美しい明日は晴れ
心と意識が織りなす人間模様。いずれを選ぶにしてみても人生かな。 ※掲載されているすべての文章の無断転載、転用を禁止します。
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『自覚と覚悟』
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今日の言葉

どんな場面に直面しても

「今は修行中だ」と思えば

渋柿からもよき教訓を得ることができる

山室軍平



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人間は、自覚があるのでしょうか。

魂を持つ者としての自覚が。

私の魂ではないのです。

魂の私である、その自覚です。

そのために、生きて、行動していくという覚悟を添えて。


「なんて運命なんだ」と嘆きたくなる人生の根っこには、この自覚と覚悟の欠如があるのです。

言葉にしてしまえば簡単ですが、自覚と覚悟、これを我が身に浸透させる事は確かに容易ではありません。

現実には楽しい事が溢れていますし、わざわざ見えもしない魂のために生きていると思える人は少ないのです。

だからこそ、世の中の全ての人が幸福にはならないのかもしれませんね。


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『魂は完全ではない』
今日の言葉

能力なら誰にでもある

違うのはその使い方だよ

スティーヴィー・ワンダー



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魂は不完全です。

9回の輪廻の間に、人間が成長させ、大きくしていかなければなりません。

それ故に、初めて人間に宿る魂と8回目、9回目と回数を重ねた魂とでは違いがあります。

その違いが人間にも関係してきます。

魂という存在を知る事、これは非常に大切なことであるのに変わりはないのですが、1回目の魂を宿す者と回数を重ねた魂を宿す者では、その重みが違ってくる場合があるのです。

知らなければ知らないでもそれなりに生きていける者(死をもって知らなかったという意味を知るが)とそうではない者(知るまで苦しめられる、場合によっては亡くなる事も)があるのです。

魂はそれぞれの神である、というとどうしても神なのだから魂は完璧だ、完成されていると思ってしまうものです。

しかし、本当はそうではなく、魂も不完全で、まだまだ成長しなければならないのです。

ただ、魂単体で動き回る事ができませんから、成長の手助けとして人間があるのです。


魂は確かに人間を守ってくれている一面もありますが、それはあなたが存在し、その肉体を使って魂のために動いてくれる大切なパートナーであるからなのです。

その点を忘れ、または気づかずに、人間の自分だけの勝手気ままな生き方をしていると、思わぬ災難、苦難、または努力して報われない事等があるのです。


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『命のロウソク』
今日の言葉

夢を持たないと運は向いてこない

安藤忠雄



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命や寿命をロウソクに例える事がよくありますよね。

もし、私たちの中に命のロウソクがあるとするのならば、それはどういう風に存在しているでしょうか。

ぽつんと置かれているのでしょうか。

それとも何かに囲われているでしょうか。

ロウソクがあるとするのならば、それは魂が握っている、そういう状態ではないかと考えています。

魂が心の一部(純な部分)に存在するとして、心の変化がお天気の変化のようなものです。

心が荒れれば、雨となり、嵐となるのです。

ロウソクの炎が消えないように、魂が風が吹けば風から、雨が降れば雨から、炎を守っているのです。

しかし、時には外部からもその炎が消えるかもしれない衝撃が加わる事もあるでしょう。

事故とか事件とか、そういう時に「台風が来るぞ!」と声を掛けてくれる場合もあるのです。

ただし、他の事に気を取られていると、その声が聞こえませんよね。

虫の知らせとか第六感とか、そういうものは魂が発しているのですが、受け取る側の状況によってはうまく伝わらないのです。

話が反れましたが、魂がロウソクを握っているとして、いつもただ守っているだけではありません。

その人がいつも心に雨や嵐ばかりを引き起こすような場合等、守るのが嫌になるような事を繰り返せば、魂がロウソクの炎を吹き消すかもしれません。

消さないとしても、放棄することだってありますし、ロウソクを短く切ってしまうことだってあるでしょう。

しかし、逆に考えると、ロウソクを継ぎ足して長くしてくれることだってあるのです。


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『魂と人間』
今日の言葉

先を急ぐな

人生に無駄な時はない

満つれば欠ける

それが宇宙のリズム

加藤諦三



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薬や病院での治療ではなく、自然と病気が治るという事があります。

「奇跡」と表現される事がありますが、そこには何が作用しているのでしょうか。

偶然なのでしょうか。

もし偶然としても、何が病気を治してのでしょうか。

知識や経験、常識では計り知れない出来事があります。

計り知れないと思っていても、知識や経験、常識で計ろうとしてしまいます。

その結果、よく判らないものですから、偶然で片付けようとしたり、治ったという事実さえも否定したくなるものです。

しかし、事実として、医療に頼らずに病気が治ることは確かにあります。

かといって、誰でもそういう経験ができるわけではありませんよね。

治った人と治らない人の差は何なのでしょうか。

自然治癒力、それ自体を人間が持つ事はありません。

人間の力で管理しているのではないのです。

要するに、「今から自然治癒力を出します」といって出せるものではない、コントロールできないのですから、人間の力ではないのです。

では、肉体が持つ力でしょうか。

それも違いますよね。

どこか、私たちを管理している存在があるのです。

それが魂なのですが、その魂はなぜ全員を治さないのでしょうか。

ポイントはそこになりますよね。

人は誰でも魂を持ちます。(中には魂に捨てられて人もいますが)

しかし、誰もが魂に好かれているわけではないのです。

まずは、その存在を知らないとするのならば、魂もその人に良くしようとはしません。

魂がどこに存在するのか、それは心の一部、純な部分に存在するのです。

その心が汚いものであれば、当然居心地が悪いでしょうが、それにも気づかないものです。

魂に好かれる人になれるかどうか、更にはその魂のために行動できる人になれるかどうか(魂を育む)、魂と人間の絆によって自然治癒力を出されるかどうかが決まるのです。

魂に好かれる人ってどんな人なのか、それは今までも書いてきました。

このブログ、またはホームページを読んでもらえれば、至るところに書いていますので、探してください。

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『努力』
今日の言葉

ある願望が君の中に生まれる

その時、君はそれを実現させるパワーが

同時に在るということに気付かねばならぬ

リチャード・バック



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今までの感覚でいうと、「私が神に」なろうとするものがあります。

