『見えない存在との共存』
今日の言葉
失敗しても悩むな、ラッキーと考えろ。
失敗とは最高のノウハウなのだ。
「こういうことをやったらダメになった」ということを
身をもって体験したことになる。
(木原信敏
)
人間同士でも「筋道」を通さない場合、物事がこじれてしまいます。
同じように、人には見えない、感じないとしても、そこに何かの存在があった場合、筋道を通さなければこじれることになります。
それをこじれないようにするため、またはこじれたものにお詫びをするために、お祓いや地鎮祭などがあります。
ですから、お祓いや地鎮祭などの儀式で「全てがうまくいく」のではないのです。
ご利益があるから行うのではなく、筋道を通し、共存するために行っているのであり、そういう意識を持たなければ、結局は自分がまた道を外れていくのです。
その結果、うまくいかないとして、それをお祓い等の儀式がニセモノだった、効果がなかった、という風に捉えていては危険なのです。(中にはニセモノもあるでしょうが)
人はいつも見えない存在と同じ空間に生きています。
否定しようと、馬鹿にしようと、それは自由ですが、見えなくとも「あるものはある」のです。
自分がそれに気づくか、気づかないか、それだけであり、たとえ自分が気づかないとしてもそこに何かが存在し、その存在があなたに気づけば…何かしらの影響はあるのです。
全ては人間が気づくか、気づかないかなのです。
何気なく歩いている道に一匹のアリがいたとして、たとえあなたが気づかなくてもそこにアリが存在しているという事実は変わらないのと同じように。
悩んだ時はお立ち寄りください。
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【骨盤ウォーカー】
『継続は力なり』
今日の言葉
人間は理由もなしに生きていくことはできないのだ。
(アルベール・カミュ
)
一度途切れたら、たとえ再び始めたとしても、途切れる前と同じではありません。
よくスポーツ選手や演奏家などが「毎日の練習を一日でも怠れば、取り返すのに時間が掛かる」というような事を言います。
それと同じ事が日常にも言えるのです。
自分が何かを決意した時、そのための努力を始めるでしょうが、その努力とは実は「継続」なのです。
それを何かの理由で一時中断したとして、再び始める時にカンが掴めないという事があるように、それが未来の結果を多かれ少なかれ変えるのです。
同じ10日間でも、一日も途切れなかった10日間と、一日おきの10日間では、そこに至るまでに掛かった日数も違えば、出来上がったものも違うのです。
見た目には同じようなものかもしれませんが、全く同じではないのです。
それほどに継続とは重要なのです。
しかし、時にはできない日もあるかもしれません。
ただ、その「できない理由」が言い訳では「できない」のではなく「やらなかった」のだと知らなければなりません。
特に「時間がない」というのは完全に言い訳です。
寝る時間、食事の時間、トイレに行く時間、そういう時間があるなら、できるはずなのに、疲れているから、別にしたい事があるから、うまく時間を段取りできなかったに過ぎないのです。
継続は力なり、と言いますが、その通りなのです。
人は元来怠け者です。
ついつい、その怠け者の自分が現れて、その怠け者の自分に負けているのです。
誰にでもそういう自分があるのです。
だから、敵は自分だと言うのです。
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『感情の起伏』
今日の言葉
憎しみは、それをいだいた人間の上に返ってくる。
(ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
)
感情の起伏が激しい人を観察していると、往々にして運が悪く、事故や病気に縁があります。
自分の感情にムラが多いのですから、当然それに合わせるように人生もムラが多いのです。
この世の仕組みとして、感情の起伏の激しさを修正しようとする作用があるため、落ち着いている時は平穏でも、怒りに任せている場合には、必ず都合の悪い事があるのです。
この世の仕組みと言って判り難ければ、「心が荒波になる」と思ってください。
魂がどこに存在するのかと言えば、それは心の純な部分なのですが、その心が荒波になれば居心地が悪いのです。
人間だって、船や飛行機に乗っていて、大きな揺れに出会えば気持ちが悪いものです。
それと似た感覚だと思っていただければ良いかと思います。
感情の起伏の激しい自分があるのなら、それをコントロールできる自分になって欲しいのです。
それが自分のためでもあり、また周りの人のためでもあるのです。
