話がありました。

もう、腹が立って仕方がないんですよ。
うちの父が車の税金を払ってなくて、差し押さえの知らせがきたんです。
払うように言っていたのに払っていなくて、もう震えて涙が出るぐらい腹が立つんです。


この方は現在病気の治療中で、時折私のもとを訪れます。

病気になってしまったのをどうこう言えませんが、これからは病気が進行しないように、また完治できるように、努力していかなければなりません。

この方の場合、病気になった一つの原因は取り除きましたが、もう一つの原因はそのままなのです。

それは自分の性格・考え方・捉え方(=我)です。

上の電話の内容、同じように腹を立てる人もいれば、そんな事ぐらい気にしない人もいます。

許せない、腹が立つ、その元は何でしょうか。

それは自分のルール、つまりそれが我(が)なのです。

自分の作ったルールに反するのならば、親だろうと子供だろうと、そして神であろうと許さない、そういう我がある限り、病気はなくなる事はありません。

むしろ、そういう風に我を振り回して、神を斬りつけようとした結果、返り討ちにあったような状況なのです。

自分のルール、それはあくまでも自分が勝手に作ったものです。

勝手に作った自分のルールに縛られ、怒りを感じてしまっているのです。

怒りが体や心に良いものであるならばどんどん怒ってください。

しかしそうではないと思うのならば、自分のルールを捨て、穏やかに生きていくほうが良いのではないでしょうか。

人間、死にたくないと必死に病気と向かい合いながら、一方で捨てられない我を持っています。

それを捨てたら治るかもしれない、そう言われても捨てられないからこその「我」なのかもしれません。

我を捨てるのが早いか、それとも病気が進行するのが早いか、時間との戦いになってしまいます。

今現在、健康な方には、その健康を長く保っていけるように、我をどれだけ消していけるのか、挑戦して欲しいです。

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『土地と災い』
今日の言葉

自分の欠点を直視し認めることです

ただし欠点に振り回されてはいけません

ヘレン・ケラー


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以前からあることなのですが、最近よく出会うのが、家を新築した後に様々な不都合に出会うというケースです。

土地や家を購入する際、土地の持ち主や家の持ち主、または建築会社や不動産会社等に、それに見合うお金を支払いますよね。

土地は、人間社会のルールとしては、○氏の持ち物と決まっていますが、目に見えない世界でも、同じように何かが管理している場合があるのです。

何もそういう存在がない土地ならば問題はありませんが、そうではない時は…怖いのです。

「この土地に住まわせていただきます」という理(ことわり)をきちんと入れられるか。

目に見える土地の持ち主にはお金で済むかもしれません。

目に見えない土地の管理人にはお金は意味を成しません。

理を入れ、住まわせてもらうという謙虚な気持ちと感謝を差し出せるかどうかなのです。

それができなければ、自分の命や健康など、または自分の大切なもの(時に子や孫などの人の場合もある)が奪われていく可能性が高くなるのです。

家祓いや地鎮祭を行ったのに…と言われる方も多いのですが、理を入れる者と管理するものの(見えない存在)の力関係もあります。

管理するものの方が強ければ、または理を入れる者の力不足があれば、結局は形だけの儀式で終わってしまう場合もあるのです。

対処法はそれぞれありますが、注目すべきは、なぜその土地や家を選んだのか、という事なのです。

いつも書いている人間の基本条件「素直さ・謙虚さ・感謝」の不足している場合が多いのです。

人のアドバイスを聞かない、目に見えない存在を軽んじる、お金を払ったのだから自分の土地に何をしてもいい等、中にある魂からみれば、「違うじゃないか」と言いたくなる場合が多いのです。

人間の基本条件を満たしていないという警告といえば警告。

そういう人だからこそ、わざわざ住めば何か起こるかもしれない土地や家を選ばされていくのです。

そう説明されても、理解はできないかもしれません。

しかし、理解しようとしまいと、きちんと対処すれば改善していくのです。


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『人間の基本条件』
今日の言葉

問題は弱みがあること自体ではない

自信のなさや不安から、他人との間に無意識に壁を作ってしまうことにある

弱さをそのまま表に出せた時、本当の克服のチャンスが生まれる

平尾誠二


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人生は様々な分岐点での己の判断で作られていきます。

何か重大な決断を下さなければならない分岐点に立っているとして、その決断をどう下すのか判断する際、素直であるか、謙虚であるか、感謝はあるか、といういつも書いている人間の基本条件がポイントになります。