しかし、本当は「神が私に」ならなければいけないのです。

人はどこまでいっても人でしかないのですから、己の中に宿す魂(神)を引き出し、更に魂の想いを人間が表現していかなければならないのです。

神は人間を救ける気持ちはありません。

神の存在を認知していない、神のために何もしていない、そんな人間を救けるはずもないのです。

人間は弱いから、「神は人を救けてくれる」と勝手なイメージを作り上げてきました。

要するに、神という名の便利屋を求めてきたのです。

それで救われるはずがないのですが、そう言ってしまうと人はもう聞く耳さえ持ちません。

だから人に受け入れられるような勝手なイメージの神を作ったのでしょうが、それは虚像でしかありません。

「神が私に」なるために、我(が)を少しでも消し、魂(神)の住みやすい心を持つ努力、それができるのならば、救けてもらえる権利を得るかもしれません。

努力、つまりは行動が必要なのです。

「私は努力しているのに報われない」と言われる方は、その努力の方向性が少しズレているのではないでしょうか。

己の欲、感情等、我が身がかわいいから努力するのと、魂(神)の住みやすい心を持つ努力は違うのです。

この点を捉え違えた努力は、早々報われるものではありませんよ。


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『努力』
今日の言葉

細かいことで叱られたとき

「そんなことで」と思うのは身勝手である

斎藤茂太



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「旦那(妻)から文句ばかり言われて嫌になる」なんてセリフはよく聞きます。

それが原因で離婚さえも考えたり、また実際に離婚してしまう人も多いものです。

昔と違い、今は一回離婚しようと、それほど問題視される事はありませんからね。

我慢がないといえば、その通り。

もちろん、我慢してまで一緒に居たくないのならば、それはそれで良いのですが。

しかし、神から見れば、「文句を言われる」のは当然だったりするのです。

言われるからには言われる「何か」があるのです。

神から見れば、人は欠点だらけです。

その欠点を直すだけの努力をしなければならないのです。


神は直接人間に対して「こういう所を直しなさい」なんて言いません。

言わない代わりに、言ってくれる者(旦那・妻等)をその人間の側に置くのです。

もちろん、言われる者は言う立場にもあるのですから、お互いに何かに気づかなければならないのです。

その欠点を直す努力をしなければ、いつまでも同じような事を言われ続けます。

それ故に、離婚したとしても、結局は同じような事を繰り返すのです。

離婚した人が全てそうだとは言いませんが、多くの場合は当てはまるのです。

我慢、それは相手に文句を言われる事を我慢するのではなく、言われた事の内容から自分をより成長させる事、そのための我慢なのです。(相手が言わざる得ないという場合もあるのだと知る事)

現実的な利益のためには我慢はできても、自分の心・精神の成長のための我慢は意外に出来ていないのです。

その結果、現実でもうまくいかないのですが、その関係性に気づけないために、少し方向の違う努力をしている人を見かけると、もったいないなと思うのです。

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『素直さを使っていますか』
今日の言葉

人々は彼らが理解しがたいことを嘲笑する

アーサー・コナン・ドイル



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「私は魂の存在を信じています」と言葉にする、これは実は信じていないと言われて仕方がない行為なのです。

人間は魂に従うものである、それに対して「信じています」と言うのは、それ自体が上から目線なのです。

言ってみたとしても、「あなたに信じてもらわなくてもいい」と言われるだけです。

言葉は人間関係では実に便利な手段ですが、魂に対しては心しかないのです。

言葉は不要、ただ「魂がある」という事をどこまで自分の心に浸透させることができるのか、それに掛かっているのです。

「あなたには魂があるんだよ」と言われて、「あぁ、そうなのか!」とすんなりと受け入れられる人もいますが、そういう人を他人は「単純なヤツ」とか「騙され易いヤツ」なんて思うものです。

しかし、魂からすればどうでしょうね。

それに、批判をする人は、結局はそんな風に単純にもなれない人ではないでしょうか。

単純というと、どこかバカにしたような、見下した感覚があるかもしれませんが、あれこれと考えてしまう頭の良い人には決してなれないものなのです。

そういう単純さが、特にその人を助けている、なんて所までは考えも及ばないのではないでしょうか。

「あるんだよ」と言われても、多くの人は「本当にあるんだろうか?」と考えるものです。

その行為がどれだけ怖いものであるかも知りませんし、この世の中には人を騙そうとする人が多いですから、人間サイドからみれば、当然の行為なのかもしれませんね。

しかし、そんな中にあっても、聞いてみなければ判らないことは、魂の事に限らず、溢れているのです。

聞きもしないうちに拒否したり、自分の概念を持ったまま聞いていると、真実でさえも、嘘だとか、騙されているとしか受け止められなくなります。

嘘だろうと騙されようと、自分が「信じた!」と思うものがあれば、それを大切にしていくしかないのです。

ただし、自分の損得で判断している場合は、簡単に騙されてしまいますよ。


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お知らせ
ホームページ更新しました。

「己を求めるための心意(こころがまえ)」のページを追加しました

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『畏怖』
お知らせ

ホームページ更新しました。

「人生と真理」に「京聖抄」をUPしました

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人間の生活と魂の求めるもの、その間にはギャップがあります。

中にはギャップなく、魂の求めるものに沿った人生を歩む人もいますが、そう多くはありません。

ほとんどの人が、ギャップが生じたまま生きているのです。

人間は魂のためにある、これは真理です。

ですから、ギャップを埋める事無く、人間の思うままに生きていると、「あなたは生きて何の意味があるのか!?」と問われるようなものがあるのです。


人間サイドから見れば、人の存在理由、存在価値を問うなんて失礼な事かもしれませんが、神にしてみれば、意味あって人間をこの世に存在させているのですから、それに気づけないとなると…どうでしょうね。

