『基本』 

今日の言葉

どんな人間も誰かの人生の背景として存在しているのではなく

それぞれ自分が主役である人生を生きているのだ

清水義範





何事も基本というものがあります。

スポーツや楽器などでも、基本を身につけて初めてそこから個人個人の技や特技が生まれていきます。

独学が悪いわけではなく、独学でも基本さえ押さえておけば、いいのです。
基本を身につけずにいると、スポーツなどでは体を壊す事さえあります。

人生においても基本があります。

国や地域、家庭によって異なるものもあります。
たとえば、法律や道徳などは所変わればまったく違うでしょう。
必要なものもあれば、不要なものもあるでしょうが、一通り知っておくことで、後は臨機応変に自分が使う(従う)、使わない(従わない)を考えられます。

最近は、そういう基本を軽視しがちです。

ある一つには秀でていても、あとは全くダメ。
秀でているものを大切に伸ばす事も必要ですが、それだけでは通用しません。
人は所詮人の中でしか存在し得ないのですから、そこには人間関係があるのです。
人間関係だけを重視しなさいとは言いません。
時には人の目を気にせずに進まなければならない事もあるのですから。
しかし、人は人の助けがなければ生きられません。
無人島で自分ひとり、生活するのなら別ですが。

変化する基本について話しましたが、変化しない基本があります。

それがいつも言う「素直さ・謙虚さ・感謝」や「驕らず・怒らず・怠らず・優しく・美しく」なのです。
人に対してもそうですが、自分の魂に対して、そうあれるかどうかです。

これは人種や地域の区別なく、誰にとっても共通です。
多くの宗教などでも似たような教えがあるはずです。
ただし、人がそれを自分たちの都合の良いように解釈しているのです。


いろいろと書きましたが、こうやって書くのも、読むのも、生きているからです。
基本の土台には「生」があるのです。
よく判らないと思うなら、まずは自分自身が喜び溢れる毎日を送ることです。
微笑を絶やす事無く、今日を生きてください。

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『学び』 

今日の言葉

人は常に機会を待てども機会は遂に人を待たず

斎藤緑雨





何かを学んでいる時、教えてくれる人があなたに質問をしたとします。
その時、求めているのは「正解」ではない事を知っていますか。

教える立場にある人は判るかもしれませんが、質問は「相手がどれだけ理解しているのか」を知るためにしているのです。

ですから、質問をされた時に、答えに迷いは不要なのです。

正解ではないから怒られる、間違ったら恥ずかしい、そんな事はないのです。
もし怒ったり、バカにしたりする人であれば、それは教える側の心構えが間違っているのです。

学ぶという中で、ただじっと相手の話を聞く、それも大切ですが、言っている事を頭の中イメージ、シュミレーションしていくと、自分の中で判らない点が浮かび上がってきますので、お勧めしますよ。


人は何のために学ぶのか、特に大人になって自分が好きな事や必要だと思う事を学ぶ場合、知識を得るだけが目的ではないのです。
得た知識を実践し、知識を実感する事で、学んだ事が活きてきます。

何を質問したらいいのか判らない状態から一歩進んだら、次へステップアップするように自分の意識を高めていくと、学ぶ意味合いも深くなっていきます。

せっかく時間を割いて学ぶのですから、志は高く持っていていいではないでしょうか。

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『神仏』 

今日の言葉

人間を変えるものは環境ではなく、人間自身の内なる力なのです。

ヘレンケラー





うまくいかない、不幸ばかり、そういう時、ついつい「神も仏もない」と天に唾するような思いを抱く事があります。

神は自分を嫌っているのか、と問う前に、逆に聞きますが、あなたは神を知っているのでしょうか。
神を愛しているのでしょうか。
神の役に立つ事をしているのでしょうか。

神という言葉を口にしても、その神とは何のことなのでしょう。
自分が信じている宗教等の神でしょうか。

様々な宗教の神、八百万の神、神と言っても人それぞれに思い描くものは違います。
自分が信じる神を崇め奉るのは悪いことではありませんが、崇め奉るから幸せをください、という下心は通用しません。