その決断が未来を決めていくのですから、できることなら、明るい未来へ向かいたいと思うでしょう。

しかし、そのためにはどういう風に決めていけばいいのか、それが判らなかったのです。

「素直さ・謙虚さ・感謝」という人間の基本条件を思い出していただければと思います。

人間ですから、欲もあれば、楽をしたいという思いもあるでしょう。

でも、そういうものを基準に判断していくと、結局その思惑は実現しないのです。

時には実現する事もあります。

欲に見合うだけの努力や犠牲を払った時です。

努力は己が先に差し出すもの、犠牲は己の都合に関係なく差し出されるもの。

前者ならばいいのですが、後者ならば、自分の命や健康などの場合もあれば、自分の大切なもの(時に子や孫などの人の場合もある)の場合もあるから怖いのです。

そうなるというという予想の上で決断した訳ではないでしょうから、一時的に己の望んだものを得た事に対しての喜びを感じたとしても、後から大きな犠牲に泣く事になるのです。

この世の仕組みとして、どんな事でも得るならば、それに見合う何かを差し出さなければならないのです。

品物をお金で買うのと同じ事が、目には見えない世界でも行われています。

ただ、関連性に気づかなければ、「なぜ?」と思うだけで終わってしまいます。

文字や言葉にすると「素直さ・謙虚さ・感謝」と簡単なものですが、これをいつも実践できるかといえば…どうでしょうね。

避けられる不都合はあるのです。

避ける方法はあるのです。

人間がそれを実践していないだけの事です。

いつも「実践しないとこうなるよ」というものを見せてもらっているのに、怖さはいつも他人事なのです。


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『発見していく事』
今日の言葉

未来はすでに始まっている

ロベルト・ユンク


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運命であろうと、現実の生活であろうと、それに振り回されてしまう、つまり受身になっていると苦しいものです。

振り回されているという感覚はないかもしれませんが、では、なぜそうなるのか、という事を冷静に分析し、対処しているでしょうか。

行き当たりばったりではないでしょうか。

都合の悪い事、納得のいかない結果、そういうものに出会ったとして、それが運命だから、仕方のないことだから、と流されてはいないでしょうか。

一方では流されてしまう方が楽な部分もありますが、流されるという事はその先がどうなっているのか、全く判らないもの。

判らないという事は、その先にとんでもない事が待っているとしても、何の準備もできません。

冷静に分析し、対処するとは、何も未来が見えるとか、予測できるというものではありません。

ただ、この世の中に多くの人間が存在し、原因と結果というものをいつも見せてもらっています。

その中には、自分にも当てはまるものがあれば、逆に自分には当てはまらないものもあるでしょう。

しかし、多くの人間をみていて、「こうするとこうなっていく」とか「こういうタイプの人はこういう風になっていく」という共通点を見つけることはできます。

その共通点を参考にしながら、流されるのではなく、流れにのっていくのです。

そういう風に見せてもらう中で、いつも書いている「人間の基本条件は素直さ・謙虚さ・感謝」というものを知ったのです。

うまくいかない、ツイていないなど、そうなるにはなる理由がどこかにあるのです。


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『運命』
今日の言葉

自分の人生は自分で責任をとりなさい

すると、どうなるか?