激しい人になると、死の恐怖を与えられる事さえあります。

死に直面させる事でしか、人生について、生き様について、自分が本当にやりたい事等について考えられないのなら、そうされても仕方がないのです。

神なのに、何で人を不幸にするのか、そう感じるのなら、そういう自分を早めに捨てなければいけません。

なぜなら、私たち人間は、神を敬い奉り、従う、そういう生き物でなければならないからです。

不幸だと思う事に直面しても、そこには「気づきなさい」というメッセージがあるのだ、自分は何か気づかなければいけなかったのだ、そういう風に思えるような自分になれるかどうです。

これはすでに病に倒れた人、不幸の中で気持ち的に余裕のなくなった人に言っても、もう受け入れるどころか、聞く事さえもできないのです。

ですから、健康なうち、多少なりとも人の話を聞くだけの余裕があるうちに、聞いて、訓練していくしかないのです。


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『今日があなたの転換期』
今日の言葉

朝日のパワーはスゴイ

前の日にイヤなことがあってへこんでいても

朝日を浴びると

「何とかなりそう」って思えちゃうんです

上大岡トメ



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命、人生、健康等に対して、「たかが」という捉え方や「否定的」な捉え方であっては、うまくいくように準備万端であっても、決してそれを有効には出来ません。

外堀を埋める事は当然必要なことですが、一番大切な事、それはあなたの心、精神なのです。

物事がうまくいかない時、「くそ!なんで!!」と思いたくなるものですが、その気持ちを抱えたまま、そこに立ち止まってしまうのか、それとも成功を目指して、失敗から学び、試行錯誤していくのか、その違いは経験や知識ではなく、あなたの心なのです。

強い心、強い精神を欲しても、それを培っていくのはやはり自分でしかありません。

誰でも辛い事や悲しい事、挫折というものがあるでしょうが、それは自分が成長するためには必要な事なのです。

なぜなら、出来なかったという事を出来るに変えるチャンスなのですから。

手段、方法、そういうものだけではなく、自分の心の過ち、それに気づくチャンスなのです。

過ちというと嫌な気持ちになるかもしれませんが、心の教科書はありません。

ただ、こういう気持ちで挑んだら良かった、悪かった、それを自分自身で学んでいく、または他人を見て学んでいく、それしかありません。

強い心、強い精神、その根っこには「やると決めたからにはやる」という意志があるのです。

何の目標もなく、夢もなく、ただ朝がきたから今日を過ごす、そんな自分であるのなら、強い心も強い精神も培えるはずがないのです。

でも、そんな自分だから、強い心や強い精神に憧れるのです。

どこかで、ダラダラと過ごす自分を許せない、これではダメだと思うものがあるのです。

それが魂の叫びなのです。

魂は「あなた、このままじゃダメだよ」なんて言いません。

言いませんが、人はどこかでその言葉を、叫びを感じ取っているのです。

どこまでその言葉を、叫びを、受け入れ、魂に従う事ができるのか。

人間が「たかが一日」と思っているその一日の価値、それを死を前にして気づくのでは遅すぎるからこそ、つい書きたくなってしまうのです。

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『奮起せよ』
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今日の言葉

文句を言いたいときは、そこにチャンスがあるんです。

不満に思ったわけだから、解決法があるかもしれない。

そう考えると、すべてのことがおもしろいんじゃない?

佐藤卓



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宿す魂によって、平均以上に、その魂のために生きていかなければならない人がいます。

自分に宿る以前、つまりは魂の前世(一つ前だけではない)において、磨かれ、大きく成長した魂を宿す人は、前世以上の成長を求められます。

そういうタイプの人は、従うか、従わないか、それによって大きく人生が変わっていきます。

もちろん、そうではない人でも、従うか、従わないかによって人生は変わるのですが、強く求められる人は、それこそ生命にも関わってくるのです。

知らなければならない、(魂に)従わなければならない、そう言われても、多くの人は意味が判らないでしょうし、目に見えないのに「本当にあるの?」と疑いたくなるのも当然なのかもしれません。