そのためにも、まずは「平穏な自分」を意識することです。
怒りや悲しみに負けない自分を意識しなければ、どうしても感情に流されてしまいます。
朝昼晩、鏡に向かってでもいいですし、自分の胸に手を当ててもいいですし、空に向かってでもいいですから、「平穏な自分を作ります」と宣言するのです。
そうやって意識付けしていくのです。
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『エネルギーを得る呼吸』
今日の言葉
私は鳥が歌うように、絵を描きたい。
(クロード・モネ
)
あなたがこれを読んでいるという事は、生きているという事ですね。
呼吸をして、食物を摂取し、水を飲み、命を維持しているのですが、空気や食物、水から何を得ているのでしょうか。
そこには、私達の命を維持させるだけのエネルギーがあるのです。
特に、呼吸、つまりは空気は人にとって一番重要で、一番多くのエネルギーを与えてくれます。
食物や水分は数日摂取しなくても、何とかなりますが、呼吸は一分でもできなければ苦しくなり、すぐに死に繋がります。
最近特に思うのですが、元気のない人は呼吸が出来ていないのです。
呼吸自体はしていますが、吸うのが浅かった、吐くのが十分に吐けていなかったりして、本来得られるエネルギーを得ていないのです。
かと言って、どこの空気もキレイかといえばそうではありません。
山の空気が美味しいのは、人が汚していない、ただそれだけです。
ですから、街中でも人が汚さなければキレイなのです。
話が反れましたが、深呼吸してみると少しはそのエネルギーを感じてもらえるのではないかと思います。
部屋の掃除をして、空気を入替えた状態で、深呼吸をしてみましょう。
落ち込んだ時は特にお勧めします。
呼吸は普段は意識しないものかもしれません。
しかし、よくよく考えてみると、空気を吸って吐く、この動作で私たちは生きているのです。
空気のある環境、つまりは生きる舞台は揃っているのです。
後は、人それぞれの努力の結果で、人生は決まります。
生まれた瞬間から、それぞれの人生の舞台は始まり、常のその舞台の上にいるのです。
何を演じようと自由ですが、演じている本人が演じる事を怠ったり、拒否すれば、幕は閉じてしまいます。
その権利を持っているのが、魂なのです。
幕を閉じさせているのは、人間。
決して魂が好きで幕を閉じているのではないの事は、判って欲しいものです。
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『今日はいい日でしたか?』
今日の言葉
モノをつくるということは新たな価値を築きあげるということだ。
私は建築を、単に機能を満たすだけではなく、
人々の予想を越えた可能性を感じさせる場としてつくりたい。
(安藤忠雄
)
「今日はいい日だった?」と聞かれて、どう答えますか。
何も報告するほど喜ばしいこともない平凡の日だったでしょうか。
それとも飛び上がりたいほど嬉しい事があった日だったでしょうか。
はたまた、腹が立ってしょうがない日だったでしょうか。
「いい日」の解釈は人それぞれにあるでしょうが、一つ気づいて欲しいのは、取り立てて喜ばしいという出来事がなくても、イライラする事もなく、平穏な一日、それだけでも「いい日」なのだということです。
恋人ができたとか、仕事がうまくいったとか、そういう喜ばしい日も確かにいい日には違いありませんが、そうではなくても、今日を無事に終わる事ができたのは決して当たり前ではないのです。
そしてその平穏な日々の中で、腹が立ってしょうがないとか、落ち込んで仕方がないという自分ではなかった、またそういう自分を心掛けている、それがまた次の「いい日」を作っていくのです。
気持ちが落ち込んだり、怒りを感じたり、誰にでもある事ですが、それが尾を引くことがあるのです。
そういう気持ちは些細なものかもしれませんが、時にその些細なものが雪玉を転がすように大きくなるのです。
心掛け一つで、一日は大きく変わります。
一日が変われば二日目も変わります。
それをどれだけ長く続けられるかで人生が変わります。
だからこそ、人生は常に自分次第だと言うのです。
言うのは簡単、読むのは簡単、頭で理解するもの簡単ですが、実行するとなるとどうでしょうか。
ポイントはそこなのです。
自分が動かないのに、人生を変える事なんてできないのです。
最後に、「今日はいい日だった?」と聞かれるまでもなく、夜には人生が終わってしまっている人もいるのです。
どんな一日だったとしても、今日を無事に過ごせたということだけでも、「いい日だった」のではないでしょうか。
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