恐ろしいことに、誰のせいにもできなくなります

エリカ・ジョング


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運命は決められているのか。

答えは・・・イエスでもあり、ノーでもあります。

確かに運命の中には「決められた運命」というものも存在します。

決められた運命、つまりは未来に何かが待っている(良くない事)として、それを消してしまうことはできません。

ただし、その何かにたどり着くまでの時間を延長させることはできます。

ところが、人は一歩一歩、「決められた運命」に近づいていきます。

特に、人の話に耳を傾けないタイプの人間は、時間を延長させる道を絶たれてしまうのです。

決められた運命に翻弄されていくのです。

一方で、運命は人間の考え方、捉え方、そして生き方の変化で変わるものでもあります。

決められていようと、決められていまいと、未来に望まない何かがあるとするならば、自分が変わることでしか、変えられないのです。

運命に翻弄され始める時、何かしらのサインがあります。

トラブル、変調、どういう形であるかはそれぞれですが、「何かがおかしい」と思うものがあるのです。

それは自分では気づかないことかもしれません。

周りにいる者にしか判らない形である場合もあるのです。

そういう時、「おかしくないか」と言われて、素直に聞けるでしょうか。

結局は、いつも書くように「素直さ・謙虚さ・感謝」というものがあるかどうかが分かれ道になるのです。

運命、それを言い訳にして欲しくはありません。

避けられる道、延長させる道があったにも関わらず、それをしなかった、出来なかったのは自分なのです。

何をどう変えていけばいいのか、それが判らないのならば、判る者に教えを乞うしかありません。

私もそうやって、様々な事を学んできました。

学んだからこそ、次は伝えていかなければならないと思うのです。

運命は一つの仕組みから成り立っているのです。

その仕組みを知れば、避ける道、延長させる道が見えてきます。

ただし、そうなれるまでには時間が掛かるかもしれません。

それまで継続できる人も少ないものなのです。

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『ロマンティックになってみる』
今日の言葉

やってみなければ、結局は失敗と同じ

リチャード・ブランソン


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花をみて、星をみて、「綺麗だなぁ」と感じる、それが病気や不幸の予防薬なのです。

目には見えない心の汚れ、それは生きているのだから仕方のないものです。

一人で生きているわけではありませんから、人と人との関わりの中で、自分勝手な自分・損得勘定の自分が出てくると、心が汚れていきます。

自分勝手ではない、損得勘定などない、そう思っていても、些細なところでついそういう自分が出てしまうのです。

心の汚れのない人はいないと言ってもいいほど、誰でも心を汚しているのです。

人間の考える善悪、それはあくまでも「人間の考える」ものであって、この世の仕組みと同じではありません。

人から見れば良い事であっても、この世の仕組みからすればNGを出されることかもしれないのです。

たとえば、人に親切にしていても、その裏側に、「親切にしたら良い事があるかも」とか「親切にしている自分は他人には優しい人思われるだろう」という気持ちがあれば、それは純粋に「親切な人」ではなく、損得勘定な自分なのです。

邪な気持ちや欲、そういうものが心を汚します。

心には魂が存在します。

汚れた心は居心地が悪くなります。

居心地を良くするために、「心が汚れている」と人間に教えようとします。

しかし、魂には伝える術がありません。

実体がないのですから、声を掛けることもできなければ、頬を叩く事もできません。

それ故に、この現実で、病気や不幸という形で「なんでこうなるの?」と考えさせようとするのです。

この流れを知らなければ、運悪く病気や不幸に見舞われた、という認識しかありません。

そういう認識しかなければ、心を汚しているという事にも気づきません。

気づかないのですから、引き続き、心を汚していきます。


心を汚す→病気や不幸にあう→後ろ向きな考えになる→心を汚す

この悪循環が繰り返されていくのです。

「素直さ・謙虚さ・感謝」が人間の基本なのです。

それに加え、どうしても心が汚れるのならば、花や星、音楽や芸術、その他様々な事で感動するなど、その汚れを落としていく術を考えるしかないのです。

美しいもの、素敵なもの、そういう事に対して、素直に「綺麗だ」とか「美しい」と思える(言える)自分があれば、少しでも心の汚れは落ちていきます。

そうしながら、「素直さ・謙虚さ・感謝」を身につけていくことですね。

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『メッセージ』
今日の言葉

人の世に道は一つということはない

道は百も千も万もある

坂本竜馬


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時代はどんどん変化しています。

以前の経験や知識が通用しなくなっていくのです。

それはこの現実の事だけではなく、見えない世界に関しても同じです。

以前は子供には霊はとり憑かなかった(例外はある)のですが、今は子供だろうと関係がありません。

また、いわゆる「罰」というものが、すぐに深刻な状況を招く事はありませんでしたが、今は急速に深刻化する傾向が見られるようになりました。

そういう変化の中で、私たちは何をすればいいのか。

目に見えない世界を知る、魂の存在を知る、それだけでは駄目なのです。

知ってどうするのか、要するに真剣に人生と向き合い、己の成すべき事を知り、それを形にしていかなければならないのです。

対極化していく、何事もなく生きていける者と波乱に満ちた人生を歩む者に分かれていきのではないでしょうか。

人間は魂と共に生きていかなければならないのですが、それができないのならば、人間の力だけで生きていくしかありません。

それがどういう事なのか、それが判らないのかもしれませんが、例えるなら、魂と共に生きるのは日向、人間だけで生きていくのは日陰。

日陰であっても、楽しい事もあれば、嬉しい事もありますから、違いは判らないかもしれません。

一見違いはないように思えても、日陰にいる影響はじわりじわりと出てきます。

必ず、そういう場合には誰かが警告をしてくれるはずです。

何気ない日常の会話の中で、あなたにメッセージを送ってくれます。

ただ、悲しいかな、それを受け取れないのも日陰にいる影響なのかもしれません。

しかし、そんな状況でも、「自分はこのままでいいのか」という疑問が浮かぶ人がいます。

その疑問に向かい合おうと努力できる人ならば、メッセージを見逃さないのです。

日陰から抜け出すチャンスは、自分で作るしかないのです。

あなたは生きている喜びはありますか。

毎日の生活で、いつも笑顔はありますか。

そして、あなたにしか描けない人生を謳歌していますか。


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『過去は生きている』
今日の言葉

自分への教育は自分の無知を認めることから始まる

(スティーブン・コヴィー)