「ある」とか「ない」とか考える必要はないのです。

「ある」と自分がどれだけ深く思えるのか、それによって「ある」という事を知っていけるのです。

ちゃんと「あるよ」という答えが出てくるのです。


それを「あるんだろうか?」と少しでも疑うものがあればダメなのです。

強く求められていない場合なら、「ない」ままでいくでしょう。

しかし、強く求められている場合は、「ある」という事を見せようとします。

「死ぬかもしれない」という命ギリギリの状況に追い込まれてしまう事があるのです。

先日も「助けてください」という電話がありました。

その方は、一時的に魂について学んでいましたが、最近は時折顔を見せる程度になっていました。

たまに顔を見せるだけでも問題のない人なら良かったのですが、その方は強く求められているタイプなのです。

何があったのかと思ったら、またしても「ある」という事を見せられていたのです。

死ぬかもしれないほどお腹が痛み、また痺れ、動く事もできない、やっとの事で電話を掛けてきたのです。

話をしていく中で、少しずつ落ち着いていき、痛みや痺れも治まっていきましたが、治まったからもう大丈夫、ではないのです。

今回はこの程度で済ませてもらっていますが、人の命は取り戻す事はできないのです。

真剣にならなければいけないのですが、悲しいかな、魂や神は目に見えません。

命だって目に見えませんよね。

魂は、生命なのです。

「ある」と認識し、それを育んでいくこと、それが人間の、あなたの使命なのです。

魂は完成体ではありません。

未完成なのです。

それをどこかで完成に近づけることができるのか、そのために人間の存在があるのです。

現実の生活、それも大切ですが、それさえも、命があるからこそ送る事ができるものではないでしょうか。



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『心』
今日の言葉

君が為、尽くす心は水の泡、消えにし後は澄み渡る空

岡田以蔵





遠い遠い昔、武将たちはそれぞれに神を祀っていたでしょう。

戦いに勝つように願い、手を合わせ、大切にしていたでしょう。

しかし、全ての武将が勝つ事はありません。

勝つ者がいるという事は、負ける者がいるという事です。

負けた武将、そのまま命を落とす者もいたでしょうし、命からがら逃げた者もいたでしょう。

では、祀られていた神はどうなったのでしょう。

命からがら逃げる中、祀っていた神を背負って逃げた者がどれだけいたでしょうか。

手を合わせる者がいなくなった神はどうなったのでしょうか。

人との付き合いの中でも、都合が悪くなるとフッといなくなってしまう人っていませんか。

そういう人に対して、多くの場合は不快感を抱くのではないでしょうか。

祀られていた神にしても、人間の都合で祀られ、人間の都合で捨てられ、不快ではないえしょうか。

人間はいつも自分の都合で動いています。

自分の都合が第一なのです。

相手が神であろうと関係なく、自分の都合を優先しているのです。

実際に捨てて逃げなければ死んでしまう、そういう状況において、背負って逃げろとは言いません。

しかし、一瞬のためらいもない、一言の詫びもない、まるで最初からそこに存在しなかったように、無視して去ってしまう、その心が問題なのです。

これは何も祀っている神のことだけではなく、日常の中にあっても、似たような事があるのではないでしょうか。

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『あなたの人生、それでいいのか?!』
今日の言葉

人はみんな死ぬが、本当に生きた人は少ない。

(映画「ブレイブハート」より)



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命の期限は誰にも判りません。

病に倒れ、余命を告げられたとしても、その通りに命の期限がくるとは限りません。

逆に、若く、健康であったとしても、それはこの先10年、20年の命を保証されているわけでもありません。

明日を保証されている人は一人もいないという点では皆同じなのです。

何となく、若いとか健康とか、命を脅かされていなければ、今日という一日の価値に気づけないまま過ごしているのではないでしょうか。

明日はないよ、そんな事を神は教えてはくれません。

いえ、正確にいえば、神は教えてくれませんが、あなただけの神、つまり魂は、命の危険がある時には何らかの警告を出してはくれますが、人間が気づかないのです。

話がそれましたが、今日という一日の価値、命の価値、そこから広がる無限の可能性、そういう事からついつい離れてしまってはいないでしょうか。

特に若い方は、まだまだ先があると思っているかもしれませんが、時間は止まっているわけではなく、刻々と進んでいるのです。

人がなぜこの世に存在するのか、それは魂の助けをするためなのです。

つまりは、あなたの中にある無限の可能性をどれだけ引き出せるのか、という事です。

娯楽、趣味、仕事、家庭、それだけのために生まれて生きているわけではないのです。

それを忘れている時、必ず思い出させるような現象が生じます。

不幸な事、不運な事、不都合な事、一つ一つ見ていくと、それぞれに原因があるかもしれませんが、その大元には「あなたの人生、それでいいのか!」という投げ掛けがあるのです。


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『目に見えない存在』
今日の言葉

物事をややこしくするのも

簡単にするのも

自分次第さ

(映画「モンタナの風に吹かれて」より)



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人は誰でも過去を背負っています。

過去とは、今の自分の過去だけで指すのではなく、人類が発生してから今ここに存在する自分に繋がるまでの数え切れない程の人々も含まれます。

いわゆる先祖、その方々の生きてきた日々は、歴史的には過去ですが、過去は今にも生きているのです。

その一つが私たちという人間でもあるのです。

先祖の中には、報われなかった人もいるかもしれませんし、悔しい思いを残して人生を終えた人もいるかもしれません。

目には見えませんが、何か未消化のまま残されたものがあり、それを歴史の集大成ともいえる私たちが背負っているのです。

未消化のままであるから残っているのです。

ならば、それを消化していかなければなりません。

それが「認める」という事なのですが、過去に何があったのか、それは知る術もありません。

中には過去の出来事が判るという方もいらっしゃいますが、果たしてそれが本当なのかも今となっては判断できるものではありません。

過去の出来事一つ一つを完全に知る術はありませんが、今の自分に何かしらの影を落とすものがあるとするのなら、その「何か」を紐解いていくしかないのです。

なぜ、そんな事をしなければならないのか。

なぜ、こんな事が起こるのか。

不思議に思うかもしれませんが、簡単にいえば、「神の存在に気づく事ができるか」という投げ掛けの一つなのです。

神も過去の出来事を背負う事も目に見えないものです。

その目に見えないものに対して、私たちがどういう反応をするのか、どう捉えていくのか、その点を見られているのです。


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『生きる意味』
今日の言葉

あなたの魂に従い

自分自身を100パーセント信頼してください

疑問をもったり失敗するかもしれないと

考えたりしてはいけません

ウォレス・D・ワトルズ



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人は生まれた限りは必ず亡くなります。

これは覆す事はできませんし、従わなければならないルールです。

そう、従わなければならないルール…私たちはそういうルールの下に生きていますが、そのルール、それが神のルールです。

私たちは神という絶対に逆らえない存在の元に生きているのです。

ところが、私たちは「神」というと何か特定の宗教によるもの、果てには願えばそれを叶えてくれる便利屋程度にしか捉えていません。

もしくは、その存在自体を鼻で笑うものがあるかもしれませんね。

神という存在が判らなくても、人はいつかは死ぬ、そのルールは理解できますよね。

生まれて、死ぬまでの間。

それが人間に与えられた時間です。

その中で何をするのか、それを制約するものはありません。

しかし、誰しも生まれたからには意味があります。

何かを成さねばならない、そういうものがあなたにもあるのです。

その中で、あなたはどれだけ心を成長させる事ができるのか、心を傷つけるのではなく、成長させるのです。

成長させながら、あなたにしか出来ないことを発見していく事です。

それができるからこそ、私たちはここに存在させてもらっているのです。

出来るかどうかなんて考える必要はありません。

出来るのですから。

するか、しないか、選択肢は二つしかないのです。


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『葛藤』
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今日の言葉