仏像等の前に座り、一心に願いを唱えても、叶う事はありません。
中には叶う事もありますが、無料(ただ)で叶えてもらっているわけではありません。
何かしらの代償を払っているのです。
なぜなら、往々にして人の願いは自分の私利私欲だからです。

稀に、自分ではなく誰かのために願う人もいます。
そういう場合、その人が真剣であれば、その真剣さを認められて、叶う場合もあります。

人は自分勝手に神のイメージを作り、願いが叶わなかった時や不都合が生じた時に、裏切られたと言うのです。

あなたが誰かに勝手にこういう人だとイメージを持たれて、それが違った時に「イメージと違う」と言われてどう思いますか。
「あなたが勝手にイメージしただけで、私は知らないわよ」と思いませんか。
同じ事を神に対してもしているのです。

もし、あなたのイメージする神が存在すると思いたいのなら、まずは自分がそのイメージする神になってみる事です。万人を救うのが神だとイメージするのなら、あなた自身が万人を救ってみようと動いてみる事です。
もしそれが成功したのなら、きっとあなたの死後、あなたは神として称えられるでしょう。
それが一般的な神や仏の一つの姿なのです。


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『理性と魂』 

今日の言葉

自分の仕事は自分の一生を充実させるためにある。

武者小路実篤





怒りやワガママ等、人には振り回されていると我が身を追い込む感情があります。

その感情をコントロールしているのは、人間の意識だけではありません。
人の意識とは別に、己の中の魂がコントロールしている部分があるのです。

ところが、ここ数年、魂がコントロールしようとしない、要は放棄された人間が目立つようになりました。

「箍(たが)が外れる」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、箍とは木で作った樽や桶を固定するベルトのようなものです。

箍が外れると、樽や桶は一枚一枚の板になり、樽や桶としての役割を果たせなくなります。
それと同じ事が人間にも起こっているのです。


人間にとっての箍が魂であり、箍が外れる、つまりは魂が離れると、樽や桶が役割を果たせなくなるのと似たような何かが人間にも起こるのです。

その一つが、感情のコントロールが効かなくなるという事です。

それが犯罪の引き金になっている部分もあるのですが、だからと言って本人に責任がないとは言えません。
法律的には責任能力を問えなくても、自分の行いの責任は必ず自分にあるのです。
そうなってしまったのは、自分の何かが間違っていたからなのです。

これは誰にでも起こり得る話です。
普通の人が犯罪、しかも誰もが驚くような大きな事件を起こす背景には、家庭環境等以外にも、こういう目には見えない繋がりが隠されているかもしれません。

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『人に決定権はない』 

今日の言葉

死んだら葬儀屋も悲しんでくれるくらいに一生懸命生きよう

マークトウェイン





あの人は良い人だ、あの人は悪い人だ、これは良い事だ、これは悪い事だ、物事の良し悪しは自分の基準だけで、しかも今この瞬間にしか成立しないものなのです。

あの人は悪い人だ、と言っていたのに、その人に少しでも優しくされるとどうでしょうか。

悪い人だと思ってたけど、案外良い人なんだぁ、なんて事はよく聞きますよね。

それほどに人間の基準は曖昧で、その曖昧な基準で下される評価や決断は、常に変化しているのです。

良いとか悪いとか、そういう事はあなたが決める事ではないという事を知っておかなければなりません。

もしあなたが決める事であるのなら、答えは常に一定でなければならないのです。
しかし人間には感情がありますので、常に一定な事などあり得ません。

むやみに、「あの人は良い人」とか「あの人は悪い人」などと言わないことです。
あなたの基準は曖昧であり、またあなたは相手の全てを見ているわけでもないのです。
言ってしまった言葉は取り返しがつかないので、どこかで清算させられているのです。


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