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人と人の関係は、今現在(現世)の関わり合いだけとは限りません。

(魂の)前世や過去(先祖)の関係が今になっても影響を及ぼす事があります。

ただ、そういう関係は見えませんので、気づかないものなのです。

普段は特にそれを考える必要はないかもしれません。

しかし、それが現在に思わぬ影を落とすとするのならば、知らなければならないのです。

これは人間関係だけではなく、それぞれの人間でも同じです。

前世や過去は、過ぎ去ったものであるのですが、消えてしまったものではないのです。

どこかにその名残があり、良くも悪くも、現在に影響を与えています。

よく冗談で、高いところが嫌いな人に「前世で高いところから落ちたんじゃないの」なんていう場合があるかもしれませんが、一概に冗談、笑い話ではないかもしれないのです。

消えない前世や過去、それらは、今現在生きている人間が認め、一つ一つ消してあげなければならないのです。

過去の出来事ですから、余程有名な方ではない限り、詳細を知ることはできません。

しかし、話をしているとイメージできる事はあります。

そのイメージを相手に伝え、それを本人が認めることができれば、消えていくことはあるのです。

想像の世界かもしれませんが、実際に高いところが怖くなくなった、という結果が出てくるのですから、不思議なものです。

そういう不思議な事があってもおかしくない、それがこの世です。

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『罰と礼儀』
今日の言葉

肉体的な弱点でも、内面的なものでも

それを他人に気づかれまいと苦心するところから

人間は醜くなるのです

五木寛之


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何度も「礼儀」について書いてきましたが、人間、つい忘れてしまう事があります。

その「つい忘れる」というのが怖いのです。

先日も、Aさんが仕事で神社仏閣に入ることがありました。

普段は入る前に「入らせていただきます」と言うのですが、その日はつい忘れてしまったそうです。

そして、仕事に入ると、普段はしない事をしてしまい、最後には何もないところで転んでしまいました。

「足を払われたようだった」と言われていましたが、まさにその通りなのです。

Aさんのように、学んできた人は、つい忘れるということさえ、許されないのです。

とはいえ、大怪我をしたわけでもなく、打撲程度で済んだのですから、ありがたいことなのです。

そう思えなければ、また次が待っているのです。

ただ、全ての人がこういう風になるわけではありません。

いわゆる「罰が当たる」というものは、裏を返せば「守られている」ということなのです。

ですから、守る価値がないと判断された者には、罰も当たらないのです。

話は戻って、Aさんが「普段はしない事をした」と書きましたが、それは「転ぶ」という未来へ向けて用意されたものなのです。

これは罰が当たる時によくある事なのですが、罰は天から降ってくるのではなく、そうなるように人間が行動しているのです。

つまりは、自分で判断し、行動した結果、不幸な事や都合の悪い事に出会うのです。

なぜそう判断したのか、行動したのか、思い返してもわからない、なんて話もよく聞きます。

私たちは自分の頭で自分ひとりで考えているようでいて、実はそこに魂が関与しているのです。

そうなるように選びなさい、という指令が出ているのですが、これは人間には判りません。

こういう出来事に出会うたびに、人間は魂と共にある、という事を実感します。

今ここを読んでいるあなたも、いつも魂と共にあるのですよ。

決して他人事ではありません。


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『何のために生きるの?』
今日の言葉

すべての人がアイデアを生み出す力をもっていることは確かだ

しかしその力は才能と同様、訓練しないと伸びない

F.M.クローフォード


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長年、魂や神など見えない世界について学び、多くの方と出会ってきました。