「私は正しい!」と言い張るのみで
自分がほんとうに正しいかどうかを
突きとめようとしない人間は
いつになっても識別眼を手にできず
気まぐれな感情と偏見に操られながら
生きつづけることになります
ジェームズ・アレン



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感情とかその時々の体調により変化する気分、それをコントロールしようとしても、どうしても感情や気分を優先してしまいます。

コントロールしようとして、すぐにそれができる人は稀です。

今、あなたの目の前にコントロールできる人がいるとして、そこに至るまでには相当な努力があったのです。

感情や気分を優先してはいけない、自分の為にならない、そう頭では理解していても、心のどこかで葛藤があるのです。

頭で理解しているだけでは足りないのです。

心から、そうする事は大切なのだ、必要なのだ、と感じられなければ、葛藤の末に感情や気分を優先する自分に負けてしまいます。


なぜ、感情や気分を優先してはいけないのでしょうか。

いけないわけではなく、コントロールできる自分でなければ、人生において遠回りをすることや失敗ばかりしてしまう事がありますし、何より、あなたの中にある魂が、感情や気分に左右されるあなたを嫌うのです。

損得でいう訳ではありませんが、コントロールできない自分であるならば、目指すものがある時にはどこかで躓いてしまうのです。

この世は神の世界です。

あなたが認めなくても、それは変わりません。

そして、人間の感情や気分、それは人間の色なのです。

神の世界に存在するならば、神の色に染まらなくてはならないのです。

そこに人間の色を持ち込めば、当然弾かれてしまうのです。

弾かれる怖さを知りたければ、感情や気分で生きてみる事です。

ただし、取り返しがつかない事になる場合もありますので、ご注意を。


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『心の砂漠化』
今日の言葉

自分にとって何が大切か考えること。

それで人の生き方が決まる。

(映画「再会の時」より)



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死ぬかもしれない病に倒れた時、助かるかもしれない治療法があると言われたら、心にパッと光が灯るような感覚があるのではないでしょうか。

実際にそういう経験がないとしても、自分がそういう状況になった時をイメージしてみると、何となくでも感じられるものがあると思います。

そういう心にパッと光が灯るような感覚は、実は普段の生活の中でも経験できるものなのです。

この感覚が心の栄養となっているのです。

たとえば、季節季節にキレイな花が咲きますが、それを見て「あぁ、キレイ」と思う心にもパッと光が灯っているのです。

全く同じ感覚ではないにしても、似た感覚ものがあり、心はそれを栄養としているのです。

今の時代、心よりも頭、知識で捉えようとする傾向があり、心はいつも栄養不足なのです。

心が病めば肉体にも不具合が生じるものです。

肉体をケアしても、心のケアがなければ、限界があります。

逆に、肉体が病めば心も不具合が生じる事もありますが、心のケアができるならば、奇跡だって起こるのです。

人間、その肉体は精神と魂の納まる器なのです。

どんなに器を手入れしても、その中にある精神が錆びていれば、何度手入れしても錆が移ってしまうのです。

しかし、どんなに錆びた器でも、中にある精神が錆びていなければ、器の錆は手入れする事で(元に戻る事はないとしても)美しくすることはできるのです。

あなたの心は砂漠化していませんか。

まずは、あなた自身がそれに気づき、一つのオアシスを作り出すしかないのですよ。

そのオアシスをどこまで広げられるのか、それもあなた次第です。

不可能だと思えばそこで終わりなのですよ。


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『見られている自分』
今日の言葉

神のもとには

大きなものも小さなものもありはしません

人生においてもまた

大きなものも小さなものもありはしません

あるものはただまっすぐなものと曲がったものだけです

レフ・トルストイ



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私たちはいつも(魂そして神に)見られていると書いてきましたが、その実感はあるでしょうか。

実体のあるものに見られているのとは違うのですが、それでも人によっては見られているという感覚をふと覚える場合があります。

勘違いとか思い過ごしだと流している人もいるかもしれませんが、全てがそうだとは言えません。

むしろ、積極的に「見られているのだ」と自分に言い聞かせてみても良いのです。

そうする事で、自分を律して、緊張感を持つようになります。

そして、見られていることで、物事を判断する際にも変化が出てくるのです。

人に嫌われようと、自分が「こうだ」と思えるものがあれば、それが損得勘定で判断したものでなければ、実行していくのです。

確かに人もあなたを見ていますが、それ以上にあなたが応えなければならない相手は魂なのです。

人はその時々で同じことに対しても違う反応をします。

常に変化する人間を相手に自分を求めていっても、結局は根無し草です。

変わらない魂の想いに応えていく事で、自ずと人の役にも立てるようになるのです。

最初に人を見てしまうと、変化ばかりで自分が疲れて、優しさも出せなくなりますし、体を壊せば、元も子もありませんからね。


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『真実を投げ掛けられる』
今日の言葉

過去から学ばない者は、過去を繰り返す

(映画「マッド・シティ」より)



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軽微な自動車事故にばかりあう人がいます。(仮にAさんとします)

自分が悪い事もあれば、相手の不注意であることもありますが、なぜこんなにも続くのか、不思議に思っているようです。

以前にも書いた事がありますが、自動車事故などは、一秒違えば遭わなかったものが多いのです。

逆にいえば、そうなるように仕組まれた(というと言葉が悪いですが)ものがある場合があるのです。

Aさんは、人当たりのよい人で、一般的にみれば「良い人」と言われる部類に入るでしょう。

しかし、人間から見れば「良い人」であったとしても、魂から見るとまた違う部分があるのです。

Aさんは、事故に遭う前に、こんな出来事があったそうです。

ある日、仕事の件で、あるアルバイトの人から指摘を受けたそうです。

その時、「あんたに言われたくない」と心の中に思ったのか、ムッとしてしまったそうです。

自分の上司に指摘されるならまだしも、アルバイトの人に言われた事に腹を立てたのでしょう。

しかし、その指摘が真実であるならば、誰に指摘されようと、真実は真実として投げられたのですから、どう受け止めるのか、Aさんの心がそこで見られたのです。

魂は常に向上を求めます。

修正して欲しい所があるとしても、魂は決して人間にアドバイスできません。

実体がないのですから、伝えようがないのです。

そこで、他人を使ってアドバイスをしてもらうのです。

それが必ずしも上司とは限りません。

むしろ、「あんたに言われたくない」と思うような人が選ばれるのかもしれませんよ。

そんな時、素直さもなければ、謙虚さもない、ましてや感謝なんて有り得るはずもない、そんな反応をしてしまえば、魂はどう感じるでしょうね。

私たちは、常に見られているのです。

自分より下だと思う人から指摘される事を良しとしない、そんなAさんの気持ちを手に取るほど知っている魂は、わざわざ腹を立てるであろう相手に指摘してもらう事で、Aさんの成長を願うのです。