多くの出会いの中で、「見えなくてもあるものはある」という事をいつも見せてもらいました。

「ある」と認められる人、また「ない」と否定してしまう人、様々な人がいましたが、結果として、否定してしまうとどうなっていくのか、その怖さも見せてもらいました。

それ故に、いかに神への畏怖を己の中に根付かせるのか(洗脳とかではありませんよ)、これがどれだけ重要なのかも実感してきました。

「そうなんだ」とすぐに認められる人に出会うと、私も驚いてしまうのですから、多くの人が否定的であるのは仕方がないのかもしれません。

幼い頃から接してこなかった場合が多いのですから、当然「疑って」しまうのです。

それが危険な事だとしても、知らないのですから、怖い事もないのでしょう。

しかし、出会った人が不幸になるのを黙って見ているのも悔しいものです。

どうやれば話を聞いてもらえるのか、どう話せば判り易いのか、日々試行錯誤なのです。

「知らない」と手を引いてしまう方が楽なのですが、それならば自分は何のために存在するのか、という事になるのです。

これは私の事だけに限らず、あなたにもそういう何かがあるのです。

それに気づいていない、または気づいているけど実践していないだけで、あなたの中にはあなたにしかできない何かがすでにあるのです。

ただ、それは他人から教えてもらうものではありません。

自分で見つけるしかないのです。

必ずしもそれが完成形で見つかるわけではありません。

何となくこういう事をしたい、そんな「欠片」のようなものかもしれません。

完成させていくのは自分なのです。


他人にできるのは、完成させようと頑張るあなたへのアドバイスだけなのです。

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『表現』
今日の言葉

人生は10段変速の自転車のようなもの

自分が持っているものの大半は使ってない

チャールズ・M・シュルツ


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生きるとは、いつも心の表現なのです。

嬉しい、楽しい、悲しい、悔しい、様々な感情も心の一つ。

あれをしたい、これをしたい、そういう思いも心の一つ。

私たちは何かを思い、それを様々な表現にして、生きています。
その時々の気持ちを優先すれば、人生は一貫性がありません。

それもまた人生ではありますが、果たしてそういう人生であなたは満足でしょうか。

納得できるものがあれば良いのですが、納得できないとするならば、人生において一つの信念を持つ事です。

何か一つ、自分が生まれてきた意味を自分で作るのです。

それを基本として、そのためにどうするのか、またはどういう自分でなければならないのかを考えるのです。

意味なんてないと言われれば、それ以上何も言いません。

「ない」と思っているのに、「ある」と強制する必要性はありませんからね。

「ある」とするならば、自ずと自分がどうしなければならないのか、またはどうしてはいけないのか、思うところが出てくるのです。

もし進んでいくうちに、違うという思いが浮かべば、修正していけばいいのです。

その間に培ったものが消えるのではないのですから、落ち込む事でもなければ、損をしたという事でもありません。

ただし、辛抱不足で次から次にというのは違いますよ。

また自分の信念が100%正しいとは限りませんから、人のアドバイスは冷静に聞き、判断してくださいね。

そうでなければ、ただの頑固者になってしまいます。

またどう表現するのか、自分なりに考えるのも一つですが、人の表現方法も参考にしてください。

自分では気づかなかったこと、思いつかなかったこと、または感動するようなもの、美しいと感じるものなど、様々なヒントがあるのです。


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『有り得ない!?』
今日の言葉

日々は迷いと失敗の連続だが

時間を積み重ねることが成果と成功をもたらす

ゲーテ


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嗅覚機能がダメになっている人は、意外に多いものです。

視覚が働き、脳はそれによりニオイを感じていなくても、勝手に「これがバナナのニオイ」と記憶しているものを呼び起こします。

実際には匂わなくても、脳から過去の情報が出てくると、嗅覚が働いていない事に気づかない事があるのです。

昨日も、AさんとBさんが私のところに来ていたのですが、Aさんが「私、この花の香りが好きなんですよ。匂いを感じるっていいですよね。」と言われました。

すると、Bさんが急に「匂いますか?」と言い始めたのです。

Bさんは気づかないうちに、嗅覚を失っていたのです。

元々、鼻炎を患ったりしており、匂わない事も多かったそうですが、昨日は鼻詰まりもなかったため、疑問に思ったのです。

鼻炎の影響も考えられますが、実は、何かにとり憑かれたりした場合に、嗅覚の機能が失われる事もあるのです。

とり憑かれるといっても、何も霊だけではありませんよ。

自分の意見や考えに囚われることだって、とり憑かれると言えるのですから。

Bさんに憑いているものを取り払うと…Bさん自身も驚くほどに、視界もハッキリし、匂いも感じるようになりました。

一般的な見方では、そんなことは有り得ないかもしれません。

有り得ないと思う故に、対処せずに生きていきます。

霊だろうと、自分の考え方であろうと、とり憑かれていて良いわけはありません。

取り返しのつかないケースにまで発展することはあります。

ただし、そう言われても「はい、そうですか」と認められないのが人間なのです。

Bさんのような経験をしたとしても、100人が100人、認められるものではないのです。

偶然だろう、気のせいだろう、と否定したくなるのです。

なぜなら、何かが憑いているとしても、それは目には見えませんよね。

説明されても理解できるかといえば、それも難しいのです。

自分の理解できないものは、否定する方が楽なのです。

黙って認められない、黙って従えない、そうしてしまうと、自分の方が下だと思うのです。

人間にある「他人より優位でありたい」という気持ちが、認めさせないのです。

それならば、自分でどうにかするしかありませんが、それはまた難しいのです。

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『この世に溢れるエネルギー』
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今日の言葉