しかし、人はその思いを知りませんから、自分の感情を優先させて、腹を立てたり、愚痴を言ったりするのです。

それだけが事故の原因ではないかもしれませんが、少なくとも原因の一つでは有り得るのです。

少なからず、似たような経験は皆さんもあるのではないでしょうか。

真実は必ずしも立派な身なり、立派な肩書きの人が投げ掛けるものではないのです。

あなたに投げ掛けられた指摘、それに対して、素直さと謙虚さ、そして感謝を忘れていると、足をすくわれるのは自分自身なのです。

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『繋がり』
今日の言葉

同じものでも考え方ひとつ

やるやつはやるように考えるし

へこたれるやつはへこたれるほうへ考えてしまう

松永安左エ門



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自分の大切な人が目の前で苦しんでいる時、それを取り除く事ができるとするなら、やってみたいと思いますか。

できるはずがない、と思われる人は決してできませんが、できる、と思われる人はできる可能性があります。

ただし、人間に力では何一つできません。

人間はどこまでいっても人間なのです。

不思議な力というものを持ってはいないのです。


しかし魂が違います。

不思議な力は魂が持っているのですが、魂には肉体がありませんから、魂の代わりに人間が動くのです。

そこで問題になるのが、魂と人間の繋がりです。

普段、魂の事なんて気にもしていない人が、困ったから力を貸して欲しいと願っても、魂は一切関与しません。

人間が関与してこなかったのですから当然の事ですよね。

いざという時、力を貸してもらえるかどうかは、常日頃の積み重ねなのです。

何も神仏に手を合わせなさいというわけではありません。

自分の中にある「魂」を自分がどれだけ認識し、共に生きている事を実感し、魂を成長させていく事を意識しているのか。

魂から人間に歩み寄る事はないのですから、人間が魂に近づいていく事でしか、繋がりを深める事はできないのです。


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『不変』
今日の言葉

挑戦した不成功者には

再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが

挑戦を避けたままオリてしまったやつには

新しい人生などはない

岡本太郎



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人に優しくする、人の命を奪ってはいけない、道徳的な教え、教育等があったとしても、人は時に優しさを忘れ、人の命を奪ってしまうものです。

相手に対して、何の優しさも出せない、敬意を払えない、特に自分の機嫌が悪い時、または相手が自分にとって何の利益ももたらさないと判断した時などは、相手の存在を認めない自分があるのです。

特に人間には「相手より優位でありたい」という気持ちがありますから、知らず知らずのうちに相手を軽く扱ってしまう、軽く見てしまうという事があるのでしょう。

しかし、そんな自分にも、相手にも、魂が存在します。

魂とは神なのです。

故に、自分の言動(相手を軽視したり、ぞんざいに扱う)は常に自分の魂に見られていますし、傷つけた相手の魂だって見ているのです。

24時間、私もあなたも魂によって観察されているのです。

あなたが価値がないと思っている相手でさえも、相手の魂にとっては必要な人間なのです。

あなたの魂と相手の魂、その間にも人と人との関わりと同じように、何らかの対話があるのです。

なぜ人の命を奪ってはいけないのか、それはあなたに魂があるのと同じように、相手にも魂が存在し、人はその助けをするために存在するからです。

道徳的、教育的な教えだけでは、地域や時代背景で変わるものがありますが、魂に関しては不変なのです。

それを元に考えていかなければ、私たちは地域や時代背景によって常に変わらなければならなくなります。

それが混乱を生み、自分勝手な解釈が一人歩きし始めるのです。


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『無念無想』
今日の言葉

近くして見難きは、我が心なり

空海



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ごく一般的な人は、良い結果をイメージして、それを実現させる確率は低いものです。

悪い結果をイメージすると高い確率で実現できるのですが、良い結果を先に作ってしまうと、それが現実には結びつかないのです。

そこで「無念無想」というものをマスターする必要が出てきます。

※無念無想=一切の想念を離れること。無我の境地に入り、無心になること。

良い結果を出すために努力するのは当たり前の事ですが、その瞬間には良い結果を忘れてしまう、やるべき事にのみ集中して、その結果は天に任せる気持ちになれるかどうかです。

針の先ほどでも自分というものを出してしまうと、良い結果はあっという間に自分の脇をすり抜けてしまうのです。

ところが、中には良い結果を確実に現実にする人もいます。

それはなぜなのでしょうか。

往々にして、それができる人は、無念無想はすでにマスターしているのです。

更には、己の中に宿る魂と一体化できているのです。

つまりは、未来を作るだけの資格を与えられているのです。

もちろん、資格があるだけではなく、人間としての絶え間ぬ努力があるのは当然の事です。

良い事を考えるのは悪い事ではありませんが、自分にとって都合の良い結果を手にするためには、未来を作る資格のない私たち凡人は、無念無想をマスターするしかないのです。

そのために、瞑想や座禅などを取り入れていますが、これがまた続かないのです。

人間、性根がないのです。

そのくせ多くの望みを抱きます。

だからこそ、私たちはいつも怠け者で性根のない自分と戦いながら、生きているのです。


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『高千穂にて』
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今日の言葉

小さいことで満足しない者は

大きいことにも満足しない

エピクロス



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連休中に高千穂を訪れた際、勉強の為に同行した弟子が不思議な体験をしました。

高千穂にある「くしふる神社」を訪れた時の事です。

車を止め、鳥居をくぐった時、木々の間から木漏れ日が射していましたが、それが妙に印象的で、「これはより気合を入れる必要がある」と感じました。

弟子にも伝え、階段を登り、神殿に向かいました。

まだまだ未熟な弟子ですが、何度か神社仏閣を訪れ、徐々にではありますが、目には見えない存在について何かしらの形で感じるようになっていました。

ぐるりと神殿を回り、再度神殿と向かい合った時、「全身がスーっとする」と言うのです。

まるでメンソレータムを全身に塗ったような、それでいて寒いわけではなく、不思議な感覚だったそうです。

実のその前に立ち寄った高千穂神社内の鎮め石の前でも口元がスーッとするという事があったそうです。

神社と言っても、そこに実際に神がいるのか、または祀られているものの正体が何であるのかは判らないものがあります。

誰が行ってもこういう体験をするわけではありませんから、これは弟子が感じた一つの例です。

しかし、学ぼうとする意志、想いというものが通じる事があれば、何かしら感じさせてもらえるものはあるのです。

ただし、こういう強烈な体験だけがその存在を教えているわけではなく、時には自然現象(木々のざわめき等)で表現される事もあります。

実際、二つの神社の後に、天岩戸神社にも立ち寄ったのですが、その東本宮では、木々がざわめき、朝露がポタポタと降り注いでいたのですが、挨拶を済ませて改めて見回すと、風は吹いているのに、木々のざわめきや、ポタポタと落ちていた朝露もなくなり、一瞬で雰囲気が変わったのです。

神社仏閣を訪れる際、多くの人は何か願い事をするために行くのかもしれませんが、そうではなく、何か学びたいと思われる方がいらっしゃれば、自分の感じる感覚だけではなく、周りの雰囲気や風景にも気を配ってみると、何か教えてもらっているものに気づく事があるかもしれませんね。

ただし、気を抜かないように気をつけてください。

そこに祀られているものの正体は、必ずしも由来通りとは限りませんし、中途半端な気持ちで出かけた故に、後々痛い思いをしなければならない人もいるのですよ。

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『神という概念』
今日の言葉

死んだとき

葬儀屋まで悲しむような生き方を

しようではないか

マーク・トウェイン



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強面の人に因縁をつけられて、何が何だか判らないけど、とにかく頭を下げて許しを乞う、そんなシーンがドラマや映画などでもあります。

弱虫とか情けない、そんな印象があるかもしれませんが、そんなシーンを見ながら、「許しを乞う」というものに気づいていけるでしょうか。

ちょっとでも生意気な雰囲気を出せば、いつ命を取られてもおかしくない状況で、恥も外聞もありませんよね。

とにかくここで許してもらえなければ命がないと思うものがあれば、これ以上下げようがないほど頭を下げるしかないのです。

しかし、中にはプライドが許さないというタイプの方もいます。

何とか反撃してやろう、死んでも頭なんて下げないぞ、と命よりもプライドを守ろうとするのです。

判らなくもないのですが、死んでしまえばプライドも何もありません。

神に許しを乞うというのは、強面の人を前にするよりも難しいものがあります。

なぜなら、見えないからです。

ナイフでもちらつかせて、脅しをかける人なら、「ヤバイ」と思えるかもしれませんが、神はそんな事はしません。


もし目に見えるとするなら、微笑んでさえいるかもしれませんね。

その微笑に恐怖を感じる人がどれだけいるのでしょうか。

人は知らない故に、神に対して生意気な事をしてしまいます。

そして、強面の人と違って、脅されるわけでもありませんから、最後の最後まで自分が生意気である事にも気づかないのです。

まずは今抱いている神の概念を捨てることです。

宗教的な信仰を捨てろというわけではなく、あなたが教育、生活環境等で染み付けてきた神という実に人間にとって都合よい神の概念を捨てるのです。

そして、畏怖を持つ事ですね。

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『優位でありたい』
今日の言葉

学問は興味から、もしくは好奇心からはいったものがもっとも根強い。

柳田邦男



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人間の心の中には「他人より優位でありたい」というものがあります。

この気持ちを抱かない人は少ない位でしょう。

可哀相だと同情する、その気持ちもどこかで「自分の方が優位だ」というものがあるのです。

ただ、それをうまく隠すように美談を作り上げたりするのです。

そういう気持ちを持つなと言っても、一見持っていないようであっても、どこか捨てられずにいつまでも持っているものです。

それはそれでも構わないのですが、人間に対してのみ「優位でありたい」というものを持つだけではなく、神に対しても抱いてしまうのは要注意です。

「人間は神の僕(しもべ)である!」と言われて、反抗したくなるのはなぜか。

それが「優位でありたい」というものなのです。

その気持ちがどれだけ危険なものなのか、それを人は知らないのです。

神というものを知らないのですから、危険という認識さえも浮かぶはずがないのでしょう。

しかし、今この瞬間、あなたはそれを知ったのです。

ただし、知識として知ったに過ぎません。

それを自分の中にどれだけ浸透させる事ができるのか、これが重要なのです。

あなたがこの世で一番なりたくない状態、状況等があるでしょう。

たとえば、ガンにはなりたくない、貧乏にはなりたくない、子供や孫に不幸があるのは耐えられない等、何かあるはずです。

それを一瞬で現実にしてしまうだけの力は、神にはあるのです。

ただ、意味もなくそんな事はしませんよ。

人間と違って、自分を優位にするために人を貶めるような真似はしません。

この世は神があってこその世界です。

それに気づかない、気づいても従えない、反抗したい、そういう時にはあなたの一番弱いところをついてくるかもしれません。


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お知らせ
本日より、高千穂方面に出張のため留守にします。
『神ありき』
今日の言葉

われわれのいちばんの弱点は諦めてしまうことだ

最も確実に成功する方法とは

いつでもあともう一度だけやってみるということだ

トーマス・エジソン



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ドラマの「西遊記」で、孫悟空がお釈迦様の掌から出られないというエピソードがありました。