シェークスピアを研究してもシェークスピアにはなれないのです

シェークスピアになるためには

シェークスピアたる思考を身につけなくてはなりません

ラルフ・ワルド・エマーソン


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地球は生きています。

私達は、身近な自然などから、「いのち」を知る事ができます。

そしてまた、この世に存在する全てから、影響を受けて生きているのです。


そういう事に気づいていくことで、私達のこの世に満ち溢れているエネルギーを受け取っていけるのです。

やる気はあるのに、力が出ない、そういう話をよく聞くのですが、それはエネルギーを受け取れなくなっているからなのです。

空を見上げることもなければ、移り変わる季節に気づくこともない、要するに人間が繋がりを持っていないのです。

食べるものだけがエネルギー源ではないのです。

先日も、「仕事に行きたいけど、全く力が入らない」という男性に出会いました。

ハッキリとした原因や対処法はまだ判りませんが、彼もまたエネルギーを受け取っていないのです。

まずは呼吸。

ゆっくりと深呼吸を10回ほどしてもらうと、耳が赤くなり、血行が良くなったように見受けられました。

またお腹から声が出ていなかったのですが、それも少し改善されました。

これからも足を運んでもらえれば、原因や対処法を見つけていくことができるかもしれません。

人間はこの世に存在するエネルギーを受け取るパイプを持っています。

それは「魂」と関係しているのです。

それ故に、魂に思うところがある場合、そのパイプの接続が切れてしまうことがあります。

今回もそのケースとは思われますが、魂が何を思っているのか、それを見つけていかなければならないのです。


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『この世は神の世界』
今日の言葉

自分の心の内に持っていないものは

何一つ自分の財産ではない

クラウディウス


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この世は神の世界。

それ故に、礼を尽くす事を怠ると、それは己に返るのです。

神という存在が判らないとしても、昔から様々な形で礼を尽くしてきました。

昔からの言い伝えの中には、無視できないものもあるのです。

今は形だけが伝えられているとしても、なぜそうしなければならなかったのかを考えられる自分でなければならないのです。

先日も、仕事で墓地に立ち入った方が、体調不良で訪れました。

墓地でとり憑かれたのですが、問題は、「なぜとり憑かれたのか」という事です。

その方は見えない世界について、全く知らないのではなく、少し学び、また実際に何度も「ある」という事を見せられてきた方でした。

それが、墓地に立ち入った際に、「入らせていただきます」という礼を怠ったのです。

墓地などはわかり易いかもしれませんが、必ずしもそういう場所だけが礼を尽くす場所とは限りません。

それ故に、日々の心構えが必要になるのです。

朝を迎えられたことに、無事に一日が終わったことに、感謝を感じられる自分を作っていくのです。

そして、墓地に限らず、どこかに行く場合には、一歩足を踏み入れる前に、「入らせていただきます」と心の中ででも思えるかどうかです。

ズカズカと入っていっても、何もない人もいますが、そういう人はそれでもいいかもしれません。

しかし、中には、そういう風にすると必ず体調不良や不幸な出来事に襲われる人がいるのです。

身近に、そうなった場合に対処できる人がいるのならば、まだ良いかもしれません。

しかし、誰も判らない、気づかない、対処できないとなると、本当に大変な事だと思います。

この世は神の世界。

地球は神のもの。

そこには、神の意向があるのです。

人は神の中に存在しているのです。

何かするのならば、礼を尽くす事を忘れないように。


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『見えない繋がり』
今日の言葉

ものごとの意味は、それ自身に内在するのではなく

ものごとに対する我々の姿勢の中にある

サン=テグジュペリ


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因縁とか運命とか、そういうものは、それ自体に意味があるのではなく、それを人間がどう受け止めるのかによって、意味を成していきます。