神の中に人間が存在するという事は、孫悟空がお釈迦様の掌から出られなかったのと同じですね。

人間が神の掌の中にいるとして、その掌に何らかの刺激を与えれば、その刺激の種類によって神からの反応もあるのです。

たとえば、あなたが掌に蟻をのせているとします。

蟻が動かなければ何の刺激もありませんから、そのままじっと見ているだけです。

しかし、蟻がゴソゴソと動き始めるとむず痒くなります。

もし蟻があなたの掌を噛んだとすると、払い除けたり、叩き潰してしまうかもしれません。

神とて同じなのです。

どんな刺激に対して払い除けたり、叩き潰されたりするのか、はたまたどんな刺激だと見逃してもらえるのか、それを知っていくのが生きるという事なのです。

だから、まるで神に一方的に嫌われていると思っていても、そこには何かの原因があるのです。

ただ、それが今の自分にあるのか、それとも自分がこの世に存在するまでに続いてきたか先祖にあるのか、それは定かではありません。

先祖の責任であるとしても、それは今を生きる自分にしか償えないのですから、恨んでも仕方がありません。

自分がそんな思いを子孫にさせたくないのならば、自分が学び、気づき、知っていくしかないのです。

そして得たものを子や孫にも伝えるしかありません。

まさか自分が神の中にいるだなんて、考えもしないかもしれませんが、確かにその通りなのです。

これを認めて、その中で生きるためのルールを知っていく事が、自分のためになるのですが、悲しいかな、認められない人は多いのです。


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『人間は神の中に存在している』
今日の言葉

自己を確立しない限り独創心は生まれない

安藤忠雄



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あなたは普段、この地球が丸いという事を実感できますか。

丸いという事は学んだ事で知っているかもしれませんが、日常生活でそれを見ることはありませんよね。

それは私達が丸い地球の一部に存在している、そしてその地球が大きいから、判らないだけです。

それと全く同じ事が(この世を創造した)神にも言えるのです。

私達は神の中に存在しています。

故に、その神の一部を認識することができるとしても、全体像は見えてこないのです。


また全体像を見たとしても、それが人それぞれのイメージする神と違えば、途端に「これが神なはずがない」と否定したくなるものなのです。

ですから、全体像を見る必要はありません。

ただ、そういう存在が「ある」と認識するだけでいいのです。

見よう、聞こうとしても、見えませんし、聞こえません。

またもしもそういう風に見えたり、聞こえたりしても、その能力に溺れてしまえば、道を誤ってしまうのですから、見えなくても、聞こえなくても、信じていればそれでいいのです。

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『絶対服従』
今日の言葉

このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、

最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ



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大親分がいて、親分がいて、子分がいる。

子分は大親分にも、親分には無条件で従うものです。

大親分の機嫌を損ねて罰せられそうになった時、親分が頭を下げて許しを乞う、それによって子分は命拾いをする事もあるかもしれません。

何のことを言っているのかと思われたでしょうが、大親分が(この世を創造した唯一の)神、親分が(それぞれに宿る)魂、そして子分が人間、という例えです。

関係性としてはこれに近いものがあるのです。

人間は、神や魂には絶対服従しかないのですが、大親分とか親分だったらその存在を目で耳で認識できるでしょうが、神や魂となるとそうはいきません。

しかし、見えないから、認識できないからといってその関係性が失われるわけではありません。


この世のルールに背いた罰、それがそのまま人間に下るものなのか、それとも魂により少しでも許しを得る事ができるものなのか、それはその人間の生き様によるのでしょう。

しかし、いつまでも魂が黙って頭を下げてくれるわけではありませんから、甘えは禁物です。

守られるには守られるだけの何かがあるのです。

その何かを自分が失えば、明日は判りません。

だからこそ、知っていく努力というものが大切なのです。

ここを読むもよし、本を読むもよし、尊敬する人に聞くもよし、周りを見回せば気づく事もあり、心掛けることさえ忘れなければ、一つ一つ身についていきますよ。

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『畏怖』
今日の言葉

自分自身のことについて誠実でない人間は

他人から重んじられる資格はない

アインシュタイン



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神という存在に人間は逆らう事はできません。

神とは、一般で言われる神ではなく、この世を創造した唯一の神のことです。

ですから、姿形は判りませんし、どこにいるのかも判りません。

ただ、神の創造した世界に私達はいるのです。

例えばこの世界が一つの箱だとして、その箱の中をじっと見ている存在がある、という感じでしょうか。

その中で私達はある程度自由に動き回り、生活をしているのですが、この世を造った存在があるという事は、そこには何かしらの意志があるのです。

芸術家が自分の作った作品を気に入らないと壊してしまう事があるように、この世において「気に入ってもらえない人間」というものがあります。

それは人間対人間のように、○○さんは(個人)気に入らないというものではなく、ルールに従えないのなら排除する、というものです。

姿も見えない、判らないのに、ルールなんて知っているはずがない、それなのに排除されるとは!!

そんな事を考えてしまいがちですが、それがもう気に入られないタイプの人なのです。


人間、決して逆らえない存在を知るしかないのです。

そして従うしかないのです。

それが出来ないから、病気をどうぞ、不幸をどうぞ、と辛い事が次々と用意されているのです。

そうならないように、昔から「罰が当たる」というような教えで、何か逆らえない存在を伝えてきたのですが(身を守る術として)、今はそんな風潮も失われつつあります。

その結果、知らないという罪に加えて、知らない故に冒してしまう罪まで背負い、奇病・難病、ウツ等、人間の力だけでは限界のある状況が増えてきたのです。

騙されている、と感じる方に無理やり「こうだ!」と言うつもりはありませんが、知らないのですから、聞こうとする、知ろうとする心掛けは大切な事なのです。

「神が何だ、俺が神さ!」なんてちょっとした気持ちが、命取りとなる怖さを知っているからこそ、声を大にして言いたいのです。


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