そんなものは自分には関係がない、という生き方を選んだ方に押し付けても何の意味もありません。

逆に、そういう事を知りたい、学びたい、という生き方を選んだ場合は、意味を成していきます。

因縁とか運命というと難しく感じるかもしれません。

たとえば、運の悪さに一つの原因があったとします。

それを知りたいと思う者が原因を知れば、対処していく可能性があります。

しかし、運の悪さに原因なんて存在しないと思う者にとっては、原因があったとしても、それは何の意味もありませんよね。

それと同じことなのです。

因縁とか運命とか、そういう目には見えない何かは、「ある」と思う者にだけ、良くも悪くも関係していくのです。

ただし、「ない」と思う者にも関係しているのですが、関係性を見出せないのですから、関係ないといえばその通りなのです。

認めることから始まり、学び、知っていく、その中で、時には解放されるものがあり、逆に突き進まなければならない道を知るのです。

目に見えている現実にも大きく影響を与えている見えない部分での繋がり。

少なくとも、ここを読んでいただいた方は、興味があるのではないでしょうか。

興味で終わるのか、それともその先に足を踏み入れるのか、どちらでしょうね。

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『良し悪し』
今日の言葉

幸と不幸との差は

その人が人生を楽しく明るく見るか

敵意を抱いて陰気に見つめるかの差である

メーテルリンク


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「なんで私だけがこんな目に遭うのだろうか」と感じる事は、生きていれば一度くらいはあるのではないでしょうか。

私は悪い事など何もしてない、この「悪い事」とは何を指しているのでしょうか。

良い悪いは人間の判断で異なります。

「人間の考える悪い事=この世のルールにおける悪い事」とは限らないのです。

なぜなら、人それぞれ、または時代背景、更には地域によって基準の変わる人間の良し悪しは一貫性がありません。

同じ行動でも人によっては良くもあり、悪くもあるのですから。

人間社会のルールとは別に、この世のルールというものがあるのです。

それに人間の言動や思いが照らし合わされ、結果として出てくるのです。

そのルールがいかなるものなのか、それを示したルールブックはありません。

しかし自分が、そして他人が生きる中で、それを垣間見る事ができるのです。

結果から原因を探し出す、そうして言えるものがあるのです。

よく出てくる「素直さ・謙虚さ・感謝」や「挨拶・ありがとう・すみません・ごめんなさい・いつもいい笑顔」というものも、長年多くの人を見てきて、その結果人間に必要な事なのだと言えるのです。

表面的にだけではなく、心から、真から、それを実践できるのならば、「どうしてこんな目に遭うのか」という言葉は出ないようになるのです。

たとえ、そう言いたくなるような状況にあったとしても、それが自分の至らなさの結果である事を認識できれば、この言葉は出ないものなのです。

悪くないと思っている自分、それはルールというものを知らないからなのです。

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『人間はわがまま』
今日の言葉

人生は純粋な冒険です

そのことに気づくのが早ければ

それだけすみやかに人生を芸術として扱うことができます

マヤ・アンジェロウ


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ストレス社会と言われ始めて久しいですが、ストレスとは何でしょうか。

様々な情報があり、様々な事が言われていますが、結局は思い通りにいかない事に対する心のあり方の結果なのです。

この世の99%は思い通りにいかないものなのです。

思い通りにいかないのは当たり前の事なのですが、それでは腹の虫が収まらない、それ故に愚痴ったり、駄々をこねてみたり、それぞれに思い通りにいかない事柄に対して向かうのですが、そういう心が更に物事の流れを阻んでいるのです。

現実は、人間の心とは無縁のようであって、それでいて心のあり方に大きく左右されています。

思い通りにいかない歯がゆさが、歯車を狂わせるのだと言っても、人間は認められないのです。

思い通りに動かない人間に責任を押し付けようとするのですが、その思いや言動さえも自分に返るのです。

要するに何も認めていないのです。

思い通りに動かない人間、確かに腹が立つかもしれませんが、誰もが自分と同じではないのです。

自分が気づいていることを相手は気づいてないかもしれません。

同じような事が自分もあるかもしれません。

ストレスの根源は、結局は枠の狭い自分のワガママなのです。

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『自分を活かす』
今日の言葉

努力できることが才能である

松井秀喜


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いつもトラブルに見舞われ、些細な出来事に振り回されている現実の自分。

当然、生きていれば悩みもあれば、苦しい事もありますが、それに振り回されているのだとは思ってもいないのです。

落ち着いて、何が原因でこうなっているのか、と考えてみたり、考えても判らなければ人に聞いてみたり、原因を知って改善していこうとしてみなければ変わらないのです。

目の前のトラブルや悩み事ばかりに目を奪われて、その裏側にある原因に気づいていないのです。

原因には様々あるでしょうが、最終的には基本を忘れ、見失っているのです。

基本とは、人はなぜ生まれ、そして何のために生きるのか、という事です。

生まれたからには、この基本から離れる事はできないのです。

離れれば、元に戻そうとする作用があるのです。

それがトラブルであり、不都合であり、悩み事であり、苦しい状況に追い込まれてしまう事に繋がるのです。

何か特別な事をしなければならないという訳ではなく、日常の生活の中で自分を活かす事があるはずなのです。

形の有無に関わらず、あなたの発する何かに、感動や喜び、やる気などを感じさせる事があるのです。

そういう自分を発見し、より磨いていく事が自分を活かす事になるのです。

それを求められているのです。

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『躾』
今日の言葉

失敗を恐れる者は自分で自分の限界をつくっている

ヘンリー・フォード


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家庭内での躾は非常に重要なもので、幼い頃から教えられたこと、見てきたことは、「当たり前」となり、たとえそれが一般とは違ったものであっても、染み付いていきます。

成長していく中で、他者との関わりにより、自分の「当たり前」が、実は礼儀的に違っているとしても、それを修正していく事は大変なのです。

先日も、立派な身なりをしている方が食事をしていましたが、その食べ方が身なりとは対照的でした。

見た目で判断しているわけではありませんが、美しい身なりに対して、マナーの悪い食事の姿は、結局はその方の価値を下げてしまいます。

またそれを指摘してもらえない悲しさも感じました。

食べ方だけではなく、神という存在についても、躾の中でどう教えていくのかで、未来が大きく変わる事があります。

今は、多くの人が神という存在に触れずに生きています。

親がそうなのですから、子供は当然知りません。

手を合わせる(宗教ではなくても)という習慣がないのです。

家に仏壇も神棚もない、という家庭は少なくないと思います。

故に、親が何かに手を合わせる姿を見ることも少ないのではないでしょうか。

必ずしも宗教をしなければならないわけではなく、何か目に見えない存在を敬う姿というものに触れずに生きているケースが増えてきたのです。

しかし、実際には目に見えない存在は「ある」のです。

霊だとか、そういう存在はもちろんですが、魂という非常に大切な、そして人生にも大きく関わってくる存在があるのです。

私の元を訪れる方の中には、「魂とか神とか、それに何の価値があろうか」というタイプの方もいらっしゃいます。

幼い頃から触れてこなかったのですから、大人になって急に信じる事ができないのは当然かもしれません。

それならば、一生そういう存在に触れずに生きていけばいいのですが、悲しいかな、魂はそれを許してはくれません。

どこかでその存在を気づかせようとし、また知っている者の元へと導く事があるのです。

その時、どんな形にしても、神という存在に触れてきたのか、こなかったのか、それが大きく影響してきます。

今、お子さんやお孫さんがいらっしゃる、または将来的にできるであろう方は、是非何かしらの形で、見えない存在への敬意を示していく練習をしてください。

朝日に向かって手を合わせるというものでもいいのです。

「何をしているのか」と子や孫に問われたら、「今日も無事に朝が迎えられたお礼をしている」と答えてください。

たったそれだけの事でも、一つの躾となります。


そして、それが子や孫に、また自分自身にとっても、重要な鍵となるのです。

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『礼儀として』
今日の言葉

あなたの進歩を妨げているのは

あなたが何であるかではなく

あなたが自分を何だと思っているかである

デニス・ウェイトリー


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あなたは誰かに迷惑を掛けていませんか。

迷惑とは、「できるのにやらない」ことです。

できない事をしろとは言いませんが、せめて自分ができる事はきっちりとやっていく事が、迷惑を掛けないことなのです。

それでも時間の都合等でできない場合には、代わりにしてくれた人に対して「ありがとう」の言葉を掛けることを忘れないように。

代わりをしてくれた人はそんな事を望んではいないかもしれませんが、代わりをしてもらった自分は決してその礼儀を忘れてはいけないのです。

これは他人や身内に関係なく、家族であっても、自分の代わりに働いてくれる人、自分の代わりに家事をしてくれる人など、それを当たり前とせずに、照れることなく「ありがとう」を言える自分を作るのです。

決して難しいことではありませんが、当たり前を当たり前として、その上に胡坐(あぐら)をかく自分や照れや甘えから言えない自分が誰にでもあるのです。

そんな自分を自分は良しと思ったとしても、自分の中にあるもう一人の自分(魂)は決して良しとはしません。

心の中でどんなに感謝しても、それを表現しなければ相手には伝わりませんし、「ありがとう」という礼儀の言葉を出せない自分を越えていかなければ、いずれは形を変えてそれは自分に返ってくるのです。

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